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夏  2

二人は恋人同士。八歳の年齢差があることはつい最近判明した。そして交際スタート時から遠距離恋愛だ。カレンダー通りの勤務であるサラリーマンのリョウと、世間が休みの時ほど忙しいサービス業のアヤがこうやって会えるのは、せいぜい二ヶ月に一度ほど。普段はリョウがアヤの部屋に押しかけるが、今回珍しくリョウが生まれ育ち、そして現在も住んでいる大阪へアヤを呼び寄せた。 一人で過ごすのが好きで、ベタベタした交際を嫌うアヤにとって、遠距離恋愛はさして苦ではなかったが、好きな人とは片時も離れたくない!という思考のリョウにとっては、悶々と次会える日を指折り数えて日々暮らしている。だから、今日という日をどんなに楽しみにしてきたかは想像に易い。もちろん数日前には美容院にも行った。今日は朝から浮かれてしまってしょうがない。目覚めとともにシャワーを浴びて、入念に髪を整え、昨夜から吊るしておいた新しい服に着替え──リョウのデートはもうここから始まっている。そして新大阪駅、アヤの姿が目に入った途端、気づけばつい大きな声を上げていた。アヤが嫌がるのは分かっているのに。弾む胸が、心が、声を上げさせずにはいなかった。 結果、案の定アヤの機嫌を損ねてしまったわけだが。 電車を乗り継ぎ、天満駅へ到着した。心なしか、浴衣姿がやけに目に付く。それに、いくら大阪の中心部とはいえ、こんなに人多かったっけ。人混みが苦手なアヤは、ほんの二駅ほどの移動でほとほと疲れていた。 「いつもより人多くない?」 そう問われてリョウはどきりとしたが、笑って取り繕った。 「そら梅田近辺なんかいっつもこんなんやで! ましてや今は夏休みやろ」 そんなもんか、となんとなく納得させられ、アヤはまた黙って歩き出した。 駅の改札を出たら、やはり納得できなくなった。どう考えてもおかしい。商店街は提灯が至る所に吊るされ、身動きできないぐらい人が溢れ、その三割以上が浴衣や甚平姿だ。それどころか、神輿が通り過ぎて行った。これはもう確定だ。 「リョウ」 「あ、かき氷食べよっか! 何味がいい? 俺ブルーハワイ」 「リョウって」 不穏な空気を察知してリョウが話題を変えようとしたが、変えさせてはもらえなかった。 「……今日は天神祭やねん。夜になったら花火もあるから、アヤと」 「話したら来ないと思って、黙ってたの」 低く冷ややかな声がリョウの胸を刺す。 「うん……アヤ、人混み嫌いやし……」 わかってるなら呼ぶなよ、と言ってやりたかったが、そこは耐えた。リョウという男はこういったイベントごとをとても大事にしていて、恋人と一緒に楽しむことを何より望んでいる。年に数回ぐらいは付き合ってやっても、ばちは当たらないのかもしれない。 ……でも、さすがに夜までこの人混みはキツい。日が暮れるとさらに人は増えるだろう。人酔いで倒れてしまわないかという心配に加えて、リョウにガチギレしてしまわないかの心配も。 去年のクリスマスにペアで買った腕時計に目をやる。まだ三時か。残念ながら、時間はまだまだある。じっとりとした湿気が膜のようにアヤの全身を覆い、シャツは肌に貼り付いてしまっている。 「あの、リョウ」 「んー?」 そんなアヤのことなどほったらかしに、空返事ひとつ返しただけで、リョウは神輿や露店に目を輝かせながら歩いている。リョウは全然暑そうじゃない、なんでだよ、アヤは不思議に思う。この土地の気候に慣れているからというのもあるだろうが、暑さに強い方なのかもしれない。 「ごめん、リョウの気持ちはわかってるけど、ちょっとキツい」 アヤはついに白状してしまった。するとリョウはそれまでのフワフワ浮わついた表情から一転、眉尻を下げてアヤを覗き込んだ。 「やっぱり暑い? はい、これ飲んで」 リョウはいつの間にか買ってあった、まだよく冷えている水のペットボトルを手渡すと、アヤのシャツのボタンに手をかけた。 「ちょっと、何す」 「こんな一番上まで留めてるから暑いんやん」 上から二つ、ボタンを外した。それまで隠れていた部分が露わになり、偶然少し触れた肌がやけに熱を持っていることにリョウは驚いた。 「ごめんごめん、暑さにも弱かったんか。商店街から出よ」 アーケードは人でぎゅうぎゅうなのもあり、熱気がこもり風も通らない。リョウは労わるようにアヤの腰を抱いて、人ごみをかき分けて信号まで進んだ。ちょうどアーケードの切れ目となっていて、商店街と違う道に曲がることが出来る。 曲がってみれば、まだまだ人出は多いものの商店街の比ではなく、久しぶりに酸素を吸えたような気になった。 「ちょっと座る?」 「いや、いい、それより」 「うん」 「花火も、見るよね」 「もちろん! そのために来てもらってんもん。覚えてる? あん時の花火もさあ……」 「ちょっと、無理かも」 本当にアヤの顔色が悪い。今度はリョウが、ペアの腕時計を見る。 「……予定よりちょっと早いけど、まあいっか」 ぼそっと独り言を言うと、立ち上がった。 「ごめんな、もうちょい頑張って」

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