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第5話 痕
「合い鍵があるんだから、勝手に入ってきていいと言っただろう」
「すみません・・・慣れなくて・・・」
黒瀬は文句を言いながらも、理人を抱き寄せ、優しくキスをした。
玄関先で、理人は黒瀬の首に巻き付き、離れようとしなかった。
「どうした・・・?」
理人は黒瀬のバリトンに包まれ、張りつめていた気持ちが緩むのを感じた。
「一樹さん・・・お風呂・・・」
「ん?」
「一緒に入りたい・・・」
「・・・よしよし」
黒瀬は理人が何かにおびえているのを感じ取った。
黒瀬は大きなバスタブの中で、理人の身体を後ろから抱えて言った。
「理人・・・何があった?」
「・・・・・」
理人は透明な湯を両手ですくって、指の隙間からこぼれ落ちていくのを黙って何度も繰り返した。
何も言わない理人に両腕を回し、引き寄せて黒瀬は言った。
「俺にも言えないことか」
理人は胸のまえで自分を抱きしめる黒瀬の腕に唇を寄せた。手首から、指先までキスして、その手を握ってぽつりと言った。
「一樹さんは・・・もし僕が、何か秘密を持っていたら・・・どう思いますか」
「秘密?」
「たとえば、入れ墨があるとか・・・」
「どこにもないぞ?」
「たとえ話ですっ・・・くすぐったいです、もう・・・」
黒瀬は湯の中で理人の身体をあちこち触って笑った。それから理人の耳にキスして、言った。
「秘密なんか誰にでもあるだろう。人間、ない方がおかしい」
「一樹さんは、秘密・・・ありますか?」
「俺か?そうだな・・・誰も知らないほくろがある」
「ほくろ?」
「・・・ここに」
「ふざけてますよね」
「本当にあるぞ。見るか?」
「み・・・見ません!」
理人は黒瀬の顔にばしゃばしゃと湯をかけた。
黒瀬は理人を愛するうちに、深い闇があることに気がついていた。
兄の真人にも感じた、同じ罪を背負う共犯者感。理人にはそれに加えて、孤独感が強く、信じられる相手にしか決して心を開かない。表面だけの張り付いた笑顔には感情が無く、しかし職場の人間は誰もそれに気づかない。黒瀬にもまだ、完全に心を開いたわけではなく、時折見えない壁を作っていた。
「お前が宇宙人だろうと、借金があろうと・・・あとは何だ、とにかく秘密があったって、俺は全く気にならんぞ。そもそも男同士の時点で、世間的には秘密を持ってることになるがな・・・」
「一樹さん・・・」
「ただ、何か困っていることがあるなら、ちゃんと言え」
「はい・・・」
黒瀬は理人の唇を塞いだ。理人は、湯をかきわけて、黒瀬の首に両腕を回した。
理人は黒瀬の手で愛撫されながら、昼間のおぞましい出来事を心の奥にしまい込んだ。この腕の中にいればきっと大丈夫と、自分に言い聞かせながら。
それでも翌日、理人はアドレスを知らせていないはずの登坂から、背筋の凍るメールを受信することになる。
「メールしたのに・・・返事くれないなんてつれないね」
「・・・どうして僕の連絡先を・・・」
「俺、そっちのほう得意でね。個人情報とか操作するの、簡単だよ?」
「・・・犯罪ですよ」
「大丈夫。捕まらないから」
人当たりのいい笑顔で、登坂は携帯の画面をまた理人に向けた。
妻がいて、娘もいるという。ごく普通の家庭を持ち、医師という仕事に従事しながら、笑顔でこんなことをのたまう。
理人は、昨日とはまた違う恐怖を感じた。
おそらく住所も知られているだろうと思うと、さらに悪寒が走る。
「で、メール見たんなら大丈夫だよね」
「・・・い・・嫌です。服は着たままでいいとこの間・・・」
「それはこの間の話ね。上半身だけでいいって書いたでしょ?何も全裸になれって言ってないよ」
「そ・・・それでも、嫌です、そんなことどうして僕が・・・」
「・・・院内全部」
「え・・・?」
「黒瀬教授だけじゃなくて、院内全部のPCにも送れるんだけど。得意だって言ったよね?」
「・・・最初からそのつもりだったんですか・・・っ」
「小出しにするつもりだったんだけどねえ・・・君が強情だからさ」
登坂は笑顔のままデスクを立ち上がった。理人が後ずさる前に、腕を掴んだ。無骨な手が、ぎりぎりと理人の腕を捻る。
「痛っ・・・」
「俺ね、柔道部だったんだ。黒帯だよ。あんまり抵抗しないほうがいいと思うなあ」
登坂のにんまり笑った顔が、理人の心を折った。抵抗をやめ、理人はあのパーテーションの奥に黙って進んだ。
「脱いで」
登坂に監視されながら、理人はネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外した。
「前を開けただけじゃだめだよ。ほら、こっちによこして」
ワイシャツとネクタイを登坂の手に渡す理人の手が震えた。それを嬉しそうに受け取り、登坂はワイシャツに顔を埋めて、思いっきり吸い込んだ。
「ひっ・・・」
理人は思わず口を覆った。それでも勝手に悲鳴が飛び出した。
登坂はワイシャツの隙間から目だけを覗かせ、蛇のような視線だけで理人を蹂躙した。
もう後がないベッドの上で、理人は出来る限り壁の近くまで逃げた。横たわることは、恐ろしすぎて出来なかった。
登坂がベッドに手を突いて近づき、理人の肌に触れた。爪の先が乳首に触れて、理人はまた、悲鳴に近い声を上げた。
背中が冷たいコンクリートの壁に接触して、さらに鳥肌が全身を覆う。
登坂は理人の肩を壁に強く押しつけ、乳首を吸った。
理人は顔を背けて、唇を噛んだ。そうやって耐えるしかなかった。
吐き気が胃の奥から持ち上がってくるのを、血が滲むほど唇を噛みしめて堪えた。
登坂は乳首を含みながら、理人の首筋を淫靡な手つきで撫で上げた。
「う・・・っ・・」
理人の声に反応して、登坂が胸で囁いた。
「可愛い声もっと聞かせてよ」
登坂の腕に引っ張られて、理人はベッドの上にうつ伏せにされた。
うなじにキスをされ、理人の身体は勝手にびくんと跳ねた。ぞくぞくと悪寒が足下から上がってくる。背骨を指でなぞられて、意図しない声が出て理人は焦った。
「あぅ・・っ」
「・・・背中、弱いの?」
「違・・っ・・」
登坂の指は水を得た魚のごとく、理人の背中を行きつ戻りつして翻弄した。しかし、急に止まり、理人がもう解放されると思った瞬間、登坂が低い声で言った。
「これ・・・黒瀬教授がつけたの?」
登坂が理人の背骨の一番下をつついた。感触と言葉に、理人の腰が軽く戦慄いた。
「こんなところにつけるなんて、黒瀬教授はいやらしい人だね」
言葉が切れた瞬間、登坂の手がうつ伏せになった理日とのベルトをむんずと掴んだ。抵抗する間もなかった。
ベルトがストッパーになったものの、無理矢理引っ張られたスラックスは腰骨まで降ろされ、背骨からさらに尾骶骨へと続くキスマークが露わになった。
「うわ、下まで続いてる、やるねえ・・・」
理人は顔に血が登るのを感じた。昨夜、不安がる理人を抱いた黒瀬がつけた痕。登坂は理人の反応を楽しみながら、いきなりその痕を舐めた。
「やめっ・・・触る・・なっ・・・」
身体を捻り登坂の頭を押しやろうとしても、全く動かない。それどころか腰を押さえつけられ、下半身は全く身動きが取れない。
もがく理人を見下ろし、登坂はさもいいことを思いついたように言い放った。
「この身体に他の男の付けた痕があったら、あのプライドの塊みたいな教授は、なんて言うんだろうね・・・?」
「な・・・何する気ですかっ・・・」
登坂はそう言うと、理人の右肩に後ろから歯を立てた。
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