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第6話 限界

登坂に噛み痕を付けられた翌日から、黒瀬は学会で三日間病院を留守にした。 黒瀬のいない間、理人は吐き気が収まらず、一日目は休み、二日目から無理矢理仕事に戻った。 自宅に居てもいつ登坂がインターホンを鳴らすかと気が気でなかった。仕事をしている間は安全であったし、嫌なことを忘れられた。 黒瀬のいない三日目、登坂のメールが理人の携帯を揺らした。 誰もいないところで画面を開いて、理人は再び吐き気をもよおした。あわててトイレに駆け込んだ。 真っ青な顔をして出てきたところを、ひとりのドクターに声をかけられた。 「長谷川くん?どうした、ひどい顔して・・・」 「杉山准教授・・・」 黒瀬の次のポストを担う、第一外科の准教授、杉山だった。杉山は、黒瀬と学生時代からの親友で、理人のことも唯一理解している人物だった。 「真っ青だぞ。体調悪いのか?」 「いいえ・・・大したことは・・・」 支えてくれる杉山の腕に寄りかかりながら、理人は黒瀬が学会に向かう直前、言い残したことを思い出していた。留守中に何かあったら、杉山を頼れ。あいつは何を話しても、絶対に大丈夫だ。黒瀬の絶対の信頼を持つ杉山になら、レイプまがいのセクハラ被害にあっていると話してもいいかもしれない・・・そう思って、理人が顔を上げたその時だった。 杉山の向こう側、廊下の先に、登坂が立っていた。 携帯電話のカメラを理人と杉山に向け、感情のない冷たい顔でこちらを凝視する登坂。 笑顔もなく、人形のような無表情に、理人の心臓は一瞬拍動を止めた。 怒っている。 このままでは杉山まで巻き込む。 理人は無理に笑顔をつくり、杉山に言った。 「もう・・・大丈夫です。ちょっと胃の調子が良くなくて・・・ご心配をおかけしました」 「・・・無理するなよ。何かあったら・・・遠慮せず言いなさい」 「はい・・・ありがとうございます」 理人が杉山に会釈をして歩き出した頃には、廊下に登坂の姿はなかった。 「もしもし・・・杉山です。ええ、実はちょっと気になることが・・・」       〜〜〜~~~~~~~ 「メールに返事こないと思ったら、今度は杉山准教授かあ・・・」 「・・・たまたまお会いしただけです」 「その割に、色っぽくしなだれかかっちゃったりしてさ、ほら、よく撮れてると思わない?」 登坂は理人を支える杉山を写した携帯の写真を、いつものように目の前に突き出して見せた。 「黒瀬教授だけじゃなくて、杉山准教授まで虜にする、美しき薬剤師・・・これ広まったら、なかなかのスキャンダルだよね」 「黒瀬教授も、杉山准教授も関係ありません!巻き込まないでください」 「・・・けなげだね。けなげついでに、俺のお願い聞いてくれる気になった?」 「・・・っそれは・・」 「フェラさせてって言っただけだよ?セックスしないから、安心して?」 「・・・っ・・・」 「断られたら、これ、送っちゃうけど?」 登坂は満面の笑みでデスク上のPCの画面を、くるりと返した。 理人は凍り付いた。 登坂の持っていた写真、動画、杉山との写真が添付された院内一斉メール。 表示されているのは、動画から切り取った一糸纏わぬ理人の姿。 登坂が送信をクリックすれば、終わりだった。 理人は膝から崩れ落ちた。 気がつくと涙が床にボタボタと滴り落ちていた。 「わかり・・・ました・・・」 「そう?よかった」 登坂は泣き崩れる理人の腕を乱暴に引き上げ、パーテーションの奥へ連れて行った。ベッドに腰掛けさせ、登坂は理人のベルトに手をかけた。 ファスナーを降ろされるのを、理人は見ないように顔を背けたが、涙が止まらない。登坂が息を荒げて、理人のそこを含んだ瞬間、理人の口から、悲鳴と嗚咽が混じった声が溢れた。 「ひぁ・・っう・・・」 卑猥な音をたてて、登坂は理人を咥えこんだ。 理人はベッドのマットレスを力一杯掴んで声を殺したが、口を閉じてもどうしても吐息が漏れた。自分の耳がそれを聞き取るのがおぞましい。 勝手に膝が戦慄き、どう力を入れても震えるのを止められなかった。 登坂は時折、先端を舐めながら、顔を上げて理人の反応を見た。理人はずっと目を閉じていたが、登坂は自分が見ていることを気づかせるために、卑猥なことを喋った。 「・・・どう、感じる?」 「・・・っく・・・」 「どこが好き?裏?それとも・・・」 「・・・やめ・・・」 「気持ちいい?」 「うるさ・・いっ・・・」 「ドクター相手にその口のきき方はよくないな」 登坂は再び深く咥えた。喉の奥まで飲み込んで、同時に後ろに手を伸ばした。登坂の中指がぬるりと侵入して、理人は閉じていた瞼を開けた。 「いっ、嫌だ、そこは触らな・・っ・・」 登坂の手を握っても、やはりびくともしなかった。無遠慮に陵辱される感覚に、またも身体が勝手に反応する。理人は自分の身体を呪った。 「柔らかぁ・・・ずいぶん使われてるね、ここ・・・」 「んぅ・・っく・・・っ」 前後を同時に犯され、必死に耐えていた理人の精神に限界が来た。 脳裏に黒瀬の顔が浮かぶ。 どんな顔をして、出迎えればいいのか。 まだ噛まれた痕も消えていない。 過去も、痕も、黒瀬には見られたくない。 過去をばらまかれるよりは、黙って耐える方がーーー 朦朧とする意識の中で、理人が一番聞きたかった声が聞こえた。 「てめえ・・・ふざけやがって!おら、離れろ!クソ野郎!」 急に解放された理人の身体に、ふわりと大きな白衣が掛けられた。 聞こえてくる男の怒号と、殴打する音。ガシャンと物が倒れる音もする。 「ただじゃ済ませねえぞ貴様!」 何度も、人が人を殴る鈍い音がする。 ぼんやりとした視界の中、理人の愛しい男が、ジャケットをはためかせて登坂を殴る姿が見えた。 そして、何故か理人の身体がふわりと宙に浮いた。 「教授、そのあたりで。死にますよ」 理人の身体を優しく抱き上げた腕の持ち主が、黒瀬に向かって穏やかにたしなめた。 黒瀬は舌打ちをして、登坂の腹に蹴りを入れた。 うずくまって呻く登坂の背中に片足を乗せて、黒瀬は言い放った。 「医療業界にはもういられねえぞ。覚悟しろ、この変態野郎が」 そこで、理人は意識を失った。

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