2 / 140
第2話 孤高の歌声
ーー孤高の歌声
そう言われていた。
居場所はここしかないと、必死に踏ん張って立っていた。強い光に消されないように、光の向こう側の、誰かに届くように声を張り上げる。
「いくぞお前らぁああー!!」
返ってくる歓声が、酸素のように身体に入ってくる。大丈夫、まだ、行ける。
「大河さん、お疲れ様です。バン来てます」
「ありがと。お疲れ様です。」
衣装も着替えないまま、車に乗り込む。
荷物はスタッフが積んでくれている。落ち着くと吹き出す汗。直毛の前髪が鬱陶しくて髪をかきあげる。
今川大河。アイドル事務所所属。
中学1年でオーディションを受け特待生で入所した。猫目と言われる大きな目には真っ黒な瞳。
同じく真っ黒な髪の間から覗く耳には真っ赤ののピアスが輝いている。
目鼻立ちがハッキリしたその顔と華奢な身体から、女の子にも間違えられることもあった。
もともと何にも興味がなかった大河は、自分に歌の才能があることを入所後に知った。美しい顔と歌声、特待生ということから仲間からは一歩引いた目で見られていた。 孤高の歌声の異名は、大河にとって「お前は独りだ」と言われているようだった。
「大河、お疲れさん」
「レイ、疲れたぁ」
事務所に到着するとバスタオルに包まれる。
大河が唯一心を許すレイだ。汗がにじむ髪をわしゃわしゃ拭かれながら、ここも居場所かな、と、見られないよう下を向いて微笑んだ。
レイは同じ年の友人。高校1年の時に入ってきたが、一線を引かれている大河に気軽に話しかけてきた。
「大河ぁ!!お前の歌すげえな!俺はレイ、よろしくなっ!」
爽やかな笑顔と出された右手。周りが物珍しそうに見てるなか、どうしようかと迷ってると、勝手に手を取り、強制的な握手をした。 その後周りを見渡して
「何見てんだよ、お前たちも俺と握手する?ハイタッチでもいいぞ?ほら!よろしくなっ!」
みんなが遠慮する中、関係なく握手したりハイタッチして回ってた。
それがレイとの初対面。強烈な印象と、握られた温かい手が嬉しさを感じていた。
たまにど天然を発揮するが、コミュニケーション能力が長け、誰とでもすぐに仲良くなれる兄貴肌。面倒見がいいから末っ子気質な大河は居心地がよかった。事務所では大河とセットでくくられていた。
「今日はステージどうだった?」
「別に、普通」
「可愛い子ちゃんいたか?」
「アホか!あんなライト当たったら客席はほとんど見えないだろ」
そっかそっか、とケタケタ笑う。それを見てありがたいなぁと感謝する。
デビューが白紙になったユニットにいた大河とレイ。白紙になった以降、レイはステージに立っていない。そのことに大河は申し訳ない気持ちもあった。
いつものスタジオに入って着替える。スタッフに衣装を渡して、レイの個人レッスンを眺める。低いハスキーボイスはラップにマッチしている。この声を誰かに早く聞いてもらいたい。
(全ては俺にかかってるのが、重い…)
ステージに立つために努力してるレイと、特別枠の大河。ソロデビューを蹴ったのは自分で、グループでやりたいと申し出た。孤高の歌声の異名を消したかった一心だ。でも、臆病になってしまう部分がある、ユニット解散時の、メンバーからの言葉。
「お前の引き立て役なんかゴメンだ」
「気をつかうんだよね」
「お前、1人がいいんじゃねぇの?楽だろ」
レイが反論したが、聞き入れてもらえず、大河とレイだけ外し、新メンバーを投入して今春デビューした。
ここでも大河を今川大河として、1人の人として見てくれたのはレイしかいなかった。
ある日のレッスンの合間に、大河は事務所近くのハンバーガーショップに出かけた。自分たちのために、外で汗を流し、メンバーを募るマネージャー伊藤と、いつも助けてくれるレイのために差し入れようと考えた。
マネージャーは2人をスカウトしていて今日がそのオーディションだったと聞いている。お疲れさんの意味をこめて、と本当に気分で動いたが、そういう日は、なんとなく良いことは起こらない。この日もそうだった。
「おい、何見てんだこのチビ」
体が大きく明らかに喧嘩を売りにきた兄ちゃんとの言い争いの末、日頃のストレスもあって見事に買ってしまった。
「あぁん!?表出ろこらぁ!!」
我ながらとんでもない声量を発揮した自覚はあったが後には引けない。
勝てる見込みはないがスピードでは負けないはずだ。
「あ、あの喧嘩をやめてください」
突如、低めの柔らかい声でおどおどした、長身のパーマ男が割って入った。
「「誰だてめぇ!?」」
あ、揃ってしまった。恥ずかしい。
「えっと、みんな見てますし、ね?」
近くでみるそついは目鼻立ちが整った所謂イケメンの部類だ。
アーモンドみたいな大きな目が周りを見渡すと人だかりができていた。その中に焦った顔のレイを発見し、げっ!!とまずいことに気づいた。
服を握られほぼ強制的に撤収した。事務所で発散できないことは歌かこうして売られた喧嘩を買ってでしか消化できず、その度にレイから大目玉を喰らっていた。
事務所に戻るとそれはもう叱られ、良いことをしようと思った気持ちが寂しくなり落ち込んだ。 伊藤も疲れているようだったので、あぁあの時我慢してハンバーガーを買っていたらとさらに落ち込んだ。
世間的には夏が終わる頃、会議室に集められたレイと大河は伊藤がスカウトしてオーディションに合格したメンバー候補を待っていた。
これで自分がNOといえば振り出しだ。でも妥協して解散に追い込まれるのも嫌だと神経を尖らせた。
「「よろしくお願いします!」」
「「あ!」」
入ってきた2人のうち、1人は見覚えがある。
あの日の男だ。 2人ともギターケースっぽいのを背負っている。 もう1人は小柄で金髪。くりくりの瞳が印象的だ。
でかい方がすごい勢いで手を握ってきた。おかしいな、大型犬みたいに尻尾をめっちゃ振ってるようにみえる。どうやらステージを見に来てくれて好評だったようだ。ありがたい、ありがたいんだけども… 鼻息すごいな。
「きもっ。イケメンが台無し。」
あからさまに落ち込んだところもツボだった。耳やら尻尾やらがしゅん、と下を向いたように見えた。
ちっさい方は、柔らかくゆっくりとした話し方ででかい方を慰めていた。第一印象は、悪くない。
(何が出来るのか見てみないとな…)
仲良しこよしだけでやっていくつもりはない。レイのデビューもかかっている。何か見せてみろと威嚇する時の顔でプレッシャーをかけたが、相変わらず雰囲気はほんわかしていて調子が狂う。
(楽器か…いいな)
ごそごそと準備をし始めたのをみながらふと思った。
歌かダンスか演技、くらいにしか考えていなかったが、初めて演奏を間近で見られることが楽しみだ。いろいろな道具を準備したところでギターの優一とベースの誠が目を合わせた。その瞬間空気が変わった。
(え…?同じ人か…!?)
可愛い印象だった優一の目が完全に別人。とんでもないギターの腕前。大河は大きく目を見開いた。
(やば…かっこいいし、いい声すぎる。)
少し高めの優一の声はよく伸びて気持ちいい。
どこか切なげに歌う姿に引き込まれる。
Bメロで入ってきた誠の歌声は低めの柔らかい声。流し目でバチっと目が合ってからずっと外せない。届いて欲しいと願うラブソング。遠慮がちの歌詞なのにド直球な視線に胸がざわざわする。
(俺に…歌ってる…のか?)
サビでは2人の歌声に鳥肌がたった。ハモった声は2人だけの世界を見せられているようで嫉妬にも似た感情が湧き上がる。とにかく、圧倒されていた。孤高の歌声、と呼ばれた大河には理想そのものだった。
最後のワンフレーズは誠のパート
告白のような歌詞と切ない声。外されない視線。 気持ちよく伸びきったあとに目だけが少し優しく微笑んだ。
(う…わ…)
「「ありがとうございました!!」」
2人揃って元気よく頭を下げた。
伊藤はほっとしたようだった。
レイが大喜びしているのが聞こえるが、しばらく放心していた。この事務所のやつにはいない、才能溢れた2人。そして喰らったド直球な気持ち。
「大河はどう?」
レイに振られてはっとした。
(へ…?…俺泣いてる…?)
がばっとレイのお腹にしがみついて隠した。意識したらもう止まらなかった。すごい、かっこいい、歌上手い、いい曲、そして伝わった。
(俺のこと、好きって…)
嫌われることしか感じてこなかった大河は真っ直ぐな表現がとても響いた。
ぐすぐすしてると、伊藤とレイが慌てだした。
「ど、どうしたの、2人とも!良かったよ?」
「ぐすっ…俺らの…うた、届いたんですよね?」
「まこちゃぁああん〜オレ、嬉しいっ…」
その後、2人としばらく泣いて、落ち着いた頃にまたレイに尋ねられた…
「2人がメンバーでいいな?」
もう分かってるのに意地悪だと感じながらも、素直になれない大河。普段甘やかしてくれるレイだが、大事な時には逃がさない。観念して鼻水をレイのシャツで拭って立ち上がる。
潤んだ目で2人に見つめられる。
(大型犬と小型犬だな…)
「よろしくお願いします」
二匹の犬はお互いを見つめあったあと花が咲いたように笑って大河に抱きついた。
それぞれが感想を求めてきてうるさいけど
(可愛いやつら…)
懐いてくれたことが嬉しかった。
(やっと、動き出せる、かな)
忘れていた、期待とか希望に胸がいっぱいになった。
ともだちにシェアしよう!