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第6話 憂鬱な花嫁と魔王の告白
最初の中間試験が終わった。
僕は、憂鬱だった。
一つは、あの二人のことだった。
いくら会わないように避けていても、毎日、同じ寮で寝起きし、一緒の食堂で食事をしているのだ。会わずにはいられない。会えば必ず、二人は、僕に、人目も憚ることなくセクハラしてくるし、あまり、厳しい態度で接すると、露骨に傷ついた表情とかされて、僕の方が、心が痛んでしまう。
どうしたものかと悩んでいる僕は、学校でもため息の数が多くなる。それに気づいた征一郎が声をかけてくるのだが、これが、二つ目の憂鬱の理由だった。
古い付き合いの僕らは、友人だということも他の人たちによく知られているし、今まで、つるんでいることも多かった。
だけど、少し、事情が変わってきた。
天音と奏の件があった後、僕は、征一郎にプロポーズされていた。
それは、一生を一人ぼっちで過ごすことを覚悟していた僕からすると、すごくうれしいことのはずだった。たぶん、あの二人のことがなければ、即答で受け入れていたのかもしれない。
征一郎は、落ち着いた雰囲気のイケメンで生徒からも教師からも慕われているような人物だった。なんというか、少し、古いタイプの男だった。僕が重い荷物を持っていれば、さりげなく、荷物を持ってくれたりと、その仕草がいちいち、スマートだった。低い、体に響いてくるぞくぞくするような声をしていて、僕の耳元でそっと囁いてくることがよくあった。紳士というのは、こういう人なんだろうなと、僕は、今まで、思っていた。
それが。
最近、何かと、僕に触れてくるようになった。どこでも、かまわずに、僕の体に触れながらあの声で囁かれるのだ。僕は、その度に、体の奥が痺れるような熱を持ってしまって、とても迷惑している。
それも、今までなら端からみても微笑ましいぐらいのことでしかなかった。
しかし、今では、違う。
奴は、がちで、僕を狙っているのだ。
理由は、異世界の覇者となるためだった。
僕を手に入れる者が異世界グロウザーの覇者となる。
そんな、迷惑なことを言い出した女神セナが僕は、心底憎かった。
もし、そんな取り決めがなければ、たぶん、天音と奏だって、征一郎だって、僕のことなんて歯牙にもかけなかったのに違いなかった。
僕は、希少種だ。
確かに、希少種には、美形が多いとか言われているが、僕は、例外だった。
寸足らずで、どちらかというと童顔の僕は、自分でいうのも何だが、どちらかというとかわいいといわれることが多かった。25才にもなっても、まだ、生徒と間違われたりするし、ひどいときには、身分証明書を出すように言われたりする。
希少種のため、体の色素が抜け落ちているから、生っ白いし、赤い目が気持ち悪がられることもある。
だから、この年で天音に奪われるまで処女だった。
もともと、あまり性欲もない僕だったが、近頃は、体が熱を持つことが時々、あった。
それもまた、悩みの一つだった。
天音と奏に抱かれて、あの謎の玉を体に入れられてから、僕の肉体は、奥深くから変化しているのかもしれない。
まず、体が敏感になってきた。
少し、触れられただけでも、電気が走るように感じてしまう。
それに、性欲が弱かった筈なのに、今では、ちょっとしたことでムラムラ、というか、体の奥がじんじんしてくる。
どうしたらいいのかもわからない感情がわいてくる。
満たされたいという思い。
僕は、昔から自慰ということをすることは、あまりなかった。
なのに、この、満たされたいという衝動にかられて、自ら、求めてしまうことがあるようになってきた。しかも、前を擦っただけでは、いけないのだ。
後ろも触れたいし、誰かに触れて欲しい。
だけど、そんなこと、僕には、できなかった。
だから、僕は、常に、欲求不満状態が続いていた。
時々、一人になったときに、熱い吐息をつくことがあった。
この熱をどうすればいいというのだろうか。
全て、彼らのせいだった。
あの、無責任で、身勝手な、異世界転生者だち。
僕の体を淫らに作り替えようとしている連中。
僕は、決意していることがあった。
例え、どんなに餓えていてもあの三人とはもう、寝ないということだった。
あんな連中に抱かれるのは、もう、嫌だ。
彼らの目的は、僕の体を手に入れることだけだ。
本当は、僕なんて、どうでもいいのだ。
あいつらにとって、僕は、もの以下だ。
だから。
もう二度と、彼らに体を許したりはしない。
そう、僕は、心に決めていた。
僕は、放課後に、一人で図書室にいた。
生徒達に混じって本を読んでいると、まるで、僕まであの頃に戻ったような気がしてくる。
まだ、自分の運命について、何も知らなかった、あの頃。
いつも、僕は、征一郎と二人で過ごした。
寮の部屋も二人一緒だった。
パートナーがいない者同士で、いつも、寄り添って過ごしていた。僕らは、信じられないかもしれないが、同じ部屋で何年も一緒に過ごしたが、何の体の触れ合いもなかった。
僕たちは、純粋に友情を育んでいたのだ。
だけど。
いつかは、お互いがお互いのパートナーになるのではないかという、仄かな、予感は、持っていた。
それも、もう、終わった。
征一郎が異世界の魔王グレイザだったからだ。
もう、うんざりだった。
ここしばらくは、僕は、物語も書いてなかった。
僕のことを何かの競技のトロフィーかなんかみたいに考えているあの連中も、あの連中が手に入れようとして躍起になっている異世界のことも、今は、考えたくなかった。
僕は、本を閉じて、ため息をついた。
顔を上げて驚いた。
いつの間にか、僕の前に征一郎が座っていて、僕のことをじっと見つめていた。僕は、知らない内に、彼に 見つめられていたことを思って、赤面してしまった。
「な、なんで、お前がここにいるんだ?」
「酷いな」
征一郎が、ふっと笑って言った。
「お前に会いたくて。ずっと、探していた。話したくて」
「もう、話すことなんて、ない」
僕が、そう言うと、征一郎が頷いた。
「同感だ。我々の間には、もう、話すことなんてない。後は」
僕を見つめる征一郎の瞳が赤く変化していく。僕は、その瞳に魅入られたように、身動きがとれなくなった。息苦しくて、たまらない。僕は、ネクタイを緩めた。背中を汗が伝い落ちていくのが、わかった。
征一郎が囁いた。
「お前を抱くだけだ」
不意に、目の前が暗くなった。
目を開くと、そこは、見慣れない部屋の中だった。僕は、ベットに横たえていた。さらさらの心地よいシーツの手触りがした。なんだか、とても、懐かしい匂いがしていた。
ああ。
これは。
征一郎の匂いだった。
男っぽい、だけど、嫌じゃない匂い。
僕は、夢を見ているのだろうか。
昔、一度だけ、征一郎のベットで眠ったことがあった。
僕たちが、一緒に暮らしていた頃のことだ。
征一郎が留守の時、僕は、彼のベットに入って眠った。
彼に包まれているような気がして、胸が高鳴ったものだった。
だけど、今は。
僕は、急に、がばっと体を起こした。
なんだ?
ここは、どこだ?
僕は、ベットの上で体を起こして、辺りを見回した。こじんまりとしていたが、きちんと片付いた、無駄なもののない、きれいな、居心地のいい部屋だった。
ここは。
「気がついたか?真弓」
声がして征一郎が湯気の立つカップを手にして現れた。彼は、それを僕に渡して言った。
「ココア、好きだっただろう?」
僕は、頷いて、それを受けとると、カップを両手で包み込んで、じっと、暗いココアの色を見つめていた。甘い、優しい香りが鼻孔をついた。それは、暖かな記憶を僕に思い出させた。
昔から、征一郎は、僕に優しかった。
僕が弱っているときには、よく、こうしてココアを入れてくれたものだった。あの頃から、彼は、僕のことを花嫁として考えていたのだろうか。
「違う」
征一郎がベットの脇の椅子へと腰掛けながら言った。
「私のグレイザとしての記憶が戻ったのは、お前とあの二人がであったときのことだ。それ以前の私は、ただの津宮 征一郎 として、お前を愛していたんだ」
「えっ?」
僕は、顔を上げて、征一郎を見た。彼は、珍しく、頬を染めて、そっぽを向いていた。
征一郎は、ずっと前から、僕のことを。
「僕が、花嫁だから?」
「そんなこと、知らなかった」
征一郎がきっぱりと言った。
「私は、異世界の記憶のない頃から、お前を、パートナーにしたいと思っていた」
「征一郎・・」
僕は、不覚にも、うれしくて、泣いてしまった。
僕も。
「ずっと、征一郎のことが、好きだったんだ」
僕は、言った。
「だけど、この頃は、よくわからなくなってきた」
「なぜ?」
征一郎にきかれて、僕は、視線を手元のココアへと戻した。
「だって、征一郎が僕を好きだって言うのは、異世界の王になりたいからなんだろ?」
「そんなこと、ない」
征一郎が僕の手からココアを取り上げると、サイドテーブルの上に置いた。彼は、僕のことを見つめて、言った。
「私は、魔王グレイザであるが、それ以前に津宮 征一郎だ。私は、津宮 征一郎としてお前を愛している。もしも、お前が望むのなら、もとの世界を捨ててもかまわない」
そう言って、征一郎は、僕の唇を奪った。
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