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秋  3

母さん。 突然のことで、びっくりさせてごめんなさい。 亮さんは僕より十歳年上で、僕とは違い毎朝決まった電車に乗って会社へ行く日々を十年以上も続けています。最初に出逢ったのは僕が今もアルバイトをしているスーパーで、亮さんは残業を終えてクタクタで買い物に来ていました。僕のアパートは駅の北口にあって、亮さんのマンションは南口。同じ駅のあっち側とこっち側で僕らは今もそこに住んでいます。知り合った頃、亮さんは主任だったけど今は係長で、本人は「ただのうるさいジジィだから」と言っているけど、後輩の人達から相談を持ち掛けられたり、上司のお誘いも多いようで、周りの人達からも慕われているんだと思う。 でも。 母さんが知りたいのは、そういうことじゃないよね。 僕も、何から話していいのかなって。 恋人であり、パートナーであり、結婚を考えている人……というのはちょっと違うのかな。いや、でもそうだよ。僕らが将来的に結婚という制度を選択できるなら、僕は亮さんと結婚したいと思ってる。小さい頃から理科や科学が好きで、父さんや母さんはいつも「穣の好きなこと、やりたいことをしたらいいんだよ」と言ってくれた。テストが満点でも運動はなかなかできないことにコンプレックスがあった頃も、「誰にでも得手不得手はあるから」って、「でも挑戦はしような」って。院に進んだ今も、たいした親孝行もできないまま歳ばっかり取って、いつ誰の役に立つか分からない研究にばかり没頭していることを責めもしないどころかずっと応援してくれていて。 感謝してもしきれないし、すごくありがたく思っているよ。 二年前の秋、知り合ってから半年ぐらい経った頃に、最初に亮さんに「好きだ」と言われた時はすごくびっくりしてすぐに応えることはできなかった。でも、それからしばらくして日に日に自分の中に「うれしい」と思う気持ちが芽生えていくのが分かりました。亮さんは僕がどんな研究をしていて、成績がどのぐらいでとかなんてことは知らない。深夜のスーパーで出逢って、なんでもない話をしたのをきっかけに、ときどき顔を合わせるようになって、少しずつ仲良くなって。ただそれだけのつながりから、どこの誰かもよく分からない何者でもない僕を好きだと言ってくれました。大げさに聞こえるかもしれないけど、何も持たない、ありのままの自分を認めてもらえたような気がして、そう思った時から戸惑いがうれしさに変わり始めたんだと思う。 亮さんも僕も、過去にお付き合いをした女性がいます。だから、もしかしたら女の人と結婚して家庭を築くこともできるのかもしれない。亮さんにとってはそのほうが幸せなんじゃないかって何度も考えたし、実際にそういう話もした。亮さんも僕に対して同じことを考えてくれていて、それでも僕は亮さんがいいし、たぶんこんなにも誰かを好きになったのは生れて初めてだと思う。 兄弟も姉妹もいない一人息子がこんなことになって、このままだとたぶん父さんや母さんに孫の顔も見せてあげることができないし、ますます親孝行できないどころか悲しませてしまうのかもしれない。 親だからって簡単に受け入れてもらえるとは思わないし、分かってほしいなんて思ってないよ。ただ、知ってもらいたいなと思ったんです。僕にとって、とても大切に思える人ができたことを。 夜空に咲く大輪の花火のように誰をも魅了するような恋ではないし、シマが教えてくれた北海道の海や空のような、言葉を失うほど美しい恋愛でもない。どこにでもある街の片隅でひっそりとささやかに咲いている名前のない花みたいに、誰の目にも留まらないような僕らです。ときどきぶつかることもあるけれど、そうやってお互いのいろんな違いを分かり合って、少しずつ近づきながら、いつまでも一緒に隣り合って歩いていくことができたら。「これ以上はもう歩み寄れない。ダメだ」というふうには、不思議と考えられない。そんなことを教えてくれた人です。 料理も亮さんに教えてもらって、僕もキッチンに立つ機会が増えました。週末ゆっくり過ごせる時は、亮さんのマンションで一緒に料理を作ってサッカーを観たり、僕の日頃の研究の話を聞いてもらったりしています。お互いの時間、お互いの場所を大切にしながら過ごしている今は、現実的に一緒に住むことは考えていないけど、将来的には一緒に暮らしていけたらいいなと思います。 もしもいつか許してもらえるなら、父さんや母さんに、亮さんと一緒に逢いに行けたらいいなとも思ってる。それは急がないし、父さんにはもう少し時期を見て自分から話そうと思うから、今回は母さんにだけこういう形で伝えます。 もうすぐ本格的な秋になります。寒くなり始めると季節が一気に進むから、仕事も無理せず体には気をつけてください。もうすぐ僕の誕生日で、また一つ歳を重ねます。亮さんと僕の交際が始まったのも秋でした。僕らのことは心配しないで(と言っても、「心配するのが親の仕事なんだから」っていつも母さんに言われているけど)これからも、遠くから見守っていてください。僕は今、大好きな研究をしながらとても幸せに日々を生きています。                         冴木穣 拝 ドアフォンを押す前に、手に持った紙袋の中身をもう一度確認した。よし、と小さくうなずいた瞬間にドアが開き、「いらっしゃい。何してんの?」と聞く亮の顔には待ちわびたと言いたげな笑みが広がる。驚いて瞬きする穣に、 「いつもの穣の感じだとそろそろ着く頃かなーって」 みずからプレゼントを持参した誕生日の主である穣をねぎらうように肩をポンポンと叩き、上着を受け取る亮に穣は、「やっぱり亮さんの部屋は落ち着くー!」と顔をくしゃくしゃにする。 亮はといえば、受け取った紙袋の中を「見ていい?」と穣に確かめ、「おぉ!」「うわ!」とひとつひとつに歓喜の絶叫を添えて取り出す。亮の傍らで穣も同じように声を弾ませながら、 「それはね、今日のために探してきたワイン。あとね、そっちは教授が勧めてくれたワインに合うチーズ。それとね……」 おわり

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