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第1話 はじまりの歌声
割れんばかりの歓声の中にあの人は眩しすぎた。小さな体で振り絞るような歌声。もう完全にその人しか見えなかった。
「君、芸能界に興味ない?」
梅雨があけカラリと晴れた日。佐々木誠は楽器店から出たところでスーツの男性に声をかけられた。この暑い日にスーツを着ているが、色白で涼しそうな人だ。
誠がベースを持っているところを見て、さらに楽器店から出てきたということから音楽に興味ないはずはない。だが、この人が出した名刺は有名なアイドル事務所。
「いや、俺アイドルは興味ないです。」
正直スカウトは初めてじゃない。高校三年になる今、昔からありがたいことに少しは声かけてもらっている。しかし、どうも自分の目指す方向性とマッチングしないのだ。 スカウトされるのはモデルや俳優事務所ばかり。身長は高いから見た目はよく映るみたいだ。
ベースのケースを担ぎ直して踵をかえす。 このパーマも伸びてきたから切ろうか。アーモンドアイと同じ色の髪の左側を少し耳にかけて、重
めの前髪をがしゃがしゃと掻いた。暑さにしっとりしてきたおでこに風を送る。シャープなアゴには汗が滲みはじめた。赤のチェックシャツはロング丈だからか足元も心なしか暑く感じる。
「明日14時!ライブがあるから見てみない?君らぐらいの子たちの定期公演!君らのバンドメンバー連れてきてもいいから!きっと刺激になると思うよ!」
少し歩いたところでまた同じ人が声を張ったことに驚いて振り返る。再度近づいてきたその人はなんだか必死に見えた。
バンドメンバーも連れて、というところで合意し初めて名刺を受け取った。名前と連絡先を聞かれて答えたのも初めてだった。
「まこちゃーん!ごめん!遅くなった!」
借りてるスタジオに飛び込んできたのは森田優一。ギターケースを下ろしながら申し訳なさそうに謝ってきた。小さな身体に大きめの古着Tシャツがよく似合っている。
「優くん、また金髪に戻したのー?」
誠よりも少し低い位置にある頭をわしゃわしゃ撫でる。この間までグリーンだったりピンクだったりよく変わる。姉が美容師の卵でよく実験台にされているが今回もそのようだ。優一もオシャレ好きで部屋は服と靴、そしていろいろなギターで溢れている。 どう?似合うー?って上目遣いで聞いてくるところはたまに男でもドキッとするくらい可愛い。
今日はドラムのメンバーがお休みだから優一にだけさっきあった出来事を話す。
「え!その事務所て!あの有名な!すごいね!」
「いや、あそこアイドル専門じゃなかった?アイドル目指してるわけじゃあないからさぁ」
「とか言って!ライブでのファンサービス見てたらアイドルだよ?向いてるかも!」
「そんなん言ったら優君もだろー?優君ダンスも好きだし…俺はダンスなんか無理!」
「ま、明日行ってみよ〜!デビューていう夢に近づけるならいいじゃん!でも、まこちゃんと別々になるの寂しいなぁ…あ、ちがうよ!ちゃんと応援はしてるから!」
優一とは小さい頃から高校の今までずっと一緒。見た目だけがでかくて絡まれやすい誠を優一は可愛い見た目とは裏腹に男らしく、いつも助けてくれている。音楽も優一から教えてもらって、優一の夢を聞いた時から一緒に頑張るって誓った。
なんだか切ない気持ちになって腕におさめる。染めたばかりの髪が柔らかくて気持ちいい。大丈夫という気持ちを込めてその金髪を撫でると、ありがとぉーと柔らかな声が返ってきた。
次の日の13時、昨日のスカウトマン、伊藤さんに連れてきてもらったのは楽屋や舞台裏。スタッフ達がバタバタと駆け回り、声を掛け合っている。誠と優一はそれを唖然と見つめていた。普段やっている学園祭ノリのライブとはまるで違っていた。プロ意識の塊の場所だった。
リハーサルはすでに終わっていて誰がどんなライブをするのかは全くわからないまま、開場時間に合わせて関係者席に通された。
綺麗に着飾ったりうちわを持ったりした女性ファンで賑わう会場に男性2人ではチラチラ視線を感じ居心地が悪かった。
「…まこちゃーん…」
限界を越えた優一は誠の手を不安そうに握った。誠はそんな優一を困ったように見つめごめんなぁと呟いたところで暗転と同時に大きな歓声に包まれる。 色とりどりのペンライトが点灯し、2人して綺麗…と見とれていた。
歓声が落ち着いたところでとんでもない歌声に誠と優一は思わず立ち上がった。
ステージに1人。
スポットライトを浴びて物凄い声量で歌う。
真っ黒な髪に猫のように少しつり上がった大きくて真っ黒な瞳。はっきりした顔立ち。たくさんのピアス。華奢な体に似合わない強い歌声。全身全霊で歌うその人は
『キャー!!!タイガ!!!』
今川大河。
彼との衝撃的な出会いだった。
他にもいくつかのユニットやグループが出てきたが全く覚えていない。ずっと目が離せなかったのは、心臓を掴まれた感覚を味わったのは彼だけだった。
「…好きだ」
「え?」
「優君、俺、あの人の歌、隣で聴けるように頑張りたい。俺…惚れてしまった。あの歌に。」
ぱちくり、となりそうなまん丸な瞳を大きく瞬きしてしばらく誠を見つめた優一はそっと息を吐いた後、花が咲いたように笑った。
「まこちゃんも夢、見つかったな!お互い頑張ってこぉな!」
テンションが上がりすぎていた誠は優一の言葉に少し停止した。自分の夢はずっと優一と一緒だったはず。
「俺の夢は俺の。まこちゃんの夢はまこちゃんの。今まで一緒に歩いてくれてありがとう。まこちゃん、これはチャンスだよ!あの人と同じステージに立てるかもしれないじゃん!」
喉がはりついたように声がでない。違うんだと、目を見るが優一は今日に限って大きな目を潤ませて天を仰いでる。
「どうでしたか?」
「伊藤さん!あ、今日はありがとうございました。とても刺激になりました。」
「僕もすみません。同席させてもらって!めっちゃ楽しかったです!」
さっきの様子など微塵も感じさせずに優一が笑顔でお礼を言う。本当こいつには敵わないなぁとぼんやりみていた。優一も一緒にって言ったらどうだろう?
「あの伊藤さん…」
「君、名前は?」
「あ、僕は森田優一です。伊藤さん、まこちゃんのことよろしくお願いしますね!」
「あ、君もぜひよろしくお願いしたいところなんだけど?どうかな?」
君、顔小さくて可愛い顔立ちしてるし、すぐにファンがつきそうと伊藤さんはにっこりと笑う。 それに、と誠を見ながら
「誠くんは如何にも一緒じゃなきゃやりません、って顔だし?」
「俺、顔に出てました?」
あはは、と頭をかくと、優君の目がとたんに潤んで抱きついてきた。いつものようによしよしと金髪の頭を撫でる。2人ならやります!と誠がいうと、伊藤はほっとしたように笑ったあと、ケータイのスケジュール帳を出した。
「では、次はオーディションなんだけど」
「「オーディション??」」
スカウトがあれば誰でも事務所に入れると思っていた2人は焦っていた。オーディションて何をするんだ、と。休みがちになってきたドラムを待ちながらオーディションについて調べる日々が続いた。
オーディションは夏休みの真ん中に行われることになった。ドラムのやつは進学のため塾に缶詰になると泣きながら言われ、バンドは事実上の解散となった。でも誠の頭にはあの今川大河と同じグループになること、優一とデビューすることだけを目指して、優一からダンスを習う日々を過ごした。
次の方〜と聞こえて優一を見る。遠くでガッツポーズしてくれた。顔パシンとを叩いてドアをあける。
「佐々木誠、18歳。高校3年。特技はベースです。よろしくお願いします。」
その後はもう覚えていない。歌わされたし踊れと言われたし、何でも全力で取り組んだ。
優一と誠は疲れた様子でファストフードのハンバーガーをかじった。
お互い反省会をしているところで大声が聞こえた。
「んだとこらぁ!?お前なんか見てるかボケェ!」
「このチビ調子に乗ってやがる!表出ろこらぁ!」
「あぁん!?上等だこらぁ!泣いて逃げんなよ!?」
え…?まさか。
誠と優一は目を合わせる。間違いない、間違えるはずはない。一瞬で虜にされたあの人。
屈強そうな男に食ってかかって表に出てしまった。ここは事務所の近くで、仮にもステージに立つ人が問題は…と思っていたら体が動いていた。
「まこちゃん!!」
遠くで優一の焦る声が響くが止められない。もともと絡まれて対応できない誠が行く必要はないのだが、行かずにはいられなかったのだ。
「ま、待ってください!!」
「「あァん!?誰だてめぇ!?」」
2人の声が揃う。そこにはまぎれもないあの歌声の人だがとても同一人物には見えない。でも目力の強さはあの時と同じ。こんな状況でも一瞬見惚れてしまう。 唇の右下にホクロがあるんだ、なんて些細な発見を嬉しく思った。
「あ…の、ケンカはやめましょう?ほら、みんな見てるし…ね?」
2人はその言葉に周りを見渡した。結構多い人だかりができていた。その人だかりの中から1人が息を荒らして駆けつけた。
「こら大河!アホか!何騒ぎ起こしてんだよ!ほら、こい!あ、あんた!ありがとうな!」
「離せ!俺は悪くない!ちょ、転ぶからお願い服ぎゅってすんのやめて」
ドタバタしながら去っていったのはぽかんと見つめる。残った屈強な男に睨まれひいっと怯えたが舌打ちをして去っていってくれた。
「まこちゃん!大丈夫か!?」
「優くん…大河さん、唇の下にホクロがあった」
「えぇ…感想それかい…」
呆れたように笑った優一とともに1週間後の結果を待った。
「伊藤さん、聞いてよ!こいつまたやらかした!」
「ちがう!俺は悪くない!あいつがな?」
スーツのジャケットを椅子にかけてため息をつく。伊藤響はこの事務所に入って1年のまだ新米。今はユニット結成のミッションがある。それはこの今川大河を入れたユニットだ。
歌唱力、ビジュアルも文句なしの今川大河だが好き嫌いが激しく、意外にも繊細で我慢しすぎると体調を崩すという問題児。だいたい高校卒業後くらいにはユニット結成して世に送り出すのだが、大河が高校を卒業しても延びに延び、社長は痺れを切らしている。 事務所に在籍している子達には全員声をかけたが、大河がNOを出す。そこで伊藤は別事務所での新人の時に先輩と同行したスカウトを思い出し、新人発掘のため日々街に繰り出している。
「大河?気に入らないことはこれから先、少ないはずはないんだ。それをいちいち大ごとにすんのか?」
「だって…」
「そうだぞ!あの子が止めんかったらボコボコになってたと思うぞ!顔守る意識もなかったろ?」
「も〜うるさい!ごめんなさい…気をつけるから…もうレイも怒らんでよ…」
全く…。そう呟いて大河の隣に座るのは石田レイ。大河が唯一許す存在。母親みたいな存在だとこの間大河が語っていた。レイは大河とのデビューユニットで組まれており、大河のせいで延び延びになっている。それも大河は分かっていてレイには頭があがらないようだ。
「あ、伊藤さん、止めてくれた子、イケメンだったよ!あの子スカウトしたらいいんじゃない?」
「あーなんか目も身長もおっきいパーマのやつな。顔はまぁー確かに良かったな。めっちゃびびってたなぁ〜!」
「そりゃびびるだろーが!大河は口が悪きすぎるから気をつけないと!」
「え!その子…もしかして近くに金髪のちっちゃい子もいた?」
「「それは見てない」」
声を揃えてきょとんとしている。他にも逸材がいたのだろうか。デビューユニットは5人。伊藤の中で4人は決まっていた。
「あと1人ねぇ…」
うるさい2人が去っていった会議室に虚しく響いた。
「「よろしくお願いします!!」」
「「あ!」」
夏休みが終わる直前、合格通知が届いて誠と優一はオーディション以来の事務所に集められた。オーディション会場よりは狭い会議室の一室、ドアを開けてすぐに挨拶をして顔をあげるとあの日の2人がいた。
「おおおお〜!あの時はありがとう!伊藤さんスカウトしてたんだな!さすが!!俺は石田レイ!こいつは今川大河!愛想悪いけどいい奴だから!よろしくな!」
短髪の茶髪がよく似合う豪快な人だ。アスリートみたいなさわやかな笑顔をみせてくれた。兄貴気質で人柄の良さが滲み出ていて2人はほっとした。その後ろに足を組んで頬杖をつき座ったまま無表情で視線を送る今川大河。
「よろしくお願いします!わー!大河さん!本物だ!あの!大好きです!」
「は?」
大河のことになると体が勝手に動くシステムなのかズンズン近寄って手を握った。大河の手は意外に冷たく小さな手だ。
「まこちゃん!こら!急に失礼でしょ!すみません…。あ、僕は森田優一です。こっちが佐々木誠です。まこちゃん、落ち着いて!」
「俺、大河さんの歌声とか!顔もカッコイイし!もう全部に惚れて!それで!俺、頑張りたいって思って!」
興奮しすぎて鼻息も荒くなるのを困ったように優一が止めて、レイもぽかんとしている。
「きもっ。イケメンが台無し。」
黙っていた大河がクスクスと笑い始めた。レイは驚いた顔をした後にホッとした様子で、2人に席を案内した。 きもいと言われた誠は少し落ち込んでいた。
「揃ったか?」
「伊藤さん!こいつこいつ!前俺のケンカ止めたやつ!」
「ああ…やっぱりか。誠くん、世話になったね」
「いえ!僕はなにも!」
伊藤さんからは今後ユニットとしてのデビューに向けての話をされた。メンバーは5人。あと1人やコンセプトは未定らしい。
「デビュー…」
優一はキラキラした目で伊藤の話を聞いていた。そんなワクワクを打ち消す言葉が大河から上がった。
「つーかさ、顔だけで選んだばっかりだろ?俺こいつらの実力見てねぇんだけど」
なんかできんの?っていう視線をもらい緊張が走る。 ここで認めてもらえなければ意味がない、誠は自分を奮い立たせた。
「やります!優君、楽器準備しよ!」
「うん!あ、ベースのアンプ持ってる?」
「あぁ!忘れたぁ!!」
「やっぱり〜」
楽器を触り出すといつものノリになる2人を残された3人はきょとんとみつめていた。確かに大河は圧をかけ緊張させたはず。
「伊藤さーん、すみません。まこちゃん用にアンプ借りられます?あとこの部屋おっきい音大丈夫ですか?」
「あぁ、構わないよ。少し待ってて」
もーまこちゃん〜とケラケラ笑う優一や、ごめんーと眉を下げて頭をかく誠。完全に2人の世界になった部屋にレイは自然と笑っていた。
「レイ、何笑ってんの?」
「いや、楽器、本当好きなんだろうなって」
ふーん。と興味なさそうに飴をなめはじめた大河。実力を見なきゃなんも言わないつもりらしい。
伊藤さんがアンプを持ってきてくれて音をチェックする。誠は優一と目を合わせ、いつもの曲でいこうと確かめ合った。
優一はお父さんの影響で小学生からギターを触っていて実力はピカイチ。可愛い風貌から一気に雄感が高まり、男でもカッコイイと惚れ惚れする。優一の目が変わるこの瞬間が誠はたまらなく好きだった。 歌います、と優一が笑顔で言った後、豹変したと同時にギターが鳴り響く。
「っ!?」
「おぉ…!」
「うわ…!かっこいい」
予想通りの反応に嬉しくなる。2人のコンビネーションに関しては誠も自信しかなかった。今、あの日歌唱力に魅了されたこの人が目の前にいる。届きますように、その想いをこめて、大河だけを見て歌った。
優一は高い声がよく通る。誠は柔らかく低めの声で2人の歌声でハモると気持ちよかった。
「「ありがとうございました!」」
伊藤さんとレイは大きな拍手を送った。伊藤さんはよかったと天を仰いでいた。レイは大興奮して立ち上がった。
「かっこいいなぁ!びっくりしたよ!歌もうまいし!こりゃ即戦力だ!な!大河!」
みんなの視線が大河に集まる。
「…え?」
「大河どうした!?」
すぐにレイのお腹にしがみついてしまったがあの一瞬は見逃さなかった。
大きな瞳は潤んで涙がポロポロながれていた。
誠と優一は顔を見合わせてなぜか2人も泣き出した。伝わった、と感じたからだ。
泣き出したメンバーたちに伊藤さんとレイがワタワタしていた。少し落ち着いたところで伊藤さんが話す。
「大河?誠君と優一君、メンバーでいいね?」
「……」
「ほら、大河?答えなさーい」
レイが顔をあげさせようとするのをいやいやと首を振る。普段は甘えさせているレイだがこういう場では厳しい。顔をはがされ、ピシッと立たされる。顔を真っ赤にした大河が誠と優一に頭を下げた。
「…よろしくな」
「「わぁ〜!ありがとうございます!」」
「うわ!くっつくな!おい!こらぁ先輩だぞ!敬え!」
伊藤とレイは顔を見合わせて笑った。久しぶりに大河の涙を見た。しばらく心を閉ざしてむしゃくしゃしていた大河の心に響いたのだ。
人懐っこい2人は大河の心の壁を簡単に越えてきた。
「大河さん、俺どうでした?」
「お前は普通〜!ギターはかっこよかった」
「え〜!大河さん、お前じゃないですマコって呼んでくださいよ〜」
「大河さん!俺ギター教えますよー!一緒に弾きましょう?」
一気に懐かれてるのも珍しい。大型犬と小型犬に囲まれている黒猫のような図にレイは爆笑していた。帰る頃には2人をマコ、ユウと呼ぶようになっていた。
誠は大河に認められたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。そしていろいろな一面にいちいち見惚れていた。高いプライド、繊細な感受性、甘えんぼなところ、そして無邪気に笑うところ。どんどんハマっていく。
「まこちゃん、俺も頑張るよ!デビュー頑張ろうな!」
「おう!優君が一緒だと心強い」
事務所のエレベーターを降りてエントランスに出たところで優一より少し高い身長のイケメンが立っていた。
「あ、あの!?」
「はい?」
「西高校の…誠さんと優一さんですか?」
「?そうですが…」
「え!うちの事務所入ったんですか?嬉しいです!俺西高校2年の篠原と言います。学園祭からずっとファンで!」
ニコっと笑うとテレビに出ていそうなイケメン。学校ではあまり知られていないのが不思議なくらい。
篠原翔。最近ユニットでデビューしたらしい。本人はそれだけしか語らなかったが後で調べると定期公演では大河と並ぶ人気と実力らしい。よく見ると雑誌に出まくっている。そんな人物がファンだなんて…。でも去り際の言葉が気になっていた。
「あ〜大河さんとのユニットですか?あの人大変ですよね。頑張ってください」
「大河ご機嫌だな?」
「ご機嫌じゃないし!」
「かっこよかったなぁ?」
「ニヤニヤするな!きもい!……完全ギャップにやられたわ。嘘みたいな実力だし化けるしハーモニー最高だし音完璧だし…ずるい」
(ギターのユウの豹変ぶりは鳥肌がたった。ギターの腕前は本当にプロレベル。ベースのマコはもう… )
「完全ロックオンされた」
頭を抱えてうなだれる。あの目に合った時、捕まった、と本能的に思った。ヤバイと。目と対照的な柔らかく低めの優しい歌声。思い出しても顔が熱くなる。目を逸らされることなく歌いきったラブソングは届いてという願いの歌。痛いくらい届いた。嫉妬さえ感じるほどに。
「こーんにーちはー!」
余韻に浸ってるとドカンとドアが開く。開けたやつを見てため息が出る。
「翔、久しぶり」
「ちわーす!レイさん!さっきうちの高校の超絶かっこいい2人がいたんすけどレイさんのユニットって本当っすか?」
大声でペラペラ喋り出し大河の目の前の席にどかっと腰掛けた。大河の眉間にはシワが深く刻まれた。
「お、高校でも有名なの?」
「もちろんっすよ!男女問わず人気がありますよ!俺誠さんの大ファンなんです!あーデビュー遅かったら一緒にデビューしたかった」
「おいおい、もうデビューしてるんだから頑張れよー。俺たちも追いつけるよう頑張るからさ」
「越す、だろ?レイ」
大河の言葉に翔は口笛を鳴らし茶化す。ここ2人はどうも合わない。そして困るのは性格や好みがなんとなく似ているところだ。
「無事デビューできるといいですね?」
最後は綺麗な顔でニタニタしながら去っていった。
「レイ、スタジオ篭るから先帰っといて。」
「…喉使いすぎるなよ、じゃあな」
レイは大河の小さな背中を見えなくなるまで見送った。
レッスンは始めて数ヶ月、優一と大河は楽器店に来ていた。大河がギターをやりたいと言ったからだ。2人で行くことに誠がだいぶ嫉妬していたが誠はレイからスパルタダンスレッスンを受けている。楽器店に着くと大河が目に見えてキラキラしている。
「ユウ、これは?!これ!」
手にとってはワクワクしたように聞いてくる。可愛いなぁとこちらも笑顔になる。
優一は全体を見回して少し細めのギターを発見し肩にかけてみる。優一と大河は身長も体重も同じぐらい。
「大河さーん!これ!かけてみてぇ?」
ボルドーカラーのギターを大河にかけてみる。うん、これいいな!
大河も気に入ったようで値段も見ずにレジに行って悲鳴をあげていた。なんとか手に入れて楽器店を後にしたところで少しカフェによる。大河は終始ご機嫌でいろいろな話をしてくれた。本当はアイドルになろうと思ってなかったことや、歌が好きとも自覚がなかったこと、顔が良いと言われて優遇され他の練習生から妬みを買ったこと。優一はうんうんと優しく聞いていた。
「失礼します、こちら試作品のシフォンケーキです。よかったらどうぞ」
2人が顔を上げると長身で爽やかな店員さん。
「あ…今川大河さんですか?俺定期公演見たことあります。お会いできるなんて!」
「あぁどうも」
一気に無愛想になる大河に苦笑して優一はなんとなく、あ、このひとだと思った。
「お兄さん、芸能界興味ある?」
「おお〜い戻ったぞ〜!ダンス覚えたか?」
「大河さぁあん助けてぇえ!…え?」
「こら、マコ逃げんな!あれ?どちらさま?」
居心地悪そうに長身を小さくしてこちらを見ているお兄さん。
「ん?うちのメンバー!」
にぱっと優一が笑う。戸惑いを隠せないお兄さん。
「俺、ビビッときたの!こいつだって」
「ユウがな、ナンパしたんだよ〜カフェで」
ケラケラ笑いながら大河が説明する。
ナンパもといスカウトをした際、芸能界に興味ありますと下を向いてぽそっと言ったこのお兄さんは青木大地。16歳だが学校には行かなかったらしい。
「スカウトされたのにオーディション落ちたんだって!入る気でいたから高校も行ってないって!」
優一の直感は昔から当たることを知ってる誠は素直に迎えた。
「優一君!新しいメンバー候補って?」
「伊藤さん!見て!かっこいいでしょ?」
「あ、青木大地です!」
あれ、君…と伊藤は逡巡した。オーディションで見た目は一番の優良株だったはず
「父の反対があって辞退しました。」
「「辞退!?」」
青木の中では辞退は落ちたも同然のようだ。
「なぁお兄さん、お前なんかできるの?」
大河の品定めが始まった。誠と優一は息を呑んで見守る。
「芸能界はやりたいです。はいそうですか、でできるもんじゃない世界て分かってるよな?」
「はい」
「うん、じゃあ何か見して」
音くださいって小さく呟いたところでレイが音をかける。誠がずーっと練習して出来てない曲にオリジナルの振り付けで踊り出す。
優一は真顔でみてたが急に青木に合わせて踊した。初めて合わせたと思えないコンビネーションに優一の天才肌を感じたのと、青木が心底楽しそうに音に身を委ねている。
「身長差もすげぇ〜」
大河が呟いたところで優一がもう!大河さん!て怒って爆笑の中で品定めは終わった。
大河の様子から見てはじめから決まっていたらしい。伊藤さんからメンバー入りの話しきたのはその日から1ヶ月後という結構時間がかかっていた。
こうして、大河、レイ、誠、優一、青木の5名が揃ってRINGというユニット名で活動することになった。定期公演でのユニット発表になるまでにやることはたくさんあった。ダンス、歌、写真撮影に演技レッスン、何度も変更になるフォーメーション。学校に行きながらの誠と優一は心底疲弊していた。 学年上位だった優一の試験はみるみる誠にに近づき、2人は初めてのことばかりでキャパオーバーになっていた。
「マコ!ユウ!やる気ないなら出て行きなさい!」
ついにダンスの先生から檄が飛んだ。すぐに頭を下げてもう一回お願いしますと言ったがダメだった。レッスン室を出て近くのベンチに座る。するととなりの優一の呼吸がみるみる荒れていく。
「…はっ、はっ、はっ…」
「優君…?優君!?大丈夫!?息して!ゆっくり!吐いて!」
こんな優一は見たことなくてパニックになる。どんどん青ざめていく顔に涙が浮かんだが今やるべきことを考えた。袋でどうにかなるって聞いたことがある。幸い袋はバッグに入ってる。レッスン室に戻って袋を持っていこうと走った。
レッスン中だろうが関係なかった。
「マコ!出なさいって」
「優が過呼吸なってんすよ!!邪魔してることは後で謝ります!」
袋をとって優一のもとに戻るが、ベンチに横たわっていて、真っ青な顔に汗が溢れ、苦しそうに眉を寄せているのを見て、ついに涙が溢れた。頑張りすぎだ。もともと何事にもとことんやるタイプの優一。全てがまわらなくなってきたんだ。この小さな体でいろんなものを背負い込んでるにちがいない。
口元に袋を当て落ち着くことを願って背中をさする。するとバタバタメンバーと先生がやってきて優一は救護室に運ばれた。
「先生…みんなも…ごめんなさい。もっと頑張ります。」
ポタポタ滴れる涙をそのままに頭を下げる。必死なのはみんな同じ。それなのに僕らは。
先生は誠の肩をポンと叩き少し休んでと柔らかい笑顔を見せて去っていった。残されたマコと3人は対面したまま立ちすくんでいた。
「大丈夫だよ、マコ。大丈夫」
大河が誠の胸にポスリと収まった。背中に回された手がしっかりと強い力で安心した。大河の腰に回した手で服を握ってわんわん泣いた。
優一のことが心配で救護室の近くのベンチで残った鼻水を啜る。青木は優一が起きたら知らせる役目を立候補し、中で待機している。レイと伊藤さんは別室でスケジュールの見直しを行っていた。大河はずっと誠から離れなかった。
「落ち着いたか?」
「ん…。大河さんありがとう。」
「いいよ。誰でもいっぱいいっぱいな時はあるだろ?お前らは高校もあるわけだし、もっとフォローしなきゃだったな。悪いな。」
「そんな!謝るのは俺です…わぁ!!」
急にごろんと膝に頭を乗せてきた。お腹側に当たる息が少しくすぐったい。
「俺の番」
そう言うとすぅすぅ寝息を立てはじめた。長い睫毛と無防備な唇に顔に血が上ってくる。熱くなってパタパタと手のひらで顔を仰ぐ。こんな時でもこの唇に触れたいなんて、不埒なことを考える自分に呆れ、固まったまま同じポーズをキープしていた。
「よぉ、落ち着いたか?」
はっと顔をあげるとレイさんが心配そうにやってきた。無理させたなと頭を撫でられた。その優しさにまた涙が込み上げてくるのを堪える。
となりに腰掛けると大河をみてクスリと笑う。
「なんでこいつが癒されてるんだ」
レイさんが大河の髪を撫でると、ん…ととんでもないセクシーな声がして心臓がバクバクする。
「大河もなぁ〜実は毎日深夜コースなんだよ。無理すんなって言ってるんだけど俺がメインボーカルだから引っ張らないとって。」
ダンスも得意じゃないし、楽器もできない。人付き合いやトークも、演技もできない。こんなに出来ないものを感じたことがない。でもそれぞれの役割を果たすメンバーがいるから安心して俺のやるべきことだけをできる、と話していたそうだ。
「もっと俺たちを頼ってくれよ。今までは優一も誠もお互いだけだったんだろうけど、今はあと3人もいるから。頼りたい時に頼りたい人を頼れ」
ニカッと笑うレイさんはこのRINGというユニットのリーダーだ。大きな懐にとても安心して誠も笑顔ではい!と言った。満足そうにわしゃわしゃ頭を撫でられてユウ見てくるわと席をたった。
誠のズボンによだれを垂らして気持ち良さそうに寝てる大河をみてほっこりする。よく見ると薄っすらクマができている。疲れていたようだ。
(もしかして…頼ってくれてるのかな…? )
そう思うと伝えたい気持ちが溢れ出た。
「俺、あなたの歌声大好きです」
頭を撫でてみる。少し猫っ毛の柔らかな黒髪。動物だと黒猫みたい。気分屋で大きな目で、でも存在感があって。
「いつも、ありがとうございます」
起きたらまた伝えよう。
優一は3時間ぐらい眠って、起きたら訳がわからないって感じで、先程とは別人のように回復していた。優一は起きた瞬間、青木からのあつーい愛の抱擁をもらったと爆笑し、その隣で顔を真っ赤にした青木が小さくなっていた。
次の日の練習は休みになった。
寒さが顔を出し始めたリハーサルの日。
周りはいつか見たようなバタバタ感とピリピリ感に包まれていた。分かりやすくあがっている青木にみんなで声かけながらこなす。 今までは部分リハーサルだったから流れを通すのは初めてだ。
そして、誠には試練があった。
大河の歌声だ。ビリビリと伝わる迫力にいちいち心打たれて圧倒される。ハモリが入る時は合わせてくれる。曲中に目が合うと目で笑ってくれる。
(本番持つかなぁ俺…)
必死に曲に集中してあっという間のリハーサルだった。いろんなところに神経使ってヘトヘトになり大の字に寝転んでいた。
「マコ〜?ちょっと来て?」
レイさんに手招きされてちょこちょこついていく。空いてる楽屋に行くと鍵を閉められ、え?と首をかしげる。
「あてられすぎ」
「?あてられ?」
「大河、やばいだろ?」
「っ!!?」
「いや、仕方ないと思うよ?お前もともとファンだろうし」
「ファンじゃないです!大好きなんです!」
「あー分かった分かった。だけどな、本番はもっっと、今の何十倍もヤバイからさ、早めに慣れてくれんと今後が困る。そして、その時のあいつには手を出すな」
「手なんか…」
レイはどかっと腰掛けたソファをペシンと叩く。
「ここでな、ステージ後に先輩に襲われたんだよ」
「え…?」
「そっから情緒不安定。誰にも心を開かない。ステージ終わったらすぐにスタッフと撤収。だからいつもスタートにセットされてる。」
「今回はユニット発表もあるから久しぶりに中盤。あいつも少なからず緊張してる。だが、あいつはお前をとても信用しているし、大切だと思ってる。間違ってもステージ後のトラウマを再発させるようなマネだけは…分かるな?」
そう言って去って行った。
この部屋で、とんでもない事件が起こってた。
顔を叩いて気を引き締める。それと同時にあの人守らないと、そんな使命感でいっぱいだった。
雪が降りそうな本番当日。定期公演はいろいろなユニットや練習生、スタッフであふれていた。RINGだけの楽屋を用意してもらい、それぞれが自由に過ごしていた。大河はマスクをして喉を使わないよう珍しく大人しくしていた。
ドカンと急にドアが開き、全員が振り返るとザ・王子様の白い衣装を着て、髪型もバッチリの翔だった。すでにデビューしている翔のユニットは本日の大トリだがテレビ取材を受けていた。
「あ!マコさん!ユウさん!おはようございまーす!翔です!」
「おはようございます!」
「先輩やだなぁ〜敬語使わないでくださいよ〜」
「いや、ステージ経験だと翔君が先輩でしょ?」
「…そうだね!じゃあ呼び捨てしていい?敬語もなしでいい?いいよね?マコとユウも翔でいいよ!」
その会話を聞いていた大河はイライラとイスを蹴った。翔はうわ、怒ってると茶化しながら楽屋を出て行った。
「お前らなめられすぎだぞ!」
翔が去ったあと、我慢ならないと大河が喚く。レイはため息をついてよしよしと頭を撫でて落ち着かせる。
呼び捨てなんか全く気にならない2人はきょとんとしていた。青木でさえも2人をユウ、マコちゃんとの呼び方の許可がおりていた。
「ユウー?今ヒマ?ちょっと買い物いかない?」
「いいよ〜」
のほほんでこぼこコンビは買い出しに行ってレイさんが打ち合わせで呼ばれて出て行った。 大河はソファーにゴロンとふて寝をはじめた。
ケータイでもとろうかと立ち上がった時服を引っ張られる。
「どこいくの?」
「いや、ケータイを」
「…って」
「ん?」
「マコはそばに…いとって」
服を掴む手は少し震えてマスクの下の口元はわからない。瞳が揺らいでいる。
いつかのように膝枕をして髪を撫でる。
「大丈夫。ここにいるよ。俺は一緒にいるよ」
「ん。手、ぎゅってして」
「はい」
冷たく少し震えている。誠の体温は高めだからちょうど良くなるようにと握る。
「なんかなぁ〜?マコ、落ち着くんだよな…」
「ふは!ありがとぉ」
幸せだ…と噛み締めていた。ところにまたドカンとドアが開いた。驚きすぎて大きく肩を揺らし息が止まるかと思った。
「マコー!ちょっとうちの楽屋こない?俺の先輩達にも紹介したくてさ!」
「翔君…きみ勢いすごいな!今な、大河さん寝てるから静かにな?」
「えー!羨ましい!!マコ、俺にも膝枕してー」
少し下を覗くと眉間の皺がものすごく深くて頭を撫でる。
「今日は先約あるからね。楽屋にはまた後で顔だすね?誘ってくれてありがとう」
「うわっ!ズルいっすよそんな笑顔!やっぱかっこいい〜!ステージ楽しみにしてるから!」
「うん、ありがとぉ」
ぎゅうっなるくらい手を握られる。
「痛いよー?」
「お前…もう…やだ」
「えっ!?なんで!?ちょっと!ねぇ!」
焦って顔を見ようとしたら吹き出して笑ってた。必死すぎ、ってそりゃそうでしょ。
でこぼこコンビはいくつかの楽屋挨拶をしたようで、優一がひどく疲弊していたのが心配だった。
「RINGさん、スタンバイです」
初めてのステージ。メンバー全員とハグして気合を入れる。円陣の後、それぞれが自分の立ち位置に立つ。全員の緊張感が最高潮に高まったとき、音楽と同時にスポットが当たると大きな歓声。隣からはいつもの数十倍の迫力。あの日見たステージに立ってる。この人と一緒に。
持ち歌は2曲だけ。ダンス曲では青木のダンスソロやレイのラップ、誠と優一のハーモニー、そして大河のロングトーン。全てが1番いい状態のステージだった。
誠の初めてのステージは、アドレナリンが出てクセになりそうなくらい最高に気持ちよかった。持てる力を出し切った疲労感と味わったことのない高揚感。大河にもそして他のメンバーからのエネルギーを受けて、ふわふわした感覚のままスタッフの誘導についていく。いろんな人に拍手してもらって、笑顔でお疲れ様と言ってもらえてすごく嬉しかった。完全に、油断していた。
1番後ろを歩いていた誠は急に腕を引っ張られ倉庫みたいなところに押し込められた。
「こいつか…確かに色気ヤバイな」
「そうだろ?俺の目は確かなんだって」
暗くて分からないが2人ほどの声がする。スタッフか演者かも新人にはわからない。あまり嗅いだことのないタバコの苦い匂い。押し付けられた背中の痛みに戸惑っているといきなり唇を塞がれて舌が入ってきた。
「んっ!?」
ヤバイ!これは!
やっと覚醒した頭で思った時には全て遅く、抵抗するも2人がかかりで抑えられる。誠は図体が大きいと自負していたから抑えられて動けない、ということが初めてでパニックになる。
「ゃめっ… んん!!〜っ!は!んんっ!」
頭を振ってキスを逃れるもまた捕まる。その間に衣装のシャツのボタンをはずされベルトまで緩められる。違うやつがまた唇を塞ぐ。生温かくて苦い感覚が気持ち悪い。守るどころか自分がこんな目に遭うとは全く思ってなかった。
「やめ…んっ!痛っ!」
唇から首に沿って降りてくるキスが気持ち悪くてぞわぞわする。 急に胸の尖りに爪を立てられ息が止まる。誰か、誰か助けて!手の拘束が緩んだ隙に近にあった鉄パイプを倒した。カランカランと音が響いて驚いた2人は走って行った。
足跡が遠ざかって、ぎゅっと蹲りガタガタする体を抑えた。
「はっ…ははっ…まじか…」
服を直すとか、犯人を捕まえるとか、できることはたくさんあるのに身体が動かない。あまりにもショックが大きすぎた。
同時に昨日聞いた大河のことを考えた。怖かっただろう。誠は今の自分がこんなにも震えて、腰を抜かして、なさけなくて俯いた。
「マコ〜?」
ビクッとした拍子にさっきの鉄パイプを蹴ってしまった。聞き慣れた大好きな声が近づいてくる。ダメだ、絶対に見られたくない。こんな恥ずかしくて情けない姿。特にこの人には。
「マコ?」
「たっ!大河さん、大丈夫です!先戻っててください!」
「…?どうした?そこにいるのか?みんな探してたんだぞ…そんな暗いところで」
ざりっという足音がした瞬間咄嗟に耳を塞ぎ目を閉じ叫んだ。
「来るな!!!」
「え?」
「あ…すみません…大声出して…。すぐ行くんで楽屋に戻ってください」
「嫌だ」
目をぎゅっと瞑っていたら急に大河さんの香水がふわっと香る。温かいジャケットが被される。
「見てないから、服着ろ」
大河さんは何も聞かないし話さない。ただ震える体を摩ってゆっくり整うのを待ってくれた。誰が犯人かもわからない廊下を歩くのも嫌だったが楽屋に行かなければならない。大河に手を引かれながら下を向いていた。 みんなにそういう目で見られているのかという恐怖もあった。楽屋に入る直前に大河さんには2人だけの秘密にしてもらった。
それからは覚えていない。打ち上げも体調不良と大河さんが断ってくれて、伊藤さんに会場近くの大河さんのアパートに入れてもらった。
エレベーターなしの4階まで重い足を引きずってようやくたどり着いた。中に入って玄関のドアが閉まると力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
何が守るだ、馬鹿みたいだ。自分の間抜けさとそれを大好きな人に見られた情けなさとで酷く落ち込んだ。
「マコ?どこ触られた?」
玄関で崩れた誠に目線を合わせるように屈み、静かな静かな声が響く。優しくてでも怒りを抑えた感じの、そんな声。
「……2人に…キスされた…気持ち悪かった」
「そうか」
カーテンの隙間から漏れる街灯が仄かに2人を照らす。スローモーションみたいに綺麗な大河の顔が近づくと唇に冷たく柔らかな感触。誠は目を見開いたまま動けない。少し離して唇が触れるか触れないかの距離で大河が聞いた。
「舌は?」
「…舌…も…入れてきてた…タバコの苦い臭いがした…」
「そっか」
「ふぅっ…んっ」
「んっ…ちゅっ…はぁ…マコ…んふっ」
力が抜けるくらい気持ちいい大河とのキスに、誠もどんどん夢中になった。どれくらいそうしていただろう。暗い部屋に電気もつけず玄関で長い間キスをしていた。
「俺のキスは?」
「気持ちいい…もっとしたい」
「ははっ…うん、いいよ」
「大河さん…」
「…ん?」
「俺。大河さんのことが…好き」
「知ってる」
「俺ね、今日大河さんを守りたかった。そのつもりでいて…」
「うん。聞いたのか?レイだな?」
コクンと頷く。大河は頭を撫でて先を促す。
「でも、初めてのステージが本当に気持ちよくて、浸りすぎてて…大河さんもメンバーも見えないくらい酔ってフラフラしてたんだと思う」
優一がまこちゃんがいない、と騒ぎ始めたときまさかとは思った。レイに1人で探すなと言われたがじっとしていられなかった。来た道を戻っていると微かに聞こえた金属音。なんとなく、嫌な予感がした。2人の走る男とすれ違ったのは薄っすら記憶にある。倉庫にいた誠にほっとしたが誠の叫びを聞いた時、遅かったと分かった。
大きな男が身体を小さく震わせているのが辛くてジャケットの上から抱きしめた。
『やめてください!! 誰か、助けて!!』
『助けに来た人に見せてあげようか?』
同じ経験をしてしまうなんて思わなかった。優一には注意をしろと話していたが、まさか対象が誠だったなんて。
大河は全てを一緒に背負っていこうと思った。怖かったことを全て塗り替える、新しい記憶を自分が、と。強そうで弱く、優しい誠が愛しかった。
キスの合間にぽつりぽつりと誠が出す言葉を飲み込むように大河は受け止めた。
だんだん言葉少なくなり恐怖を拭い取ってくれた大河に夢中になる。ライブの時のような高揚感と興奮。
キスはやめないままお互いの服を脱がしながら大河は誠を寝室に誘う。寝室に行きベッドに座ると、より強く香る大河の香りに誠は理性がぶっ飛んだ。
「大河さん…好き…抱きたい」
「ん…俺も、マコが好き」
「本当?俺の大河さん…嬉しい…」
小さく華奢な身体を隅々まで愛撫してどんどん上がる声に興奮が止まらない。
恋い焦がれたひとが今腕の中で気持ち良さそうに声を出している。たまらない気持ちになる。
「マコ…っ、ここもっ…」
潤んだ目でお願いされたのは硬くなった象徴。興奮してくれてるのが嬉しくて体を下にずらし両手で脚を割り、パクんと加えて舌を使う。男の人とはした事ないけどきっと気持ちいい場所は一緒のはず。
「っぁああーッ!!はうっ!あっ、やばっい!」
触るだけと思った大河は突然の刺激に大きな嬌声をあげた。
大河の太ももがビクッビクッと跳ねるたびに誠は手で抑え込んでより熱くなったそれを吸い込んでみる。
「ぅっあぁー!ぁっ…待って…なんでっ…こんな…おまえっ…ぁあっん!!初めてじゃない…だろっ」
泣きそうな顔で覗き込んでくるから腕で口を拭って顔を近づける。
「どうして?男性は大河さんが初めてだよ?」
「うそつけ!だって慣れてる…っ」
「慣れてないよ、余裕だってないし。大河さんが喜んでくれればそれだけでいいんだ。」
顔中にキスの雨を降らす。それだけでもビクッと反応してくれてこんな可愛い人みたことない。
「…さっきまで…弱ってたくせに」
「大河さんが元気にしてくれた…ほら触って…?」
今までにないくらい反り返ったものに小さな冷たい手を持っていくと熱い…とぽそっと呟いたからたまらなくて噛みつくようなキスをした 。
お互いのをキスしながら高め合っていたら急に大河が顔を背けて大きく喘ぎはじめた。 その顔はどのステージよりも色気があり、誠と興奮をさらに煽る。
「イク?」
「はぁ!もっ!でそっ…は、は、まこぉ…あぅ…んっ」
イクのを我慢しているのか全身に力が入っている。促すように亀頭をクリクリと指先で弄るとガッと誠の両腕を掴んで背を反らせる。
「っんんーーっ!」
手のひらに感じる温かいもの。半開きの唇は濡れていて、はぁはぁと呼吸する顔もたまらない。まつ毛は涙で濡れていてよりセクシーだ。気持ちよくイッてくれたことが嬉しくて嬉しくて死にそう。
「はぁっ、はぁっ、なに…笑ってんだよ…」
「嬉しくて…死にそう…」
「死ぬなよ…」
まだだろ?そういってびっくりするほどの色気を纏った表情で俺のを包み込む。
「ここは…男では俺がはじめて?知らんやつも触ってない?」
「ん…はじめて…」
大河の上目遣いが耐えられなくて目を逸らす。
誠は熱に浮かされ火照った顔と、汗で張り付いた前髪から少し覗く潤んだ目を伏せた。少しの刺激でも爆発しそうな欲を抑えるため眉間にしわを寄せた。
「お前、ヤバイな…エロすぎ。俺以外にその顔見せるなよ。食われるぞ」
どう考えても大河の方がエロいと思う。きょとんとした顔で見つめると大河は顔を真っ赤にして目を逸らし、手を上下に動かし始めたまに奥の袋を転がした。
「ん…またおっきくなった。なぁマコ?」
「んんっ…は、なに?」
「入れたい?俺に」
「ぅんっ…は、入れた…ぃ…は、は、あっ、」
「俺の、ここに」
「はぁっ…はぁっ、んっ…あ、もっ、あっ」
「お前のこれ」
「ぅあっはっ…んんっ!」
誘惑が凄すぎてゆるい刺激のまま、言葉攻めだけで出してしまった。大河は嬉しそうに笑っていた。
「笑わないでよぉ」
「いや、お前の気持ち分かったよ。本当可愛いやつ。」
少しいじけてたけど幸せそうに笑ってくれたからいいかぁってなる。
「マコ、ここ、触って?」
四つん這いになって腰だけをあげて誘うこの人の固く閉ざされた小さな蕾を開くように唾液と大河の出したもので濡れた指を一本差し込む。
苦しそうな声が聞こえて抜こうとしたら手首を掴まれる。
「やめんなっ…大丈夫だからっ…」
泣きそうな顔で振り向かれて大河の繋がりたい気持ちが分かった。徐々に指を増やし、丁寧に丁寧に解していき指を曲げたところでコリっとした感触。
「っ!アァア!なに…そこっ…」
「ここ…?は…可愛い…泣くほどイイ?」
「ぁっ!知らないっこんなの!アァ!っふ」
ずっと絶えた様子だったのがいきなり大きな声で腰もビクビクッと跳ねだした。生理的な涙がポロリと落ちて綺麗だった。指を増やしてそこだけを責める。
「まっこ…も、ぁっ!もうっ…いいからぁっ、!」
「いいの…?痛くない?」
「も…焦らすなぁっ…早くっ…」
しばらく責め続けていたが大河は限界を訴えた。誠も我慢できずに指を抜き、ゆっくりと自身を押し込んでいく。やっぱり抵抗感はあるが背中にキスしながら少しずつ進めていく。さっきのいい所を掠めると、息を詰めて腰がガクンと落ちて慌てて支える。
「大丈夫?」
大河の耳元で囁くとピクンっと跳ねた。支えた手に大河の右手が重なり、ゆっくりと振り返った。いつもつりあがっている印象の眉をさげ、涙を溢れさせたまま不安そうに呟いた。
「はぁ…っ…ん。だいじょおぶ…まこぉ…ずっと…俺の…そばにいて…な?」
大河の素が完全に誠の理性を焼き切った。
腰を支えていた手をはなし大河の両手に重ねてベッドに縫い付ける。はじめてなのに、なんてことは頭からぶっ飛んでひたすら求めた。
「はっ!は、大河さんっ…んっ…ぁっ…大河っさんだけ…んっ…はぁっ!」
「ちょっ…んんンッ!は、あっ!あぁあっ!待ってっ、激しっ!っあああ!!」
「どうしよ…っ、ごめ、っふぅっ、止まんない、っ…!はっ、締め…すぎっ」
締め付けがどんどんきつくなる。大河の絶叫のような甘い声と、ビクビクと跳ねる身体に煽られ、華奢な背中に跡を残す。
イキそうな大河の様子にラストスパートをかける。
「っあ!!まこっ!ヤバイっ、あっ!くる!あっ、あぅっ!んっー!!!」
逃げる腰を追うように深く差し込むといやいやと頭を振って叫ぶ。
背中がピンと反り返り、髪がパサッと揺れた。
シーツにパタパタという音が散らばって腰が不規則に跳ねる。とんでもない締め付けに慌てて抜いて背中に欲を散りばめる。
荒い息遣いだけの空間に欲の香りが充満する。
静かにキスしてふふって笑いあった。好きな人が好きだと言ってくれる。こんなに幸せでいいのか。
「こんなに…は、気持ちいんだな…愛し合ってたら」
恍惚とした表情で言う大河をぎゅっと抱きしめる。
「はぁ…だるい…。まこ…シャワー…連れてって」
腰が抜けて立てないと、両手を広げる大河を抱っこしながらシャワールームに向かう。幸せに包まれてふにゃふにゃしている大河に、また興奮が蘇りそうだった。バカップルみたいな会話してるだけでニヤニヤする。ここに来た時は絶望感しかなかったのに、全てが幸せの思い出に変わった。
大河さんの香りに包まれた部屋でくっついて目を閉じる。すっぽりと収まるところが可愛くて笑ってしまう。
「ん…なに、わらってるの?」
今にも寝落ちそうな様子で必死に目を擦って話をしようとする大河はなんだか幼くみえる。
「いや、可愛いなぁて」
「まこも、かわいいよ」
「ふふ、もう寝よ。明日話そう」
「あしたもいっしょ…」
すぅすぅと寝息が聞こえる。この人はどんなに寂しかったのだろう。今幸せそうに眠っていることが奇跡のようだった。
客席で見たその日は、この幸せを想像できなかった。スポットライトを浴びて命の限りを歌う人が自分の中で眠っている。
悲しくて、怖くて、恐ろしい体験をしたのがただの悪夢だったかのような錯覚。大河にキスして眠りについた。
「まこちゃ〜ん!昨日どうしたの?体調はどう?大丈夫?心配したんだよ?」
事務所に行くと優一が走って抱きついてきた。ずっと着信もラインも入ってたけど返せなかった。 顔を見ると酷く疲れたような顔でクマと目の腫れがすごかった。わざと明るく振舞う優一に心配かけたことがわかった。
「ごめんなぁ〜張り切りすぎて体調悪くて…。大河さんの部屋貸してもらった」
「昨日マコちゃんのこと気にして寝れなかったてー。マコちゃんたら罪な男〜」
ケータイゲームをしながら青木が答える。目の下ののクマを見ると、もしかしたら優一に付き合ってあげていたようだ。青木は優一のマネをして誠をマコちゃんと呼ぶようになっていた。
もう〜!とぎゅーぎゅーに抱きついている優一を申し訳ない気持ちで抱き返すと、後ろからきた大河が優一をどつく。
「あいたっ!」
「ベタベタすんな」
そう言って優一と誠を引き剥がした。きょとんとした誠だったが、マスクで半分覆われた顔から見える小さな嫉妬を感じて、嬉しさで赤くなる顔を手のひらで隠した。
「うわっ!声どうしたの!?ガサガサだよ大河さん大丈夫?」
どつかれ、引き剥がされた優一を青木が撫でながら大河の声を心配する。メインボーカルは大変だなぁと全員がかってに納得しようとしたところとんでもない爆弾発言が。
「ヤりすぎた」
「ぶはっ!!」
「「何を??」」
定期公演が好評だったようで誠と優一の卒業後にデビューが確定した。
RINGはマネージャー伊藤も含めてアパートを2部屋を借りて、住むことになった。 伊藤、大河、優一とレイ、青木、誠で分かれることになった。
全ての始まりはここから。やっとスタートライン。怒涛の一年だった。誠はたくさんのキャリーバッグをとベースをもって大きく挨拶した。
「これからもよろしくお願いします!」
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