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夏 3
そのまましばらく歩いていると、大きな橋が見えてきた。その橋の上だけはまた違った様子になっていて、全く人が動いていない。手前の信号すら機能しておらず、橋の手前を交差する三車線ずつの道路は歩行者天国となっている。どうやら花火鑑賞スポットへ着々と近づいているらしい。近くに寄って見てみると、橋は通行止めとなっていた。
「どうして通行止めなのにあんなに人がいるの」
「人でいっぱいになったから通行止めやねん」
そんなことを話していたら、前を歩いている二人連れの男性が目に入った。
「確かこの先の橋を渡って少し進んだところで……」
どうやら橋を渡りたいようだ。一人は半袖のベージュグレーのワイシャツにネイビーのスラックス、ビジネスマンスタイルながらノータイなのはクールビズ対策か。ブリーフケースと、それとは別に書類が入っているのであろう鶯色のA4サイズの封筒を手に持っている。
「あの橋? でも通行止めになってない?」
答えるもう一人は、先程の男性よりも少しだけ頭の位置が低く、よく通る声をしていた。こちらはラフなレモンイエローの半袖パーカーにインディゴブルーのデニム。なぜこんなちぐはぐな服装のふたりが連れ立って歩いているのだろう。ふたりの言葉が地元のものでないのも手伝って、リョウはつい注目してしまう。
「どこか迂回できる道ないかな」
ふたりはついに足を止めてしまった。
スーツの方の男性が幾分焦る気配を示すと、パーカーの方が声のトーンを少し下げた。
「僕がこっちから行った方がいいなんて言ったから。ごめん、亮あきらさん」
「穣みのるのせいじゃないよ、俺の下調べが足りなくて」
「あの」
たまらずリョウが割って入った。世話焼きの血が騒いでしまったのだ。
「どちらかに御用です?」
突然声をかけられ、瞬間的に怪訝な表情を見せたふたりも、リョウの表情や物言いですぐに警戒を解いた。
「ここの事務所に三時半までに書類を届けたいんですが、この橋が渡れないみたいで」
封筒に書かれた住所を指し示して、先程亮さん、と呼ばれていた方のスーツ姿が答える。
「ここやったら、めんどくさいけど天満までいったん戻って電車で一駅乗った方が早いです。迂回するにも別の橋までかなり距離あるし、この人混みやしね。駅員さんに事情説明したら、運賃もかからんかったと思いますよ」
人懐こい笑顔を添えてリョウが言うと、不安そうだったふたりも釣られて笑顔になり、安堵の表情に変わった。
「そうなんですね、助かりました」
「ありがとうございます! さ、急ごう亮さん」
穣、と呼ばれたパーカーの青年が、亮の背中を軽く押し、促されるようにして亮も歩き出す。
「ありがとうございました、急いでいるものでこれで失礼します」
亮が付け加えると、走り出さんばかりの勢いだった穣も慌ててぺこりと頭を下げた。
「間に合うとええですねー、お疲れ様です」
リョウは軽く手を振りながら、そんなふたりを微笑ましく見送った。
憔悴しきっている中、アヤはその一部始終を黙って横で見ていた。見ず知らずの人にどうしてこんなに親切にできるのかな、この男は。俺に世話を焼くのは、好きだからだって言ってたけど……
そんなことをぼんやり考えていたら、
「あのふたり、どう思う?」
リョウが訊いてきた。
「どうって?」
「俺、あのふたり絶対付き合ってると思うわあ」
にんまりしながら言う。話好きのおばちゃんが近所の人の噂をしているようなニヤニヤ顔で。せっかく、見ず知らずの人にスマートに手を差し伸べられるリョウに惚れ直しかけていたのに、その隙を与えずこの顔だ。
「え、でもふたりとも男」
「俺らもやん?」
その後なぜそう思うか――何繋がりかまったく分からないちぐはぐな服装だったことや名前呼び、背中を押したこと、もっと言えばふたりの間に流れる空気――などなど得意顔で説いているが、アヤには残念ながら特に興味が無い。
今どき、同性のカップルなんて珍しくないのかもしれない。けれど、異性間よりも成就の可能性が低いのは動かしがたい事実ではないだろうか。
これだけの数の人間がいる中で、男を好きな男と男を好きな男が出会い、お互いを好きになって、寄り添い慈しむ。
それって実は、かなり――
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