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第4話 脅迫
「やあ、長谷川くん、いらっしゃい」
登坂は、他に誰もいない医局で、人当たりのいい笑顔を作って理人を出迎えた。いつもの銀縁眼鏡をはずし、デスクに置く。
「登坂先生・・・」
「まあそんなに緊張しないで」
「・・・脅迫ですか」
「物騒だなあ・・・そんなことしないよ。いいからちょっと座って」
黒瀬より5、6歳若く見える登坂は、若い頃スポーツをしていた名残か、がっちりと筋肉がついた大柄な男だった。身長は理人とそう変わらないが、体つきのせいで大きく見えた。
理人は慎重にローラーのついた椅子を引き、ぎりぎり登坂の手が届かない距離で腰を降ろした。
登坂はデスクに肘を付き、いぶかしげな表情の理人を、再び足下から頭に向かって舐めるように見た。
「また、れんに会えるなんて思わなかったよ・・・嬉しいな」
「・・・その名前は、もう・・・」
「ああ、ごめん。長谷川くん。ええと、名前は・・・みちと?まさと?」
「・・・りひとです」
「りひとって読むのか。かわいいね。・・・黒瀬教授もそう呼ぶの?」
黒瀬の名前が出て、理人の身体がひとりでに緊張する。思わず強い視線を登坂に向けたが、理人はすぐに後悔した。
登坂は楽しそうに、くくっと笑った。
「やっぱりそうか。あの人男もイケるって本当だったんだ~・・・どう?黒瀬教授はそっちの方、いい感じ?」
「帰ります・・っ!」
立ち上がった理人の手首を、昼間のように登坂が掴んで止めた。
締め上げられた痛みで、理人は顔を歪めた。
「離してくださいっ」
「・・・これ」
もがく理人の目の前に、登坂が携帯の液晶画面を突きつけた。
画面には、9年前にウリ専をやっていた頃の店のプロフィール写真が映し出されていた。今よりかなり若いが、理人とわかる。
「他にも・・・動画持ってるんだよね、俺」
登坂の声色が急に低くなった。
「覚えてない?れんのこと、結構指名したよ」
理人の脳裏に、抹消したはずの記憶が急激に蘇った。
三日と開けず指名してくる常連客。他のボーイには目もくれず、理人ばかりを指名して、そのうちに無言電話や莫大な量のメールを送ってくるようになり、引っ越しても引っ越しても、ストーカーをしてきた男がいた。
理人が店を辞め、しばらくして被害は無くなったが、そのころ理人は精神をやられて、食事も喉を通らなかった。
理人は登坂に捕まれた腕から、悪寒が全身に広がるのを感じた。
膝が笑って、脚が動かなかった。声を出そうにも、首を絞められたかのように息苦しくて、吸うことも吐くこともままならない。
「待ってよ。大丈夫だから・・・あのときのことは反省してるんだ」
登坂は言葉とは裏腹に、湿った視線を理人に浴びせた。
がたがた震える理人の手をしっかりと捕らえたまま、携帯電話を見て登坂は言った。
「もうストーカーなんてしないよ。俺も家庭があるんでね。ただちょっと楽しみたいだけ」
登坂は掴んだ手を急に解放した。その勢いでバランスを崩し、理人は隣のデスクに体当たりして、崩れ落ちた。
立ち上がろうとする理人の頭上が、ふっと暗くなった。
大柄な登坂が携帯の画面をかざしながら、覗きこんでいた。
「黒瀬教授って、知ってるの?君がウリやってたこと」
理人は血の気が引いた。それを見て、登坂はにんまり笑った。
「知られたくなかったら、ちょっと触らせて?」
「・・・え・・・っ・・」
「別に脱げとはいわないからさ。着たままでいいよ?」
「いっ・・・嫌です、そんなことっ・・」
「いいの?俺、動画も持ってるって言ったよね?黒瀬教授のPCに送っちゃうかもしれないけど・・・」
「な・・・なにが目的なんですっ・・」
「だーかーらー、楽しみたいって言ってんじゃん。で・・・どうする?」
そう言って登坂は、写真を動画に切り替え、携帯電話をもう一度理人の顔のまえに突き出した。
画素の荒い映像が再生をはじめ、理人はそこから顔を背けた。
登坂の含み笑いが、動画の音声に被さる。
「・・・どうすれば・・・いいんですか」
目を背けたまま、理人は声を絞り出した。悪寒は止まらなかった。
登坂はこの場に不似合いな、人当たりのいい笑顔で答えた。
「ちょっと、こっち来て?」
立ち上がれない理人の腕を掴み、馬鹿丁寧に登坂はパーテーションの奥のスペースへ誘った。
仮眠用のベッドが一つ設置されていた。
理人は無意識に、開いている腕で自分を抱きしめた。
「そんな怖がらなくてもいいよ。犯したりしないから・・・そこに、仰向けに寝てくれる?」
登坂は理人の後ろに回り込み、出口を塞いだ。理人は諦めて、重い足取りでベッドに上った。
「あ、白衣は脱いで。ネクタイも」
抗議することも出来ず、理人は言う通りにした。ワイシャツとスラックスで、仰向けになると、登坂は上からぎらつく視線を落とした。
理人は近づいてくる登坂の顔を避けるように、横を向いて唇を噛んだ。
登坂の手が、ネクタイをはずしたワイシャツの上を滑り出す。
「れん、可愛いね」
源氏名を呼びながら、登坂の指は理人の乳首を布越しに弄んだ。
理人は堅く瞼を閉じて、登坂の指の感触に反応しないように堪えた。
登坂の指は執拗に乳首を愛撫してから、するすると腹から鼠径部に降りていった。
まだ客だった頃、登坂は理人の脚を病的なほど好んだ。
太腿や膝の裏、ふくらはぎを舐めることが好きで、特に、足首に異常なほど執着した。
登坂の掌が膝の裏に差し込まれ、膝を立てた格好にさせられる。
太腿を裏側から撫で、反対の手がスラックスの裾からふくらはぎを触りながら侵入した。素肌に直接触れた登坂の指に、理人は背筋が凍った。
外側を責める手が、太腿の丸みを越えて、両足の間へ近づく。
触れるか触れないかのところで、止まり、また動く。
脚の付け根をなぞるように、中へ滑らせ、そこに到達した時、堪えきれず理人はがばっと身体を起こした。
「も・・・もう、いいでしょう、やめてくださいっ」
恍惚とした表情をしていた登坂は、急に中断され、ちっと舌打ちした。
「まあ、今日のところは、こんなもんかな」
「きょ・・・今日?!」
「明日も、同じ時間にね。長谷川くん」
驚いて固まった理人に見えるように携帯電話を振って、登坂はパーテーションの向こうに消えた。鼻歌を歌いながら出て行く足音が遠ざかる。
理人は勝手に震える身体を引きずるように、麻酔科の医局を出た。
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