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第9話 真の魔王と花嫁の罠

それから、しばらくは、平穏な日常が続いていた。 そんなある日のことだった。 僕は、職員室を出ようとしていたところを校長に呼び止められた。 「田中先生、ちょっと」 「はい?」 僕は、振り向いて校長の方を見た。校長は、小太りで、少し髪が薄くなった好好爺だった。親切で教師たちから慕われ、生徒たちからも愛されている人物だった。彼は、僕を部屋の隅へと連れていってそっと、言った。 「君の素行のことで理事長が話があるといわれている」 「僕の素行?」 僕は、すぐに、あの二人の顔が浮かんだ。 天音と奏は、あれからもずっと、隙あらば僕に悪さをしようとしていたが、征一郎の力が僕を守ってくれて、二人は、手出しが出来ずにいた。 校長は、僕の肩をぽんと叩いて言った。 「たぶん、君のことだから何という問題もないとは思うが、理事長は、厳しい方だからね」 「はぁ」 僕は、問題大有りなんだけど、と思いながら、校長の言葉をきいていた。 この学園の理事長は、謎の多い人物だった。 噂では、初老の紳士だということだったが、あまり、人と会いたがらないことで有名な人だった。実は、僕もまだ、会ったことがなかった。僕は、一階の奥にある理事長室に不安な面持ちで向かった。 もし、天音と奏とのことなら。 僕は、有罪だ。 望むと望まないとも、 生徒とあんな関係になってしまったなんて、教師としてはあるまじきことだった。 僕は、いったい、どうなるのだろうか。 僕は、歩きながら、考えていた。 学園を追われたら、僕は、どこにも行くところがない。 征一郎と一緒に暮らすために、それに、天音と奏から距離を取るために、寮を出る予定ではあったが、学園都市以外をほとんど知らない僕は、ここを出ることは、考えられなかった。 僕は、理事長室の重厚な扉を前にして立ち止まった。 征一郎に。 相談してからくれば、よかったかも。 だが、すぐに、僕は、思い直した。 これは、僕の問題だった。 心を決めて、扉をノックしようとしたとき、中から、声がきこえた。 「入りなさい」 妙に、重みのある響きのいい声に、僕は、逆らうことができずに、操られるように扉を開いた。 中で僕を待っていたのは、以外な人物だった。 「征一郎?」 理事長室で僕を待っていたのは、征一郎と瓜二つの人物だった。しかし、よく見ると、別人であることがわかった。少し白髪の混じった黒髪の、大人の色気をまとったその人物は、僕ににっこりと笑いかけて、デスクの前にあるソファを僕にすすめた。 「理事長の入江 周防です」 そう名乗ったその人は、征一郎があと十才年をとればこうなるのかと思わせるような印象の人だった。僕は、すすめられるままにソファに腰かけると緊張して、理事長を見つめていた。入江理事長は、僕のことをじっと見ていたが、ふっと笑って言った。 「あの、津宮 征一郎が選んだ相手だというから、どんな人間なのかと興味があったんだが、まさか、こんな、おぼこい子だとは思わなかったよ」 「はい?」 僕は、予想外の言葉に、目を丸くして理事長の話をきいていた。理事長は、僕の正面の椅子に腰かけて、僕のことを覗き込んだ。 「なんで、君みたいな子をセナは、選んだんだろうな。田中 真弓くん」 「えっ?」 「君も、もう、理解したかもしれないが、私も、彼らと同じ存在なのだよ」 空気が、絡み付いてきて体が動けなくなっていく。僕は、声を発しようとしたが、無駄だった。入江理事長は、微笑んだ。 「拘束の魔法を使わせてもらった。君の体は、もう、君の意思通りには動くことは、ない」 この、人。 僕は、懸命に、頭を回転させていた。 誰、だ? 入江理事長は、僕の考えを読んだかのように僕に言った。 「私のことを君は、知らないはずだ。私は、君の書いている物語とは、別の物語の中の登場人物だからね」 理事長は、僕の頬へと手を伸ばして触れた。 鳥肌が立つ。 この人が、僕は、怖くて仕方がなかった。 「私が、怖い、か?」 入江理事長の瞳が深紅に染まっていく。 「私が、誰だか、知りたいんだな。真弓くん」 理事長は、その指を僕の口中へと差し込んできた。僕の口は、だらしなく開かれ、唾液を滴ながら、彼の指を受け入れ、それを吸った。こんなの、僕の意思じゃなかった。僕は、理事長の指に舌を摘ままれて呻く。 「私の真名は、グレイヴィル。君の知らない物語の中の魔王、だ」 グレイヴィル。 僕は、理事長に操られるままに、彼の指を舐め、吸わされながら、思っていた。 僕の、知らない、物語? 「そうだ。真弓くん、君の知らない物語、だ」 理事長は、ゆっくりと僕の口から指を抜き去った。 「その物語の中で、私は、征一郎、グレイザの手によって殺されたのだ」 征一郎の手によって? 僕は、唾液を拭き取ることも叶わず、そのまま、バカみたいに理事長をぼんやりと見上げていた。理事長は、僕の体をソファに押し倒すと僕の服を剥ぎながら、話した。 「ああ、夢のようだよ。あの征一郎が愛した者を抱くことができるなんて」 理事長は、僕のズボンを下ろして引き抜くと、一瞬、動きを止めて、横たわる僕の体を眺めた。 「君は、まるで、汚れのない花嫁のように美しいな。女神の選びし、生け贄に相応しい」 生け贄? 僕は、霞んでいく意識の中で考えていた。 僕が、生け贄? 「そうだ。君は、荒ぶる三人の雄たちを鎮めるために女神セナが選んだ生け贄の花嫁なんだよ、真弓くん」 どういう、こと、なんだ? 理事長に触れられて、僕のものは、下着越しにもわかるほどに、固くなって、先走りに濡れていた。僕の下着を下ろし、僕のものの根元に光る銀のリングを見て、理事長は、言った。 「グレイザの所有物の証、か」 理事長は、裸にされた僕を膝の上に抱きかかえると、僕の耳元で囁いた。 「偽りの魔王の花嫁よ。お前を繋ぎ止める、その魔道具を外して欲しいか?私には、奴の魔力など効かぬ」 僕は、首を横に振った。 「も・・やめ、て・・」 「君は、何と、義理堅い」 理事長は、僕のものを掴んで擦りあげながら言った。 「裏切り者には、不向きだな、君は」 「うら、ぎりもの?」 僕は、理事長に後ろから胸の突起を摘まみ捻られ、びくんと体を強張らせた。理事長は、僕に囁きかけた。 「そうだ、奴は、私を裏切り、殺した。その報いを受けるべきだとは、思わないか?私の弟、グレイザは」 彼は、僕のうなじにキスした。 「私を裏切り、殺害した。兄である、この魔王を」 「なぜ?」 僕は、喘ぎながら、きいた。 「なぜ、征一郎は、あなたを殺したんです?」 「それは」 理事長が、僕の両足を抱えて僕の体を自分自身の昂りの上に沈めていった。僕は、一気に貫かれて、その侵入してくる異物に悶え、鳴き叫んだ。 「あぁっ・・ふぅあっ・・んぅっ・・やっ!やだっ!征一郎!」 「奴の名を呼ぶのか?かわいいな、君は。本当に」 理事長は、鳴き悶える僕の耳元で言った。 「壊してしまいたくなる」 「も・・やめ、て・・あっ、あぁっ!」 激しく下から突き上げられ、揺すぶられて、僕は、精を放つことなく、何度も、気をやっていた。だんだん、意識が遠退いていく。快感に犯され、僕は、まるで、穴の空いた人形のように、彼のものを受け入れるためだけの存在へと化していった。 征一郎! 僕は、泣きながら呼んでいた。 征一郎!! 「ああ、君は、最高だよ、真弓くん」 理事長は、僕の体を奥底まで突き抜き、精を放って言った。 「その体も、魂も、全て、私のものになるのに相応しい」 「っ!あーっ!あっ、も、だめぇっ!」 征一郎! 僕は、目を閉じて、心の中で叫んだ。 助けて! 「無駄だ」 理事長の腕の中で意識を失って、闇へと堕ちていく僕に、彼は、言った。 「本物の魔王である私の前には、偽りの魔王の力など気休めにもならぬ。君は、もう、私のものだ、真弓くん」 僕は、はぁっと熱い息を吐いた。 体が、熱い。 ここは。 僕は、暗闇の中で体を捩って、自分を捕らえているものから逃れようとしていたが、だめだった。 僕は、全裸で、円陣の中央に鎖で四肢を縛り付けられていた。その周囲を蝋燭の灯りが僅かに照らしている。 ここは、どこなのか。 なぜ、僕は、ここにいるのか。 あれから、どのぐらいの時が過ぎたのか。 僕の脳裏を理事長室での出来事がよぎった。 僕は、入江理事長の手に堕ち、彼の手で汚された。 征一郎の兄である彼の手で。 理事長は、征一郎を深く、憎しんでいるようだった。 理事長の話が真実なら、それも、無理がないことなのかもしれない。 彼の話が真実なら、二人は、兄弟で殺しあったということになる。 僕は、低く呻いた。 縛られた、手足が痛んだ。 理事長は、僕をどうするつもりなのだろうか。 僕は。 僕は、声を殺して泣いた。 征一郎の元へと帰れるのだろうか。 「真弓!」 どこからか、征一郎の声が聞こえて、僕は、辺りを見回した。 部屋の隅の空間が揺らいで、そこに征一郎が姿を現すのが見えて、僕は、思わず、叫んだ。 「征一郎!」 「真弓、大丈夫か?」 征一郎が僕の元へと駆け寄ってくる。だが、円陣のところで何かに弾かれて、彼は、顔を歪め舌打ちした。 「 こんなもので、私から、真弓を遠ざけられると思っているのか」 征一郎がすっと右手を上げて言った。 「我が行く手に立ちふさがる者共よ、退くがいい!」 円陣にそって、しゅうしゅうと白煙が上がり、何かが、小さな悲鳴を上げて霧散 していく。征一郎は、僕に歩み寄ると、僕を拘束している鎖を断ち切って、僕を抱き起こし、着ていた上着を僕の体にかけてくれた。 「征一郎・・」 僕は、征一郎の首元へと腕を回して、彼を捕らえた。征一郎は、僕を優しく抱き締めて言った。 「真弓、もう、大丈夫、だ」 「違うんだ」 僕は、暑い吐息を吐いて、征一郎をぎゅっと抱き締めて、囁いた。 「僕たち、もう、ここから、出られないんだよ、征一郎」 「何?」 僕の背中から無数の触手が伸びてきて、征一郎を捕らえた。 僕は、泣きながら、笑って言った。 「征一郎、もう、離さない」

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