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夏 7
「アヤ、もうすぐチェックアウトの時間なんやけど」
そんな声に起こされた翌朝。チェックアウトは確か十時。そんなに寝こけてしまったのか。
声がした方を見れば、リョウが既に完璧に身支度を終えていた。時計を見ると九時半。それまでリョウを一人で過ごさせてしまった。
「ごめん」
「全然。長旅で疲れてたやろし。俺さっき一人でハッシュポテト食ってきたし」
満足そうに腹をさすりながら笑う。
とにかく、急いで準備しないと。
「でな、今日なんやけど」
「うん」
「裏の大川沿い散歩せえへん? 水と緑に癒されるのもたまには」
「暑い」
「木陰なってるし、午前中やったらまだ」
「とにかく外はもう勘弁して」
「えーじゃあどうすんの? ま、まさかホテルのはしご……?」
くねくねとわざとらしく恥じらうリョウには目もくれず
「豚饅買いたい、前に買ってきてくれたあれ」
以前、リョウがふと気まぐれに手土産として買っていった大阪名物の豚饅を、アヤはえらく気に入ったのだった。
「わかった! ほな梅田出よ、梅田ならほぼ地下やから暑ないし」
……どっちがわがままだって?
もう一人の自分が、アヤに問いかける。
「どうせ梅田出るんなら、ついでやしたこ焼きとかイカ焼きも食べよ! よっしゃ、今日は食いだおれデーやな!」
わがままを言われていると感じさせないリョウのせいで、全く気づかなかっただけで、実は。
不貞腐れる様子もなく即座に笑顔で代替案を出してくるリョウに、やっぱりかなわないな、としか思えない。
「楽しみだよ」
目を細めると、リョウも満面の笑みを浮かべる。
そして啄むようにほんの一瞬唇を合わせると、二人は客室を後にした。
梅田へはホテルから無料のシャトルバスが出ている。二人はそれに乗り込んだ。
「昨夜、珍しく酔っぱらわなかったよね」
アヤが引っかかっていた疑問を投げかけた。そう、結局昨夜リョウは眠りにつくまで全く冷静だった。本音をぶちまけて泣いたり拗ねたりすることはなかった。酔わせて本音を聞き出す作戦としては、失敗に終わったと言える。
「うん、あのシャンパン、めちゃくちゃ度数低いやつやもん。せっかく二人で見る花火、酔っぱらってたら勿体ないやん」
リョウはちゃっかり計算ずくだった。また一本取られてしまったアヤは、最後にもう一つ疑問を投げた。
「それと、いくら大阪だって言っても、リョウこの辺のこと詳しすぎない? この辺り、よく来るの?」
それまでしたり顔だったリョウが固まった。実は何を隠そう、昔付き合っていた相手が当時このすぐ近くに住んでいて、リョウもそこに半同棲状態で入り浸っていたのだった。
「う、ん、まあね。だいたい大阪全域俺の庭で……」
「あっそ。知らんけど」
「ちょ、いくらアヤでもその似非関西弁は許さんで! 『知らんけど』や!」
必死でイントネーションを直してくるリョウとは反対側、窓の外に向かって頬杖をついて、アヤはリョウに見えないように笑みをこぼした。
おわり
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