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秋  1

元気ですか。 今年もずいぶん暑い夏だったけど、この前電話した時に父さんも母さんも夏バテもせずに過ごしていたと聞いて、安心しました。研究室やバイト先で冷房にやられてたいして運動もしていない僕より、ずっと健康的なんだろうね。 学部生の時、夏休みにロードバイクで旅行の途中にうちに一泊していったシマ、高島を覚えていますか? 彼は今、北海道に住んでいてこの前仕事でそっちに行くからって連絡があって、久しぶりに会いました。相変わらず元気で、北にいるのにまた日に焼けたみたいだった。夏に少し長めの休みを取って、道内を軽く一周してきたって。北海道の海も空も、本州で見るそれとは全然違う綺麗な色をしているんだって、目をキラキラさせて話してた。いつもは街中に住んでいるから海を見るとホッとするし、どこまでも広がる海も空も見飽きることはないって。「いつか遊びに来いよ」と言ってくれました。シマの夢は、ロードバイクで南米を旅することなんだって。子供の頃からインドアで、大学にもバイト先にもいつもママチャリみたいな自転車で通っている僕とはまったく真逆。入学してすぐに知り合って、それ以来よくぞこんなにも長く友達付き合いをしてくれているなぁと思います。 僕はといえば、そんなに変わったことはないけれど、近況報告として七月に大阪の天神祭に出くわしたことを伝えました。あれは本当に出くわしたといった感じだったけど、シマに言わせると天神祭は日本の三大祭のひとつで花火もすごく有名なんだってね。そうそう、お正月にオーロラを見にフィンランドに行ったことを話したら、「フツー、そっちを先に言うだろ?」ってすごく驚いてた。それこそ、「穣みのるが海外旅行? しかも北欧! 北海道にも来たことないのに?」って。院のことも聞いてくれて、ドクターに進んだこともすごく喜んでくれました。「穣は、俺ら仲間にとっては星みたいな存在だから」って。「小さくてあんま目立たないけどな」って笑ってた。 その、フィンランドへ行った時のことを改めて母さんに伝えようと思って。 今、僕がお付き合いしている人と一緒に行ったって話はあの時にしたよね。その人のことをちゃんと知ってもらいたいなと思ったんです。あれこれと用事続きでお盆は帰省できなかったから、次にそっちに帰るのはお正月かなと思うんだけど、それだとずいぶん先になっちゃう気がして。電話とかメールよりも、なんとなく手紙のほうがいい気がしたんだ。 母さん。 僕がお付き合いをしている人は、塚本亮さんといいます。僕と同じ男性で、「亮」と書いて「あきら」と読む名前は、彼のお父様が「三国志」が好きで諸葛亮からつけたそうです。僕の「穣」という名前は祖父がつけたんだって、出会った頃に話したりもしました。 実はもうすぐ、また関西へ行くことになりました。亮さんの出張と、僕の理研での研修が同じ時期にあって、週末にかかっていたから一日だけ大阪で羽を伸ばしてこようかと話しているところです。―― 前日に決めた待ち合わせ場所は、地上へ続く出口を出たあたり。階段を上がりきるより先に、文庫本でも買ったのか小さな袋をネイビーのスリングバッグに押し込むようにしている亮が見えた。穣に気づくと、口元をほころばせ小さく手を上げる。「待たせちゃったかな」と駆け寄る穣に、「全然」というように首を振り、 「ちょうどよかった。買いたい本があったから、早めに来て探してただけ」 並んで歩く二人が言葉を交わす時、身長百八十センチほどの亮の目線がわずかに下がる。中学高校と部活動には一切無縁で、使える時間のほとんどを勉学と読書に費やしてきたといってもいい冴木穣は、亮より若干低いながらすらりとした細身。襟足にかかる髪はいつもだいたい毛先が軽くハネている。大学院ではバイオプラスチックの生分解性に関する研究を続けていて、週に三、四日アルバイトを入れる以外はほぼ研究室にこもりきりだ。 残業を終えて疲れきった亮が、夜食のような時間帯に摂る夕食と、翌日の朝食を求めて深夜のスーパーへ立ち寄り、レジを担当する穣と出会ったのが二年前の梅雨に入る前のある夜。ビールや豆乳とともにピーナツバターとバナナが放り込まれた亮のカゴの品物をスキャンしながら、「食パンにピーナツバターを薄く塗って、スライスしたバナナを乗せて食べると栄養が摂れておいしいですよ」と穣が何気なく話しかけたのをきっかけにゆっくりと、少しずつ距離を縮めていった。 亮が恋愛対象として同性を意識するようになったのは、大学に通い始めた頃。その前年、高校三年生の夏休みにあったある出来事が、しばらくの間彼の中に大きな影を落とすことになった。 「高三で転入してきた」というだけで訳ありな雰囲気を醸し出していたクラスメイトの秋吉と、たまたま席が近かったこともあり意気投合した。クラスの中で一人だけその他大勢とは確実に違う空気をまとっていた秋吉は、父子家庭で比較的自由になる時間が多く、そんな彼と亮は次第につるむようになっていった。夏休みも終わる頃、秋吉に誘われ花火を手に二人で海へ出かけた。解放感も手伝ってか、手持ち花火でこれほど盛り上がれるのかというほど騒ぎまくり、ひとしきりはしゃぎまくった後にふと秋吉から、「お前が好きだ」と告げられた。 二学期が始まった時、秋吉の姿は教室にはなく、父親の転勤で急遽引っ越しが決まったと聞いた時はもう何もかもが遅かった。花火の後、「俺達、また逢えるよな」と言った秋吉に「当たり前だろ」と手も振らずに別れたことが、亮にとっては時間の経過とともにじわじわと効いてきていた。 それでも確証を持つに至らなかった亮にとって決定打となったのは、大学四年の秋、卒業を控えた頃に訪れた当時交際していた女性との別れ。思い当たる節はいくつかあったけれど、考えれば考えるほど数年前の秋吉との出来事と、秋吉に抱いていた感情を自覚したことにたどり着いた。同性に惹かれる自分にとって、目の前に広がる未来が明るいものであるとは思えない。そう考えることにも慣れてきた頃、穣に出逢った。

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