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第16話(最終話)
〈章也〉
陽季を壊してしまわないように、慎重に動く。
何度も抱き合ってきたのに、今日の陽季は、まるで初めて抱くようで、その顔さえ違って見える。
何をしても恥ずかしそうな陽季が、可愛くて愛おしくて、俺は失神寸前だ。
小さく啼いては、ギュッと口を閉じ、必死で我慢、の繰り返し。
いくら
「声を聞かせろ」
と言っても同じ。
「聞きたいんだよ、お前の声が」
と言うと
「だって…」
と泣きそうな表情(かお)。
狂うほど、腰に来るが、どうしても陽季に激しくは出来ず、奥歯をギリ…と噛んで、ゆっくりとした抽挿に留める。
そんな静かなセックスでも、昂ぶりはやって来る。
しっかりと最奥を突く俺の熱塊は、陽季のいいところを何度も捉え、その度、溜息のような小さな声を、短くあげる陽季。
陽季の綺麗な竿ももう、放たれる寸前のようで、小さな手を己に伸ばす。
辿たどしい扱き方が可愛くて、イクまで見ていたいくらいだ。
だがやはり、一緒にイキたい。
そして俺は限界だ。
「陽季、任せろ」
陽季の体を側臥位にし、薄い腰を挟んで突き上げ、残った手で陽季のものをガシッと掴み、強く扱く。
「…ゃ…章也……」
一瞬、困ったような顔をしたが、すぐに快感に持っていかれたのか、陽季は目を閉じた。
「ぅん……ぁ…章也、章也…章……也…ぁ」
汗をいっぱいかいて、黒髪を白い顔に張り付かせた陽季が、息のような小さな声で、何度も何度も、俺の名前を呼ぶ。
可愛くて愛しくて、この綺麗な生き物を、自分の体の中に隠してしまいたいほどだ。
「…ん…ぁ章也……も…ぁ……」
「陽季ッ…いくぞッ……ん…ッ」
殆ど同時に達し、陽季を仰向けにして上に被さる。
お互いの荒い呼吸が、重なり……
最愛同士…を、噛み締める……
呼吸が整い、汗がひいてきても、濡れたままの陽季の髪を分けてやると、あの創傷痕に触れた。
「陽季。もう背負うな。これは俺が消す。いいな?」
ゆらゆらと揺れる目で、陽季は暫く俺を見て…それから、はらはらと涙を溢し、頷いた。
粉々に割れて壊れた陽季は、再び生きだしたが、この10数年、心の奥底を抉る、消えない創傷(きず)を、誰にも見せず、扉を固く閉ざし、たった一人で傷みに耐えてきた。
この悲惨な創傷痕を、顔に残した陽季の気持ちを思うと、胸がしめつけられる。
消せない罪の十字架を背負って生きていくつもりだったのだろう……。
夜の海のような漆黒の瞳が俺を見つめる。
奈落のように思えたその黒は、今は穏やかに澄んで、俺一人を写している。
始めは深い闇に引きずり込まれそうで避けかけた黒…
そして、その黒が、逆に俺の寂寥や不安を隠すように感じるようになり…
離れがたく…忘れられなくなった……
今はとても…
神聖な気持ちでその瞳を見つめる。
「お前の目をな、見た時…。俺、知ってると思ったんだよ。最初は、前に会ったか?とか思ってたんだけどな…。判ったんだ。絵だ、ってな」
「絵?」
「ああ。俺のおふくろが、洗礼を受けてから手に入れた聖母マリアの絵だ。そのマリアの目だ、って判ったんだ。陽季は俺の……マリアだ…ハハ…」
陽季が両手で口を塞いだ。
「ん?」
陽季の体が揺れたかと思うと、悲鳴のような声を上げ、泣き出した。
「陽季?!どうした?ごめん、何か…気に障ったか??」
「違う…ちが…ああ…ああ……」
俺はわけも分からず、号泣する陽季を抱きしめる。
それから、少し落ち着いた陽季から、さみ様の話しを聞いた。
巡り合わせの奇……
俺は、神の存在を感じずにはいられない。
特に宗教を持っているわけではないが、どう考えても、天上で俺達を見ている者が、赤い糸でたぐり寄せたとしか思えない。
俺と陽季は巡り合う運命だったのだと、強く思う。
美しい顔に残る創傷痕を見た時に感じた何かで、それまで鑑賞物だった陽季が、突然、俺の中で生き物になって動いた。
陽季を知りたくなった。
知りたい、と思った時にはもう、心を奪われ始めていたのかも知れないと、今は思う。
俺を癒し、守る、心も体も透き通るように崇高で美しい陽季に愛してる、と言われた時、驚いたが、戸惑いの中に確実に喜びがあった。
ただ守られ、通り過ぎていたなら、死ぬまで後悔しただろう。
その創傷(きず)は、お前を罪の意識に縛り付け、苦しめてきたが、俺を呼び止めてくれた。
その為に残したのだと、これからはそう思ってくれ…
お前の愛も傷も全て…
俺のものだ……
これからも、ずっと…
その目で俺を見つめ続けてくれ………
陽季…愛してるよ……
俺のマリア……
― Fin ―
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