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夏  6

「シャンパン、なくなってもたわ」 ついにシャンパンを飲み干してしまったようだ。リョウの頬や目の周りはほんのり赤らんでいる。アヤは特に何も答えず、そのまま窓の外を見ていた。 今回はさっきまでよりも打ち上げている時間が長いし、まるで乱れ打ちだ。いよいよこれで最後なのかもしれない。終わりはいつだって唐突にやってくるものだ。もうこの夢のような時間は終わってしまうのかもしれない。 ふとリョウの方を見ると―― 相変わらずの鮮やかな色とりどりの灯りに照らされながら、リョウの頬を涙が伝っていた。 花火と涙。あの時の記憶とシンクロしてしまい、いてもたってもいられなくなって、アヤはリョウを抱きしめた。 「あ、アヤ?」 「このままでも、花火、見えるだろ」 「……うん」 はじめこそ仰天していたリョウも、そっとアヤの背中に手を回した。 あれから花火が上がることはない。やっぱり終わってしまったようだ。花火が終わっても、二人の姿勢は変わらず抱き合ったまま。 「綺麗やった、アヤと見れてよかった。ありがと」 どういう意味? もうアヤは何を言われても不穏な気配しか感じない。 「リョウ、最近何かあった?」 気持ちに余裕がなく、ついまた同じ質問をしてしまった。 「何? さっきも言うたやん、なんもないって」 『だって、この頃あんまり会いたがらないし』 それを口にするのは抵抗があった。なんだか癪だから。まるで会いたがって欲しいみたいじゃないか。 前より好きじゃなくなった? 遠距離交際はもう限界? どんどん女々しい負の感情が押し寄せてきて、持て余してしまう。 訊きたい、けどどんなふうに訊けばいいのか、うまい言葉が見つからない。それにこんなくだらないことを訊いて、呆れられはしないだろうか。アヤはすっかり押し黙ってしまった。 「アヤ、やっぱりまだ体調良くないん? 今日はいつも以上に無口やし……」 そんなアヤを心配して、リョウが顔を覗き込む。体調はもう悪くないし、無口なのは頭の中で考えることが多すぎて、言葉を紡ぐに至らないだけだ。 「……大丈夫、なんでもない」 また無難に逃げてしまった。本当は全然大丈夫なんかじゃないのに。拳が何度も固く握られる。その拳を、リョウはちゃんと見ていた。 「……俺な、何か月か前にちょっとした出会いがあって、思ったことがあるねん」 リョウがおもむろに話し始めた。 「俺らは遠距離って言うても、会いたいと思えばこうして会えるやんか。それって幸せなことなんやなって思えるようになってん。お互いの気持ちだけでは会うことも叶わへん、そんな人たちもおるんやなあって……だから、うるさく会いたい会いたい言うのもなんか、アカンかなって」 上手いこと言われへんけど、と最後に照れくさそうに笑って付け足した。 「だから、今日来てくれてほんまに嬉しい。……この一年、さんざん振り回してワガママ言うたけど、これからも一緒にいてくれる?」 嬉しさを隠しきれず、それでいていくらか申し訳なさそうでもある、そんな表情を浮かべたリョウが、伺うような目でアヤを真正面から見つめている。 心に刺さった棘が抜けたような、ガチガチに凍った体が溶かされてゆくような、そんな安堵感に包まれたアヤだったが、安心している場合ではない。きちんとリョウに、返事をしないと。 「……何言ってるの」 違う、確かにそう思いはしたがそんな言葉を告げたかったんじゃない。それに焦りのあまりか、口から出たのは自分でも驚くぐらい低く冷たい声だった。リョウの眉が八の字に下がり、瞳はみるみる萎縮し、視線がアヤから離れてしまった。 上手く言葉を紡げないこと、頭の中で文章を組み立てること、想いを伝えること。アヤにとって苦手なことばかりだ。それゆえ誤解を与えることが多く、自覚もある。だからこそ、拙くてもきちんと、伝えなければと思う。 「ごめん、違う」 「……うん」 わかってるよ、という意味合いの返事が返ってきたものの、リョウの目線は床に落ちてしまったまま。誤解はされていないとしても、傷つけてしまっただろう。 「ほんとに、愛してる、から」 またこれだ。それしか言えないのか。自分で言っていて情けない。己の語彙の貧弱さに泣きたくなる。 リョウの目が、やっと再びアヤを見た。 「さっき、泣いてしもたんは、去年のあの日を思い出して……」 「うん、俺も思い出してたよ。ずっと」 「で、あの時はあんなズタボロな気持ちで花火を見てたのに、今はこんなに幸せな気持ちで見ることが出来て、それで」 「うん」 「結局、俺いっつもアヤには幸せもらってばっかりやなって」 アヤの動きが止まった。 「……何言ってるの」 今度は言葉のチョイスを誤ったわけではない。 「ちょっとぉ、さっきからひどない?」 口を尖らす恋人に、今この溢れんばかりの感情を、なんて言って伝えたらいいのだろう。何一つ、与えてあげることなど出来ていない。いつも貰ってばかりなのは、俺の方だ。常にそう思い続けているというのに。 わがままを聞いてやってるつもりで、危なっかしい奴だと守ってやってるつもりで、その実、全てを受け入れられ、守られているのは── 「来年もまた、こうして一緒に花火見よう」 「ほんま? 嬉しい!」 こんなことでリョウに幸せを感じて貰えるなら、花火ぐらいいくらでも一緒に見るよ。 ……そういう肝心な部分は言わないまま、もう一度リョウを抱きしめた。 そして花火を見るたび、この夜を思い出そう。 例え今、常に一緒にいられなくても、五年経っても十年経ってもこうして隣にいられたら、それでいい。

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