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第42話 嵐の前~頼朝の企み~
弟-義経を勘当し、鎌倉から閉め出した頼朝は、だが、今一つ鬱々としていた。原因は、ひとつ。
―遮那王......―
父-義朝が平治の乱で敗れ、頼朝が伊豆に流された時、その末弟である牛若丸は母の常磐御前が平清盛に囲われたため難を逃れ、十一歳で鞍馬山に預けられた。
その牛若丸の影、常磐御前が産んだもうひとりの赤子.....鞍馬の魔王尊の子、遮那王。
―あの美しい魔物を、何としても我が物にしたい―
頼朝の胸の裡に暗い欲が芽生えたのは、牛若丸が義経となり、再会を果たした少し後にその肢体を組み敷いた時だった。
初めは好奇心であり、母である常磐御前への腹いせでもあった。
―だが......―
捨て石として戦場に追いやった義経が、木曽義仲を破り、平家との戦いに次々と華々しい勝利を収めた。その裏で魔王譲りの妖力を発して牛若丸-義経を助けている......と腹心の梶原景時から聞き及び、胸内を激しく焦がされる気がした。
―あれを支配できたら.....―
平家はおろか、まだ日ノ本のあちこちで鎌倉に従わぬ武士達を征するに、これ以上の『道具』はない。
―しかし.....―
頼朝にとって最も気に食わぬのは、それが義経の後ろ盾になっていることだった。
頼朝の母を逐い、父の寵愛を奪った女の子供。頼朝が屈辱の日々を過ごしている二十年を、ひたすら周囲に慈しまれて育った男。後白河の院や公卿達をも惹き付け、あらゆる『愛』を独り占めして、なお―兄の愛が欲しい―という。
―ふざけるな!―
愛され得ない孤独と寂寥の裡にあった自分の思いなど小指ほどもしらぬ若僧が、昇殿まで許されるなど、どれほど耐え難い苦痛であろうか。
あまつさえ、あの魔物までが、加護を与え守ろうとしている。
―何故だ....―
人の世から遠ざけられ、人々から疎まれ、孤独に堂宇に閉じ込められていた魔物が、何故、あのような苦しみを知らぬ者を庇護するのだ。
―理不尽ではないか.....―
頼朝に組み敷かれ、貫かれ、快楽に咽び泣きながらも、心であの男を庇い守り続けていた。
あの男を戦場に追いやれば、密かに後を追い、戦いを助け、勝利と栄誉を与えた。
―赦せぬ......―
義経を勘当し、鎌倉から閉め出し、全てを奪い取っても、到底収まる怒りでは無かった。
―それゆえ......―
刺客を放った。梶原景時に対面させ、油断したところで義経を殺す。
『あれを殺せば、嫌でも儂に直接に向き合わねばなるまい。あるいは山に隠れるか.....』
『して、どうなさるおつもりですか?』
『捕らえて、飼う』
文覚上人に命じて術を施し、逃れられぬよう結界を張って、強固な牢に籠めて、飼う。
自分以外には誰とも逢わせず、孤独の裡に組み敷き、貪り、やがてそれを当然と受け入れて、頼朝に媚びて、愛撫を乞うようになるまで苛む......牛若丸の代わりに、その肌身に自らの怨嗟を存分に注ぎ込んで狂わせてやりたかった。
―もはや容赦はせぬ―
義経は完全に自分の愛など得られぬと悟ったはずだ。あの魔物がどう庇おうとも、敵となった弟に容赦することはない。
―義経は、滅する―
頼朝の肚は決まっていた。『駒』としての役割はまだ残っているが、追い詰めれば自然的に果たすだろう。
たが、それは同時に、遮那王を滅することにもなりかねない。頼朝の憂慮はそこにあった。
射干玉の髪、練り絹の肌、紅玉の唇.....そして琥珀の瞳。どんな美姫も敵わぬ美貌と淫蕩な肢体.....頼朝の腹の下で甘く啜り泣きながら、身を捩り昇りつめる蠱惑の魔物......ふと思い出すだけでも、ひどく滾り、血を猛らせる。
―逃しは、せぬ......―
新月の漆黒の底闇の中で、頼朝の龍が、爛々と眼を光らせ、舌舐めずりをしていた。
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