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<追補>それから....

 政子は、机に向かい筆を走らせていた。  虫の音が、ぴたりと止んだ。 「どなたですか?」  首を巡らせると、御簾越しに人の影がうっすらと佇んでいる。  「我れじゃ。久方ぶりよのぅ、政子殿」 「そのお声は....」  政子の眉がぴくりと動いた。 「遮那王じゃ。そなたに訊きたいことがある」 「はて?なんで御座いましょう?」  政子は、おもむろに御簾の内に眼を向けた。  御簾のあちら側から問う声は淡々と夜気の冷たさをいや増すばかりだ。 「頼朝を殺めたのは、そなたか?」 「いいえ......」  政子の口許が小さく歪んだ。 「殿は病にてお倒れになったのです...」 ―痴れたことを.....―  低い呟きが漏れてきた。が、御簾の影に動揺は見えない。 「では頼家殿や実朝殿の命を狙った者達の企みを知りながら、何故止めなかった。頼朝の血筋が絶えては、源氏の正統は途絶える...承知で見逃したか。いや、そなたが図ったか?」  ほほ....と政子は微かに笑んだ。 「あの方々は、私の子ではありません。妾腹の子らを正統とは片腹痛い」  声音が昏く、薄闇を渡る。   「北条の血を継がぬ子らは、殿のお子であっても『鎌倉殿』にはなれませぬ」 「成る程.....そなたが、九頭龍に希んだは、北条の栄華であったか」  御簾の向こうから溜め息が漏れた。 「いいえ.....」 「しれしれと言いおる。いや、まずは崇徳上皇さまの仇討ちか。清盛も義朝も後白河法皇方に組みして、上皇さまに塗炭の思いをさせ、憤死させた。....その仇討ちを、頼朝にさせたか」  ふっ.....と政子は嗤った。 「そして、平氏の一族、後白河法皇側で無かったそなた達は、頼朝を、源氏を利用して政権を掴み、邪魔になった源氏の一族を次々と消した。義仲、義経、範頼だけでなく僧侶の全成やその子ら、頼朝の息子達、孫達全て...」 「まだ、残っておりますよ」  政子は動じる様子もなく答えた。  遮那王の追及は続く。 「それに....畠山、比企、和田、梶原、大庭の頼朝が恃みとしていた家臣達を一族全て滅した」 「あの方々は、謀叛を企てたから、世のためになりませぬゆえ.....」 「まぁ、そなたに隠れて頼朝の子を産み、そなたの子として育てさせた女もおったであろうゆえの......」 遮那王の挑発に政子は遂に声を荒げた。 「殿の妻は私ひとり。そのような女はひとりもおりませぬ!」 「だから、消した。......性悪な九頭龍も、存分に贄を喰らってさぞや満足であろうよ」 「何の事か、解りませぬ!」  遮那王の揶揄に政子は眉をつりあげた。その背後に蛇体の影がうねった。 「まぁ良い。...;.そこな蛇に言うておく。いずれお前は狩る。政子殿、北条の天下と安じておるようだが、なに、それもすぐに潰える...そなた達の内なる因果によってな...」 「なんの事でしょうか?」 「いずれわかる。『盛者必衰』の理がな....。のう将門殿」     がしゃり.....と政子の背後で鉄の摩れる重い音がした。 「化生の分際で...」  政子はずいと立ち上がった。御簾の向こうから、くくっ.....と喉で笑う声が怪しく響く。 「如何にも化生よ。それゆえそなたの本性もよう見えるわ。.....源氏の源義朝の流れに落ちた縁によって、北条政子よ、そなたの一族、一人残らず滅ぼしてやろうぞ。源氏の名に於てのぅ...」  それだけ告げて、遮那王は消えた。  近辺を徹底して捜索させたが、人の痕跡は何処にも無かった。  政子は、遥かに金星が強く光を放つのを見た。 ――― 一二二五年、北条政子 没  それより百年の後、源八幡太郎義家の子孫、足利氏、新田氏らの決起により、鎌倉幕府は滅亡する。  鞍馬の魔王尊の申し子、異形の遮那王は、共に化生となった弁慶と共に早池峰山の異界で日ノ本の変遷をじっと見詰めていた。  そして、今も.....。

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