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第10話 女神の力と花嫁の願い
僕は、暗い、暗いところにいた。
寒くて、一人ぼっちだった。
誰も、いない。
なぜ。
いつから、ここにいるのかも、僕には、わからなかった。
ただ、僕は、暗闇の中を歩き続けていた。
いつか。
光が見えるような気がして。
「希望、か」
誰かが言うのがきこえた。
「盲目の希望」
僕の心に学園都市へと入学するために、それまで育ててくれた一太郎の元を離れた日のことが甦ってきた。
普通の人々は、皆、パートナーと共にある。僕だけが一人ぼっちだった。そんな僕を送り出すとき、一太郎は、僕に言った。
「いいか、真弓。何があっても希望だけは、捨てるな。それを持つことは、お前を守ってくれる」
いいか、真弓。
僕の中で一太郎の言葉が繰り返される。
希望を持ち続けるんだ。
僕は、光を求めて暗闇の中を歩き続けた。
光があると信じて、僕は、進むんだ。
決して、諦めない。
「これでも?」
どこからか声がして、そして、闇の中から、無数の何かが僕の方へと伸びてきた。それは、柔らかな縄のように、僕の体に絡んで、僕の自由を奪っていった。手、足、そして、口までも塞がれ、宙に吊り下げられた僕に、その声は言った。
「君は、こんなにも弱く、抗うすべもない。それでも、希望を持てるの?」
「うぅっ・・」
僕は、声も出せずに、ただ、呻いた。声は、なおも、僕に語りかけてきた。
「君は、彼らに、力ある者たちにされてきたことを忘れちゃったの?二人の剣の王たちや、魔王や、あの、古い男にされたこと、忘れたの?君に、彼らより力があれば、あんなことは、されなかったんだよ?」
そうなのかもしれない。
そう、僕は、思った。
僕に力があれば、彼らから自分を守ることができたのかもしれない。
だけど。
僕は、思った。
力に頼れば、自分より力が強い者の前では、変わらず無力なままだ。
そんな、力なんかより、もっと、強いものが僕の中にはあるんだ。
それは、人を信じる力。
明日を、未来を信じる力。
『お前は』
かつて、一太郎が言った言葉がきこえた。
『明日、世界が終わるとしても、今日は、畑に麦を蒔け』
人は、それを、盲目の希望というのかもしれない。
だけど。
僕は、信じている。
天音も奏も、悪い子じゃない。
理事長だって、過去に囚われていなければ、きっと、あんなことはしなかっただろう。
そして。
征一郎は。
僕は、征一郎を信じている。
彼が僕を愛するのは、前世からの因縁のせいなんかじゃない。
僕は、出会った頃の彼の抱えていた孤独を知っている。
かつて、パートナーだった人と死別し僕と同じで、たった一人で学園都市にやって来た頃の彼を。僕たちは、友人同士として、孤独を分かち合い、慰めあっていた。
誰よりも、近い、僕の恋人。
暗闇の中で、誰かが、舌打ちするのがきこえた。
「気にいらないな、お前は」
闇が凝縮して、一人の少年の姿になった。長い黒髪に、飢えたみたいなギラついた茶色の瞳をした少年は、吊り下げられた僕の足元へと、歩み寄ってきた。
「綺麗事ばっかり言って。本当に、気に入らない。お前みたいな奴は、虐めて、よがらせて、さらに、泣かせてやりたくなる」
「んぅっ!」
僕の口を塞いでいた太くて柔らかな腕のようなものが僕の口の中へと侵入してきた。そして、同時に、少年の背後から伸びてくるそれが、僕の自由を奪われた体に襲いくる。それは、僕の着ている服の隙間から中へと入り込み、僕の体を締め上げながら舐め回してきた。ねちゃねちゃとした粘液にまみれて、僕は、小さく喘いだ。それは、僕の下腹部にも入り込んできて、下着の中の僕自身を締め上げ、舐めるように、擦り始めた。
「んぅっ・・ふぁっ・・んぐぅっ・・」
口を塞ぐそれから分泌される粘液が口中から溢れ、僕の口の端から滴り落ちる。僕は、目尻に涙を滲ませて、全身を責め立ててくるそれに堪えていた。まるで、何人もの人に全身を舐められ、犯されているような感覚だった。僕の全身は、痺れ、熱い快感に打ちのめされていた。僕のものは、何度も精を放ち、いつの間にか、全身の服が引き裂かれ、僕は、裸でその何かに身体中を責められていた。
「ふぅっ・・んぅっ・・」
「どう?少しは、絶望の味を理解した?」
僕の目の前に顔を寄せて、その少年は、きいた。僕の口を塞いでいたものが抜き去られ、僕は、咳き込んだ。涙と唾液にまみれた僕の顔を、楽しそうな様子で覗き込んで少年は、なおも、きいてきた。
「絶望の味は、気に入った?」
「こんなのは、絶望なんかじゃ、ない」
僕は、汚れた顔を上げて、少年を睨み付けて言った。
「本当の絶望は、この世界に一人ぼっちだってこと、だ。誰からも愛されず、誰も愛さないこと。それが、絶望、だ」
「まだ、そんなこと、言ってるの?」
少年は、イラつきを隠さずに言った。
「なら、見せてくれよ、希望ってやつを。信じる力を」
「あっ!」
その蔦のようなものが僕の腕を後ろ手に縛り上げ、両足を開かせた。少年は、にっこり笑って言った。
「その触手は、襲った相手を誰彼なく孕ませることができるんだよ。触手に孕まされて、それでも、希望とか、信じられるなら、僕も、君のことを認めてあげるよ」
「そんな・・やっ!だめぇっ!」
その触手の先端が僕の後孔を貫こうとした時、突然、僕の中から光がさした。辺りは、眩い光に満たされていき、僕を捕らえていたものたちは、散り散りに消え去っていった。少年は、悲鳴を上げた。
「この、力・・なんで、お前に、こんな力があるんだ!」
少年は、断末魔を残して、光の中へと消えていった。
一人残された僕の体内へと光は、吸い込まれていった。僕の体は、明るく発光して、辺りの闇を照らし続けていた。
『異世界の花嫁よ』
どこからか、優しい声がきこえてきた。その声は、天上から降る音楽のように僕を包み込んでいった。
『私は、あなたに、三つの力を与えた。一つは、愛する力、二つ目は、信じる力。そして、三つ目は』
僕は、目を閉じて、その声の中を揺蕩った。
『全てを赦し、育む力』
声は、光となり、僕の魂を導いた。
『さあ、行きなさい。あなたのことを必要としている者のもとへ』
僕は、目を開いた。
目の前に、触手にかんじがらめにされている征一郎の姿があった。
「征一郎!」
僕は、征一郎の方へと手を伸ばし、彼の腕に触れた。すると、僕の触れたところから、光が侵食していき、征一郎を縛るものが消滅していった。
「真弓!」
征一郎が僕のことを抱き締める。僕は、征一郎の腕の中で、目を閉じた。
「なぜ、触手の悪魔から逃れられた?」
理事長の声がして僕らは、彼の方を見た。かつん、と靴音を響かせて、僕たちの方へと歩み寄ってくる理事長の影に征一郎が体を強張らせるのがわかった。
「なぜ、あなたが、ここにいるのですか?兄上」
征一郎が低い声で言った。
「転生などできないように、魂まで、粉々にした筈なのに」
「ああ、確かに、一度は、奈落の底へと堕とされた。私は、本当なら、永遠の時をそこで過ごす筈だった。だが、女神セナの手で救われたのだ」
理事長がそう言うのをきいた征一郎は、ちっと舌打ちして、呟いた。
「あの、くそ女神が」
「征一郎?」
僕は、征一郎の腕に抱かれたまま、彼を見上げていた。征一郎は、僕の視線に気づいて、僕の額にキスして微笑んだ。
「大丈夫、だ。心配するな、真弓」
「仲の良いことだ、妬けるな」
理事長が言った。征一郎は、僕をかばうように立つと、理事長に向かって、叫んだ。
「今度こそ、消え去るがいい!」
征一郎の前に翳した手から、稲妻が走り、理事長を捉えた。理事長は、それを片手を一振りして消し去った。
「効かぬ。どうした、グレイザ。あのときのお前の力に比べれば、こんなもの、線香花火のようなものだぞ」
理事長が笑った。
「本気を出せ、グレイザ。それとも、今度は、お前が奈落に堕ちてみるか?」
「グレイヴィル・・兄上・・」
征一郎が叫んだ。
「私があなたを倒したのは、あなたが、私を無きものにしようとしたからだ。忘れたのか?兄上」
「忘れてなど、ない」
理事長が言った。
「お前が生まれたとき、女神セナの神託があった。いつか、お前が私を殺すだろう、とな。私は、最初、何とも思ってはいなかった。だが、母上は、お前を恐れていた。私を守るために密かに、お前を暗殺しようと何度も、お前に刺客を送った。私は、それを止めようとして、そして、誤って母上を殺してしまった。この、私の手で。私を愛し、育んでくれた存在を殺した。全ては、お前のせいだった。だから、私は、お前を消すことに決めたのだ」
「そんな、無茶苦茶だ」
僕は、言った。
「理事長、目を冷ましてください。ここは、もう、あなたたちが憎しみあっていた世界じゃない。あなたたちが戦う必要なんて、もう、ないんです」
「いや、あるさ」
理事長が僕を見て言った。
「君の存在、だ。真弓くん」
理事長が僕に言った。
「私は、君が欲しい。だから、この男を殺す」
「理事長!」
僕を押し止めて征一郎が言った。
「無駄だ、真弓」
「でも」
「下がっていろ」
征一郎は、僕を残して、理事長へと歩み寄って行った。僕は叫んだ。
「征一郎!」
僕は、睨み合う二人を止めたかった。こんなこと、間違っている。僕は、そう思った。僕は、二人の方へと駆け出した。そして、僕は、二人の前に立ち塞がった。
「だめっ!止めてください!二人とも」
僕は、交互に二人を見つめて言った。
「女神セナが二人をこの世界に転生させたのは、あなたたちを争わせるためなんかじゃない!」
「どけ、真弓」
征一郎が怖い顔をして言った。理事長がうっすらと微笑んだ。
「退いていた方がいい。真弓くん。どちらが勝つにしても、どちらも、無事にはすむまい。君まで、怪我をさせたくは、ない」
「同感だ」
征一郎が僕の手を掴んで引き戻そうとしたのを、僕は、振り払って、言った。
「二人とも前世のことなんて、もう、忘れて。さもなけりゃ、僕を殺して、僕の屍の上を越えて続きをやるんだね」
僕は、二人を睨み付けた。
「あなたたちは、幸せだ。やり直せるチャンスが与えられたんだから」
「真弓・・」
征一郎が僕を見つめていた。彼は、やがて、ため息をついて言った。
「休戦を望む」
「同意しよう」
理事長が言った。
「本当に、君は、困った子だよ、真弓くん」
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