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第3話 優しく鈍感な人

優一の姉の小学校入学に合わせて引っ越してきた一軒家。その隣に住んでいたのがまこちゃんこと佐々木誠だった。 挨拶に同行したら奥から走ってきて一緒に遊ぼうと中に連れられ、大量のオモチャに驚きながら遊んだのが昨日のことのよう。 オモチャは一貫性がなくて時には女の子が遊ぶようなママゴトセットまであった。一人っ子の誠は何でも買い与えられていて、飽きると触らない。そんな子だった。 誠にとっては初めて飽きない存在が優一だった。優一の家に行った時は目を輝かせ、これは何?これは?と興味津々で聞いてきた。優一の父も人懐っこい誠を可愛がりよくあそびに行った。優一の家族は多趣味でいろいろなものが揃っていたし、みんなが豪快に笑う温かい家だ。 小学校に入学すると2人はコンビとして扱われていた。元気だけが取り柄の誠となんでもできる優一。成績は初めから差があったが優一に教えてもらうと理解が早かった。 小学校高学年くらいから優一は父からギターを習い始めた。何もせず見に行くのが日課になり、父に何度もやるか?と聞かれても首を横にふった。 「僕には出来ない」 いつからか誠の口癖になった。それが嫌で何か一緒にできないか?優一は考える日々になった。 中学になると誠はバスケ部、優一はバレー部に入部した。どちらも身長を伸ばすために選んだのだが、優一はリベロとして大活躍し、身長は伸びず、逆に誠はグングン伸びて長距離の選手にも選ばれたりしていた。 「優くん、彼女できた!」 嬉しさを隠しきれない様子の誠と一緒に喜んだ。これからは一緒に帰れない、そう言われたのが寂しかったけど、笑顔でお幸せにと言った。 その次の日に告白してくれた子と優一はすぐに付き合った。誠もこれを本当に喜んでくれた。 彼女へのプレゼントを一緒に買いに行ったり、デートプランを考えたり楽しい日々が続いた。 誠の愛情表現は真っ直ぐだ。まさに直球。それが思春期の女子には恥ずかしかったのだろう、しばらくするとフラれてしまった。 「好きな人に好きって伝えたら重いのかな?」 深く傷ついた誠だったが、多感な時期。すぐに好きな人が出来たと報告してきて苦笑いした。 次の人がとても厄介だった。少し誠にアピールしてきた女子バレー部の先輩で、バスケ部のキャプテンと付き合っていた。誠の悪いところは、その人しか見えなくなる所。ストレートな愛情表現で告白までしてしまった。もちろんフラれた時の慰めを用意していたのに、ご機嫌で帰ってきた。 「その人、先輩と付き合ってるんじゃないの?やめとけって!」 「いや、誠と付き合いたいから別れるって言ってた!もともとそのつもりって。」 そんなわけがない。その予感は的中し見事にボコられてバスケ部もやめてしまった。そこから誠は寂しさを埋めるために、告白されたら手当たり次第に付き合っては別れを繰り返した。 優一は誠のことばかりを気にしすぎていた。彼女には他に好きな人がいるみたい、と言われフラれた。その言葉に恐ろしさを感じた。 (好きな…人?) それから誠を意識するようになった。でも本当に心配の意味で、友人としてより注意深くみるようになったとも思う。 中3になると休みの日に誠の家に行こうとした。しかし、そこには知らない女の子をコソコソと入れる様子の誠を見て大事なものを失った気がした。 玄関で立ち尽くしたまま、なぜかポロポロ涙が出ていて、出掛けようとしていた姉にすごく心配された。 知らないうちに失恋していたようだ。お互い男だからやることは分かってる。どうしようもない気持ちを抱えたまま高校に入学した。 優くんと同じ部活に入る、とついてきた誠にやっぱり嬉しさを感じ、2人は軽音部に入った。同じギターなら同じバンドにいられないと誠はベースを手にした。ドラムには同じ1年生で高校一の秀才、目も身体の線も細くて優しい顔の橘薫が入ってくれた。ボーカルだけがいつも安定しなくて、結局優一と誠が務めた。ドラムの橘は意外にもラップが得意で、このバンドは学園祭ですぐに人気になった。 「優一、ほら女の子から」 「もういいって〜橘預かるなよ〜」 「そう言うなよー、気持ち受け取るのも優しさだろ?優一に伝えたくて一生懸命書いてるんだからさ」 「でも応えてあげられないんだもん…もらっても切ないよ」 橘は人の良さから優一や誠宛のラブレターを届ける郵便屋になっていた。 「橘は貰わないの?」 「僕は好きな人いるし。だから断るよ、悪いだろ?優一も彼女とか作ったらラブレター止まるかもよ?」 「好きな人〜?まこちゃんは彼女いても止まらないじゃんか。」 「誠が思わせぶりな態度だからでしょ。」 「たしかに」 「辛くない?大丈夫?」 えっ?と振り返った時ピックを落とした。拾おうとするも動揺してとれない。 「誠、天然のたらしだろ?近くで見てたら辛くないかなぁ?って」 追い討ちをかけてくる橘に余計に焦ってしまう。ドラムセットの中からクスッて聞こえた。 「言わないよ。安心して。ただ、優一が心配で、壊れないかなぁーって」 「な、何言ってるのー?からかうなよ〜」 ははっていう乾いた笑いでごまかす。何か弾きたいけどコードがぶっ飛んだ。 スティックを置いて橘がドラムセットから出てきた。 「優一?自分の気持ちに嘘はダメ。分かるね?」 真っ正面に立って両肩を掴まれる。細く白い腕にどんな力があるんだ。 素直にコクンと頷くと細い目をさらにくしゃっとして、いい子と頭を撫でる。 さーぁ練習しよ、誠はまだ?という橘にふと疑問を口にした。 「橘の好きな人は誰なの?」 「ん〜?秘密。」 細い目のくせにウィンクしてきて腹立つ。 きっとふんわりしたライトノベルとか読んでる大人しそうで、色が白くて、小柄で可愛い女子に違いない。斎藤さんとか、北山ちゃんとかあたりかな? 「ヒントだけ!お願い〜!俺だけズルいじゃんか!」 「ヒント?仕方ないなぁ。でも当たったらどうするの?」 「秘密にするから!なっ?」 「本当?約束する?」 「本当!ぜーったい言わない!」 「秘密て重たいよー?いいのー?すぐ言わない?」 「しつこいなぁー!重たくないし!大丈夫!」 秘密と言われると知りたくなるのがひとの性。 そしてこっちは秘密を握られている。 呆れたように橘はため息をつき、楽譜を準備しながら何でもないように教えてくれた。 「ヒントね。身長は低い方かな。大きな目で可愛い系。ギターが上手すぎてたまに引くけど楽しそうな笑顔がツボ。あと鈍感。今この教室にいる人。」 キョロキョロと見回すが優一と橘しかいない。 「…へっ?」 「秘密、ね?」 そう言うと橘はドラムを叩き始めた。 今日は混乱する日だ。一枚のラブレターがこんな展開を招くなんて。 「あ。そうそう」 「ふぇ!?」 思考フル回転を急遽止め、混乱の原因になった橘に向き直る。 「僕はいつでも待ってるから。吹っ切れたら、おいで?」 ドキっとするセリフと見たことない表情。ぼーっとしてたら嵐のように誠が入ってきた。 「練習しよー!今日は間違えないぞ!」 「まず集合時間間違えてるから。ほら、今日のラブレター」 「え!17時じゃなかった!?16時か!ごめぇんー!…わー!ラブレター!嬉しいぃ!!」 感情が忙しいな、と自然に笑ったところで橘と目が合う。にこっと笑われてまたドキっとする。そこで気付く。 ずっと、俺のこと見てくれていたんだ。 そのことが少し嬉しくて気合いを入れ直す。 「まこちゃん!さぁ、準備して〜」 「待って、読んでから…。美咲ちゃんて誰だ?」 「もう!はーやーくー!」 「わかった!ごめん優くん、橘!はい!準備おっけ!」 2年の夏休み。学園祭に向けての練習中に優一は意を決してバンドメンバーに将来の夢を伝えた。 「プロになりたい。音楽でデビューしたい。そのきっかけがバンドであれば俺はバンドでやっていきたい」 バカにされるかも、とか、プロはちょっと、とか言われる覚悟だったが2人とも夢に乗ってくれて優一はわんわん泣いたのを2人がハグしてくれた。 そこからはオリジナル曲を作って、橘が詞を書いた。コンセプトだけ伝えると次の日にはデモがあがってきた。橘も歌が上手いのに歌わないの?と聞いたら 「優一と誠のハーモニー聞いたら入れる気がしないよ」 と笑顔で言った。曲の歌割りも橘が決めてくれてハモりはキーボードで練習した。 優一の作る曲はラップが少なくて申し訳ない気持ちだった。親父に相談して初めてPCで曲を作ってラップがメインの曲を仕上げた。 作詞やコンセプトは任せると言ったらとんでもないディスりが入っていてめっちゃ上がった。 それは夢を妨げる大人たちにむけた感情だった。 定番曲になっているのは片思いがテーマの曲を。優一や橘の感情そのものだった。それがすごく人気を持ち2人の恋心を癒していた。 3年になると橘がなかなか集まれなくなった。橘の両親は教師。当然大学に行くために塾に入れさせられていた。橘はギリギリまで優一の夢にしがみついていたが、誠と優一のスカウトの話を聞き、安心したように泣きながら手を離した。 オーディションに受かってからは怒涛のスケジュールだった。学業も両立しなきゃという感覚の優一は朝早く起きて復習し、学校帰りに事務所に行き、夜遅くまで歌とダンスの練習をしていた。僅かな睡眠時間もいろんな事が気になっては起き、確認して寝るという日々が続いた。 「優一、優一?」 「あ…橘…ごめん、どうした?」 「どうしたはこっちのセリフ。問題3番、当てられてるぞ」 「へ?!あ、すみません分かりません」 簡単な問題さえも頭に入ってこなくて優一は橘に寝ろ!と怒られていた。ゼリーやヨーグルトなどを貰っていたが食べることも出来なくなっていた。 「優一!」 「へ!?あ…橘」 「階段で…危ないなぁ!」 見回すと階段上がったところで目眩がしていたようだ。橘が支えてくれている。 「へへっ橘ぁ〜ありがとぉー」 「〜!来い!」 「あ、まって、まってって」 保健室のベッドに投げられる。 抵抗する気力もないからそのままでいると布団がかけられる。 「きついのか?練習」 「ん〜追いつけないや」 「頑張りすぎてるぞ。少しの休憩は必要だ」 「橘、俺な、こんなにも追いつかないの初めてなんだ。まこちゃんが目指してる人はこんなもんじゃなくて、とても追いつけない。グループにも迷惑かけてるし…っ…無理かも…っ」 橘は金髪になった髪を撫でる。こんなにも優一がボロボロになるとは予想していなかった。刺激が強い人に出会ったのだろう。そしてその人にまた心奪われた優一がずっと好きな人。追いつこうとするぐらいならもしかしたら優一と似ている人なのかもしれない。 「優一?お前はお前だ。誰を目指してるかは知らないけど、誠が他の人を見てるなんて毎回じゃないか。見てほしいのは、分かる。でも、優一を見てる人がいることにも気付いてほしい。その人は優一が笑顔でいることだけが幸せなんだから。」 「ありがとぉ〜…ぐすっ…橘ぁだいすき〜」 「残酷なこと言うなよ、ま、ありがとうとだけ言っとくね。とりあえず寝ろ。」 「ぐすっ…ひっく…はぁい〜」 あぁ、余計泣かせてしまったか。ため息を吐いて教室に戻った。 「マコ!ユウ!やる気がないなら出て行きなさい!」 重くて、身体が全然動かない。はっ!とした時には先生の怒鳴り声。周りの音が消えて、自分の鼓動だけがドンドンと鳴り響く。 (ダメだ…全然、こんなんじゃダメだ) 隣に誠がいるのに世界で1人にされたようだった。 (追いつかないと、追いつかないと) 「…っはっ…はっ…」 「優くん?優くん!!!」 誠が必死に呼んでいるのが微かに聞こえるけど、意識が遠のいていく感覚。 (あれ…呼吸ってどうやるんだっけ?) 今吸ってるのか吐いているのかも分からない。 (助けて、誰か) 死ぬのかな、そんなことを思いながら涙で滲みだんだん見えなくなる視界がついに真っ暗になった。 「優くんの歌声、本当に好き。なぁ、この歌もうたってー!」 「うん、いいよー」 お互いの彼女ができる前の優一と誠だ。完全に2人の世界だ。それを遠くで見る今の優一。 (好きだと、気付いてなかったとき、かな) 苦笑いして見つめる。するとアコースティックギターを鳴らす小さな優一を見る、誠の目に優一は目を見開いた。 優一はギターを弾くとき目を閉じる癖があって気付いてなかった。 (あんな目で俺を…?) 恍惚としたような、優しい笑顔。誠の目には優一しか映っていない。愛しい、と言っているような目だった。 今の優一の目から溢れる涙。幼すぎたお互いが無意識のまま惹かれあって、成長につれ無意識に気持ちに線を引いた。 お互いに気持ちが通っていた瞬間が確かにあった。都合のいい夢なのかもしれない、でもこの情景は変わらないあの時のもの。 歌い終わる前、はっとしたように、はじめて誠が目を逸らし両手で自分の顔を撫でた。耳が真っ赤になっているのを見て、胸がぎゅぅうっと締め付けられる。 その後、誠は音が鳴らないように両手で顔を叩くといつもの笑顔で優一の目が開くのを待った。 (あんなの…知らなかった) 幼い2人はいつも通り笑いあっていた。 いつの間にか涙は止まって自然に笑顔になった。ずっと、一緒にいることを選んだ2人。いいバランスでお互いが歩いていた、そしてこれからもこれで歩いていく。 (神さまなの?これを見せてくれたのは。ありがとう) 暗闇の後ろから声がする。 「ユウ、大丈夫だから少し休め?健康第一だ。ほら、お前の好きな玉子サンド」 レイさんの声。見えないけどニカっと笑った笑顔が浮かぶ。ハスキーボイスが心地良く、また身体がどこかに引っ張られるような感覚。 「ユウと俺はなんか似てる気がするんだよな。お前といるとなんか落ち着く。」 大河さん。強そうなイメージだけど本当は甘えん坊。なんだかんだ優一にくっついてくる。そしてその大きな目が追うのは 「優くんがいたから俺頑張ってるんだよー本当にありがとう」 高い位置から見下ろす優しい声。いつものドキドキよりもさっきのを見たから泣きそうになる。 (ありがとうはこっちのセリフだよ、まこちゃん) 「俺を見つけてくれたのはユウだから、俺もずっとユウを見てるよ!」 綺麗な歯並びをみせて笑う青木。青木を入れといて付いていけない自分が恥ずかしかった。ダンスが遅れはじめた頃から一緒に残ってくれた。 「ユウ…お願い、目を覚まして」 (!?) びっくりするぐらい近くで、ハッキリと聞こえた青木の弱々しい声。 心配で遠のく意識に負けないよう、手に力を込めた。 (冷たい…) 握り返された冷たい感覚に意識が浮上する。 「……」 「ユウ!!ユウ、よかった!!おかえり!」 何かが覆いかぶさってきてぎゅぅうと力を込めて抱きしめられる。 まだ視界がぼんやりしているが左肩の感触と柔らかな髪。 「ユウ、やめてよこうゆうの…怖かった…」 暗闇で聞いたような弱々しい声と、鼻をすする音が聞こえてきた。怠い身体を無理やり力を入れて右手で柔らかな髪を撫でる。 「…心配かけたね、青木?」 がばっと起き上がって優一を見る青木は涙も鼻水も垂れ流して目を見開いた。その後、迷子の子供がお母さんを見つけた時のように顔をくしゃくしゃにしてわんわん泣いた。 肩に染み込む涙に、自分を見てくれている人がいることを実感して、優一の目も涙で溢れた。 橘は「初めて過呼吸なったぁ〜めっちゃ苦しかった〜」と優一からのメッセージですぐに電話した。 声は元気そうで安心したが、そこに優一を癒した人物が出てきた。 「可愛いメンバーがな?」 「俺がナンパ?スカウトしてぇー」 「そいつ身長高いのにメンタルが弱くて」 元気にバイバイと言って切れた電話をしばらく見つめる。初めて誠の話が一回も出なかった。そして全部がメンバーのある1人に変わってた。 「二度も失恋させるなよ…チャンスくらいあってもいいだろう…?」 この呟きはだれにも届かないまま、橘は机に向かった。 いつかの日、ダンスが覚えられない誠はレイのスパルタレッスンを受けている間に大河と優一は買い物に出かけた。 その時大河はいろいろな話を優一にしていた。不思議と居心地がいい大河に優一もリラックスしていた。 ライブの時とは大違いののんびりマイペースな猫ちゃん。そんな感じ。 「ユウ、お前だけに言うけどな、これは警戒しろよという忠告な?」 意を決した様子で真っ直ぐ見つめられる。 先ほどまでと雰囲気が変わり慌てて姿勢を正す。 「俺な、前なステージの後に楽屋で無理やりヤられた。」 「えぇ!?」 「ビビるよな?俺男なのに。男のな、めっちゃ憧れてた先輩。憧れもあったし、本当に尊敬していたから全く警戒してなかった。」 「……。」 「俺な、ステージが居場所って思ってて、ここに全部を注いでる。その後なんてほとんど無に近くてさ。その日もステージのダメ出ししてもらえると思ったら楽屋でな……。」 大河の少しカタカタ震える手に、優一はそっと両手を重ねた。 そうすると不安そうに見つめてまた視線をおとした。 「何が人を変えたのか知らんけど、俺のせいって言われた。俺が誘ってるって。それで写真撮られてたりして…。」 「うん」 「人に話したのあの時以来だから…ダメだな上手く話せないや。ま、気をつけてほしいのはな、ユウはさ、男でもドキッとするぐらい可愛いからさ、心配で。」 「いや、俺大丈夫だよ」 「だーかーらー、警戒だけはしとけって!な?どんな奴がいるか分からないんだから。」 「だって俺、まこちゃんとか守ってたくらいだもん。安心して、大河さんも守るから!」 「え?マコ弱いの?」 「よく絡まれるし、なんかなぁ〜良い人も悪い人も惹きつけるんだよねぇ〜。天然の人たらし。それでも突き放せないから大ごとになるからいつも間に入ってるの」 少し誠の話で明るくすると大河はリラックスしたようだ。それに優一は安心した。 「失礼します。よろしければ新作のシフォンケーキいかがですか?」 上から降ってきた声に2人は視線を移した。 茶髪で誠よりも少し高い長身のイケメンが爽やかに笑っていた。 「あれ、あの…もしかして今川大河さんですか?」 「え…ぁあ。はい、そうです」 大河を見てそのイケメンはシフォンケーキを置きながら素顔を丸出しで驚いた様子だ。その顔を見て優一は目を大きくした。 「あの!芸能界に興味ありませんか?」 「あっはっはは!!ナンパ!ユウがナンパ!」 帰り道に大河は何度も思い出しては爆笑していた。帰り道は1人増えていた。 「本当に俺なんかがいいんでしょうか?」 「うん!青木くんなら一緒にやりたい」 「ちょっと、俺も話に入れて…あっははは!」 「もう!大河さん!いい加減にして!」 優一は青木になんだか惹かれるものがあった。この体験はしたことないから優一自身も完全に直感だ。小さな声で興味あります、と言った彼は青木と名乗った。 時々笑うと真っ白な歯が綺麗だった。話すときは身長差がありすぎて後ろにいた大河がまたそれを見て爆笑していた。 (大河さんも俺と身長変わらないし!) 優一は先輩に対する言葉を飲み込んだ。気まぐれ猫ちゃんのご機嫌がいいことはみんながハッピーで間違いないからだ。 事務所に連れて行くと誠とレイは興味津津だった。誠は優くんがいうなら、と歓迎モード。以前辞退しているワケありな青木の加入は時間がかかったがはれてメンバーになれた。 青木は優一にすごく懐いて、大河にならってユウと呼んでいた。誠とレイと3人でよく出かけていてスポーツをしたり、他の事務所の人と交流したり馴染むのは早かった。 ダンスも上手く、顔もかっこいいのに弱点があった。 「あー無理緊張する。口から心臓が出そう」 「いつも通りやれば大丈夫だよ〜」 「そうそう!うまいことやろうとしなくていいんだよ。お前らしくやりぁいいの」 「大河さんとユウはもう音楽の才能もってる人だから参考にならないや」 「んだとこら!!人がせっかく!」 天才こわいーといいながら誠の元に逃げていった。大河と優一は目を合わせて苦笑いした。 青木のダンスは本当に天才級だ。覚えは早いし見せ方も綺麗。曲調によって変わる雰囲気は見るものを圧倒する。 「青木!俺がダンスできないからってこっち来るなよ〜」 「やだやだ、天才と喋るより凡人とが安心する」 「うわ!傷ついた!傷口からさっき覚えた振付が流れ出てったぁ〜」 「えぇ!1時間もかけたのに!?ちょ、踊ってみよ!」 大男たちがわちゃわちゃしてるのを自然と笑って見守る。となりの大河もニコニコしていた。 そこにレイも加わり、誠のスパルタレッスンが始まった。 定期公演に近づくと、青木の弱点が発揮された。青木を追い込んだのは、仕上がっていく誠の存在だった。誠はバンドのライブでも本番が近づいてくると急にスイッチが入る。そしてステージでは1番の輝きを放つ。 「青木?カウント早くなってる、落ち着け」 レイとの振付が合わなくなってきた。いつも誠とからかいあっているが誠が本番モードになるとそんなわちゃわちゃは無い。 青木はずっと別の振付確認中の誠を見ていて全く集中していなかった。 すみません、と頭を下げる青木を見て優一はレイに休憩を提案した。 「ユウ、マコちゃんていつもあんななの?」 「ん〜そうだね。本番ではもっとすごいかも。今はたぶん、大河さんの迫力に負けてる感じ。まこちゃん大河さんとステージに立つのが夢だったから、あまり集中してないかなぁ」 青木は余計項垂れてしまった。 「あれでまだ集中できてない方…か」 青木の言いたいことは分かる。自分よりできてない人がいると少し安心するのだろう。その対象が誠だったが大きな誤算だったようだ。 「青木?本番はな、そんなメンバーの優劣を見に来る人はいないよ?お客さんは純粋にステージを楽しみたいだけだ。だから俺らは今できるベストを見せる、それだけ。誰が上手いとか下手とか、間違えたとか、そんなものチェックする人はいないよ」 わかってるけど…と大きな身体を縮めていじけている。初舞台だから仕方ない、けどメンバーを下げるのは良くない。 「お互いを尊重しないといいステージはできない。もしまこちゃんを下に見ていたならチームとしてありえない。頭冷やしておいで」 廊下の角を曲がったところで大河が立ち聞きしていたのがわかった。 「大河さん…」 「嫌な役させたな、よく言った。あとは待とう」 優一が言えないようなら嫌われ役を買って出るつもりだったようだ。リハーサル後のとんでもない色気を惜しみなく放ちながら前を歩く先輩に、心底かっこいいと思う優一だった。 誠とレイはどこかに行っていたがレイだけ先に戻ってきた。レイが戻ってくるとすぐに大河がレイに甘えはじめた。レイはニコニコしながらタオルで汗を拭いてあげ、水も新しいものを飲ませていた。 (親子みたい…) ストレッチしながら優一はふたりのやり取りをみていた。しばらくすると、なんだか力んだ様子の誠が入ってきたが集中しているのだろうと気にしなかった。 レッスン開始時刻になっても青木は戻って来ず、レイや誠は心配していたが大河と優一は気にせずにレッスンを続けた。 キィィ… ミーティングしていると下を向いた青木が入ってきた。ほっとしている誠と無表情のレイと大河、そして優一。 「レッスンをすっぽかして申し訳ございませんでした」 「お前、どういうつもりかわかってるのか?」 珍しくレイの口調が強い。 はい、すみませんとまた頭を下げる青木。 「自信がなくて、ステージに立つのが…怖くなって…それで、このメンバーで1番足を引っ張ってるって…思って…」 「ん?」 青木と目があった誠はきょとんとしていた。 「まこちゃんが、どんどん上手くなっていくのに焦ってしまって、メンバーに対して嫉妬した感情でごちゃごちゃしていました。」 「えっ?あれ本気でバカにしてたのー?ショックー!」 「まこちゃん、しーっ」 「あ、ごめん」 「ユウに怒られなかったら自覚もなかったかもしれない、そんな自分にも腹が立って…しっかり謝りたいです。ごめんなさい」 頭を下げる青木と、レイ、大河、優一の3人が誠を見る。誠は慌てて答えた。 「あ、あの!出来ていないのは本当だし、まだ完璧でもないし、そう思われるのも仕方ないから大丈…」 「大丈夫じゃないわ!アホ!マコ、お前はもっとプライドを持て!青木、二度と同じことすんなよ?レッスンすっぽかしだけじゃない、分かるよな?お前の考え方の話だ。」 「はい、すみませんでした。まこちゃん、ごめんなさい」 誠はこの空気が耐えられないみたいで、居心地悪そうに座っていた。 大河は前から見抜いていたようだったし、やっぱり嫌われ役を買っていた。 レイは大きなため息を吐いた後、ニカッと笑って切り替えていこう!と元気よく言った。 「ユウ、一緒に帰ろう?」 あの話し合いの後から話していなかった青木がとことこ付いてきた。 いいよ、と言うとほっとしたように横に並んだ。 「今日、言ってくれてありがとう。」 眉毛をさげたままんま顔を覗き込んでくる。そしてポツリポツリと話し始めた。 自信がないこと、幼い頃から緊張で本番に上手くいかないこと、ライバルに負け続けたこと、メンバーへの劣等感、関係性。 誠の優しい性格が、どこまでも許してもらえると思い込んでしまったこと、近い存在が遠くにいくことへの恐怖。 まだ幼い青木にはどれも消化できなかった。 「今までこうして注意してくれる存在がいなかった。否定は、たくさんあったけど。今日嬉しかったんだ、怒ってくれて…。まこちゃんはやっぱり優しいし」 「青木?青木は大丈夫だよ。本当にステージに立つべき存在なんだよ。俺が言うんだから間違いない。俺は天才なんだよな?」 「っ!……ありがとう。天才に言われたらなんだか嬉しいや」 この日、初めて青木が笑った。 本番の日、煌びやかな衣装を用意してもらってステージに立つ。あの日客席で見た、あのステージに。 披露するのは2曲。出番は中盤に予定されている。 事務所のいろいろなユニットが多く、楽屋にも初めて会う人や先輩方、スタッフなどが何度も行き交っていてざわついていた。 大河はマスクをしてずっとメンバーのそばから離れないし楽屋からも出なかった。優一はあの日の大河の話を思い出し、警戒を強めた。 優一と青木が買い出しのため少し楽屋から出るといろいろな人に声をかけられた。こんなにもごちゃごちゃ人がいたら何があってもおかしくない。そして大河のあのフェロモンは慣れてないと勘違いしてしまう人もいるだろう。 青木が事務所で仲良くなった先輩ユニットのところに行きたいというので一緒に楽屋に向かった。 入った瞬間にタバコの臭いがきつかった。 「おお〜大地じゃん〜!」 「楓さーん!よろしくお願いしまーす!」 慣れた様子の青木と違い、固まる優一。ガラが悪そうに見える衣装とスタイルに驚く。 ラップとダンスがメインのストリート系6人ユニット78(セブンエイト)。ダンスが好きな青木が憧れるユニットだ。 オシャレで、このユニットが好きなファン達も美女でオシャレな人が多いと言われている。 青木がハグをして挨拶をしている。 「こちらはユウです」 「ユウ〜〜!よろしくなぁー!!」 「あ、よろしくお願いします」 入ってきた時は興味なさそうだった他のメンバーが優一を見るとかけよってきた。 「お前、男か?!可愛い顔してんなぁ」 「ユウちゃんならヤれそぉー!」 「ばぁか!お前みたいなヤツとだれがヤるかよ!なぁ?ユウちゃん?」 ぎゃははと笑うメンバーに眉をしかめる。青木もケラケラ笑っているのにイライラした。 最初に迎えてくれた楓が青木と肩を組みながら、耳打ちする。 「まこちゃんは連れてこなかったのー?」 「まこちゃんは楓さんに紹介しません!何回も言いましたよねー?」 青木はこいつぅぅとプロレス技をかけられていた。 (…嫌な予感がする…なんだろ) 「ねぇ?」 「あ、ハイ」 急に顔が近づけられて後退る。所謂壁ドン状態になった。このユニットのメインボーカルの篤だ。透き通った茶色の目を優一もじっと見つめる。 「あの、番号交換してください」 「えっ?」 一瞬静まり返った楽屋。 とたんに大爆笑が広がり、目の前の顔が真っ赤に染まっていく。 「ちょ、篤さん!ユウに絡まないでください!」 「え、だって僕、めっちゃ仲良くなりたい」 見た目は悪そうな格好をしているが篤さんはとても真面目な人らしい。 「おい、ムッツリスケベ!ユウちゃんが可愛いからって!」 「ちちち、ちがうよ!僕は純粋に仲良くっ」 「それがムッツリなんだよ!あー腹いてえ!」 全員からいじられて下を向いて顔を更に真っ赤にした篤。優一は苦笑いして携帯電話を取り出した。 「なんか疲れた」 「ごめんなさい、78の皆さんからメンバー連れて来いって言われてて」 はぁーとため息をつく。篤からは早速メッセージが入っていた。 『ステージがんばりましょう』 『ありがとうございます。よろしくお願いします』 悪い人達ではないことは分かるがテンションが違いすぎた。青木の交友関係が謎だった。 「なぁー?なんで楓さんにまこちゃん紹介しないの?」 「んー?まこちゃんは絡まれたら対応できないかなぁって思ってさ」 たしかに…と優一は青木の判断を有り難く思った。 「ブルーウェーブのタカさんもさぁ、まこちゃんとユウ紹介してって楓さん達に言ってたみたいだよ。でもタカさんはダメ。ユウにも紹介しない」 「なんで?」 「いい噂聞かないから。」 ブルーウェーブはバラードが多い4人組ユニット。紳士的そうなイメージで78よりはブルーウェーブの方がよかったと優一は青木チョイスに不信感を持った。 楽屋に戻ると誠の膝枕で大河が寝ていた。愛おしそうに髪を撫でる仕草に、前の優一であればズキっとしていたが、今はむしろ微笑ましく感じていた。 青木がだんだん緊張していくのが分かってハグをする。大きな身体でしがみつくぐらい強く抱き返される。 暗転したステージの持ち場に着く。神経を研ぎ澄ませて音がなると同時に目を見開いた。 心配していた青木は今までで1番いいダンスだった。大河のロングトーンには会場からの割れんばかりの拍手。レイのファンサービスに歓声があがり、誠と優一のハーモニーは会場を魅了した。 あっと言う間のステージに、ドキドキとまだ心臓がうるさい。青木が興奮したまんまだし、レイはすぐに上着を脱いで肉体美をアピールしながらスタッフに挨拶している。その中でもフェロモン垂れ流しの大河を庇うように歩いている。 (あれ?) 後ろを振り返ると誠がいない。先に行ったのかとも思うが、ハケる時のことが思い出せない。楽屋に戻ってもいないことに優一は慌てだした。 「みんな!まこちゃんがいない!!」 何も知らない青木は、どこか寄り道じゃない?と呑気なことを言っている。大河とレイが目を合わせて頷いている。 「探そう。大河、1人で動くなよ」 優一はライブの高揚感から悪い予感の冷や汗に変わった。楽屋挨拶で大河の言う通り警戒するに越したことはない。ただ、誠はその事を知らないはずだし、絡まれたら対応できない。 (いつもまこちゃんを見ていたのに…) 後悔と焦りでいっぱいだった。 レイが伊藤に連絡している間に大河も消えて余計に焦る。 「青木、まこちゃんが先輩といたら助けてあげて!俺大河さん探してくる!」 (大河さんに何かあったら…) 焦りながらキョロキョロ彷徨っていると遠くから篤がやってきた。 「お疲れさん、とても良かったよ」 「あ…ありがとうございます…では…」 「もともとあの曲の原曲を聴いていたんだ。今日のあのハモリはアドリブだね?」 アドリブなんか聞いている人に気づかれた事がなかったのできょとんとする。 「君の音楽センスは素晴らしい。僕は本当に刺激をうけたよ」 「ありがとうございます…今からですか?」 「そうなんだ。けどメンバーがスタンバイに来ないんだ。いつもの事だけど、困っちゃうよね。ステージでは完璧だから責めることはできないけど。」 ワイルドなスタイルとは似合わない苦笑いとポリポリと頭をかく。すると遠くからあの賑やかなメンバーがやってきた。 「おまたせ〜」 「どこに行ってたの?もう1分前だよ。みんな待ってる」 「演出が30秒あるだろぉ?」 「楓〜お前、愛しのマコちゃんに会えたからってご機嫌だなぁ」 「やばいよ、あいつ可愛いすぎ」 (え…?) ぎゃははといいながらステージへの階段を上っていく楓に優一は嫌な予感がした。 「楓さん!!!」 「ん?どうしたユウちゃん、そんな恐い顔して」 「誠はどこですか?」 「…さぁな?」 爆発音と共に大きな歓声が聞こえる。優一は立ち竦み拳を握る。 携帯電話が震えると青木からだった。 『大河さんが見つけました。体調悪かったみたいで今日は大河さんと帰るそうです。』 急いで楽屋に戻るとレイと青木が静かに座っていた。 「ユウ、おかえり。ありがとな。」 「レイさん、2人は?」 「大河の家がここから近いからとりあえず伊藤さんが2人を送って行った。俺たちはこれからスタッフ達と打ち上げた。いいか?これも仕事の一つだ、分かってるな?」 「「はい」」 優一はなんども誠にメッセージを送ったり電話を鳴らしたりした。実際の無事を確認しないと気が済まなくなっていた。でも返事は来なかった。 打ち上げの席にはスタッフやユニットなどが大集合していた。レイさんと青木は持ち前のコミュニケーション力で輪に入っていたが、誠が心配な優一は仕事とはいえ楽しむことができなかった。遠くで青木が悪ノリを食らっているのを傍観していた。 「疲れた?」 「篤さん…お疲れ様です。」 篤は成人を迎えているが飲めないらしく、烏龍茶なんてカッコ悪いかな、と照れている。 謙虚だな、と笑って首を振るとまた顔を真っ赤にした。 「〜〜♪」 篤は急にRINGの曲を口ずさみはじめた。 (あ、いい声…) そのメロディーに合わせてハモってみた。 優一はハモる時に相手を見つめる癖がある。しばらくそうしていると急に止まった。 「やめて、恥ずかしい」 「??」 止まってしまったけど、ザワつきが少し収まって、篤に感謝した。この人とは居心地がいい気がする。優一からも音楽の話題をふると嬉しそうに、だけどゆっくりと言葉を選びながら、たどたどしい会話をした。 篤さんが呼ばれて、1人になった優一はトイレに向かった。タバコの臭いがきつくなって楓と何人かの声がした。 「お前抜け駆けか?まこちゃんだっけ?」 「青木が連れないこと言うから、こっちから挨拶しただけだよ」 「で?どうだったよ」 「最高すぎる。エロすぎだから!抵抗さえも燃えたわぁ〜!ま、キスしかしてないけどな。次は」 優一の身体が勝手に近くのビールケースを蹴った。 中に入っていた殻のビール瓶が割れてすごい音が鳴ったが、優一は気にせずにトイレに乗り込んだ。 「楓さん。うちのメンバーに何したんですか」 「え…もしかしてユウちゃんがこれ蹴ったの?危ないなぁ」 「質問してるのはこっちです。」 トイレの奥には何人かの78のメンバーとその他。優一の豹変ぶりに楓は固まっていた。 「何って…ご挨拶よご挨拶。アメリカではキスするだろ?」 「お前それだけじゃねーくせに!」 「おいおい、こいつ新人だろ?新人にビビってんのか楓〜!まこちゃんの唇はどうでしたかぁ〜?」 周りの煽る声にも動じず優一は真っ直ぐに楓だけを見ていた。眼光がするどくなるに連れて野次も静かになった。 「嫌がってませんでしたか?そんな挨拶」 「さ、さぁな。どうだったか」 「答えろ!!!!!」 大きな声量にその場にいた全員が肩を震わせた。 「お前がしたことは挨拶なんかじゃない。立派な犯罪だ。」 全員が固まる中、廊下から走ってくる足音だけが響く。 「え…?…ユウ!どうしたの!?」 「触るな!!…今話してるから向こういってろ」 怒鳴り声に気づいた青木が駆け付け優一の肩に手を置くが振り払われた。 聞いたことない低い声と言葉遣いに青木は別人かと疑った。 「先輩面しやがって…先輩は何してもいいのか?違うよなぁ!?お前らあんまり調子に乗るなよ」 大人数の先輩たち相手に優一は怒りを隠しきれず全員を睨みつけた。普段温和な分、キレた時は抑えがきかない。 張り詰めた空気の中、甘い香水の香りとタバコの強い匂いが漂った。 「へぇ〜君が優一くん?」 「タカさんっ!」 その空気を変えたのがブルーウェーブのタカ。長身で少し長い髪をオールバックで後ろに結んで目鼻立ちがはっきりした芸能人オーラを放つ人。柔らかく響く声はこの空気には際立っていた。周りにいた全員がタカを見て、救世主が来たかのように畏るが、優一はどんな先輩だろうが屈する気はなく、飄々と割り込んできた人物を睨みつけた。 「楓、後輩に手ぇ出したんだって?ダメだよ?仲良くなりたきゃちゃんと段階を踏みなさいって言っただろ?こんばんは。優一くん?思ったよりも綺麗な顔だな。どうもタカです。会いたかったよ、よろしくね?」 そう言って優一の小さめな手を取り、白い手の甲にキスをした。 「っ!?触んないでください」 「おや、ネコちゃんはご機嫌ナナメだ」 「茶化すならどっかいってください」 「生意気なネコちゃん、悪くないね。よーしよし、ご機嫌直して?」 子どもをあやすように頭を撫でられ、茶化されたことで沸点に到達した優一は短く息を吐いた。振り返って殴ろうとしたところをレイに止められた。 「タカさん、うちのメンバーが騒ぎをおこして申し訳ありません。もう撤収しますんで」 「レイ!久しぶりだなぁ!元気か?大河は?」 「大河は来ていません。この騒ぎ、本当に申し訳ないです。あとはお願いしてもいいですか?…行くぞ、来い。ユウ、青木」 力強く引っ張られてもなお、優一は楓たちを睨み続けた。 伊藤にバンに乗せられ、そこからは2人からお説教をくらっていたが、優一は不貞腐れて聞いていなかった。優一の初めてみる姿に青木は本当に怯えていた。どこで切ったのか優一の足からは切り傷だらけだったが気にする様子もなく、自分を抑えようと腕に爪をたてていた。 大荒れの優一の見張り役に青木がつけられた。 青木の家で降ろされた2人はとりあえず部屋にはいる。ソファに座って何もいえず黙る青木をよそに、優一は少しずつ落ち着いていった。 そして独り言のように話し始めた。 「まこちゃんな、いつも人がよすぎて自分を殺して人に合わせるんだ。いじめも絡まれてもボコられても誰にもいわずに笑って耐える。」 瞬きもしないまま優一は続けた。 「でもまこちゃんはちゃんと傷ついていて、限界になると俺の前だけボロボロの姿を見せる。だから、その前にいつも俺が前に出てた。優しさに甘える自分勝手な奴らが憎たらしくて。本当に殺そうかとも、あの瞬間は思ってる」 強い目で青木をみる。 「傷つけるやつが例えお前でも同じことを思うよ」 ゾクっとする冷たい表情に固まる。 「そして守れなかった俺も死ねばいいのにって思う」 その瞬間、この人が消える、と思った青木はすぐに優一に駆け寄って抱きしめた。 「どれだけ怖かっただろう…」 とたんに弱々しくなった優一は目を見開いたまま滝のように涙が流れた。 この2人には誰かが入れるような隙間はないくらいの絆がある。互いが互いのために生きているような、そんな繋がり。 完璧主義でだれにでも誠実。その人を唯一不安定にさせる誠の存在。この人の眼に映るのは誠にだけなのか、と何度も思ったことがある。 この人を支えたい、初めての姿を見て強く抱きしめた。 青木は明け方近くまで泣いた優一をずっと介抱し続けた。うとうとし始めた優一の手には携帯電話が握られていてずっと誠を心配していた。 カーテンから差し込む光に優一は目を覚ました。 自分のベッドじゃない場所にいることは何となく分かった。目の前には大きな広い胸板。もぞもぞと距離をとって胸板の持ち主をみる。 (青木…?) クマが目立つ寝顔。しっかり背中に回された腕と首のしたに回された腕枕。 (まだ眠い…) 青木のほどよい体温が気持ちよくて、二度寝に入ろうとしたところで青木がより密着してきた。 (落ち着く) 優一はもう一度目を閉じた。規則正しい寝息を聞きながら青木は目をあけた。まだ寝落ちして1時間くらいだったので、自然と二度寝するように抱きしめた。安心して眠る姿からは、昨日の様子は別人格でしかない。少し体を放して寝顔をみる。小さい顔に長いまつ毛と綺麗な鼻筋。真っ白な頬と少し開いた唇。ドキドキしたのを誤魔化すようにぎゅっと目を閉じた。 「青木〜?起きて〜」 「ん…ん。ユウ、おはょ」 胸の中に収まったまんまの優一を見下ろす。 泣いた眼が少し腫れてるがいつもの柔らかな話し方に安心する。頭を撫でると擽ったそうな顔をする。 「重いー」 やっと解放された優一は起き上がって伸びをした。ベッドに眠る青木に背を向けたまま優一は言った。 「青木!ありがとう!!青木がいてくれてよかった!」 青木は目を見開いて優一を見つめる。優一は振り返ると見たことないくらい綺麗に笑った。 「ありがとう」 そう言ってスケジュールや携帯電話を確認しはじめた優一はいつも通りだ。さっきの出来事と言葉、表情がなんども青木の中で反芻される。 床に座ってスケジュールを確認する背中に飛び乗った。 「ユウ〜〜ユウ〜〜」 「あっはは、なんだよ!重いって!」 事務所に行くとしばらくして大河と誠が入ってきた。優一の目が一瞬泣きそうに潤んで隠すように誠に飛びついた。 昨晩のことは伊藤とレイが謝罪し、誠の事件も公にしないこととなった。誠に手を出したメンバーは謹慎期間が設けられたが誠には何も伝えられなかった。 大河曰く、知らさないでほしいとの要望があったそうだ。いつも通り、これが誠の希望だった。 誠はすっかり元気になっていて優一はずっと離れなかった。後から来た大河に引き剥がされたとき、優一が大河と誠を交互にみて、ふにゃりと幸せそうに笑った。 抱きしめたくなった青木は、引き剥がされた優一をかばうように抱きしめた。 高校卒業を機にデビューが決まったRINGはアパート2部屋を借りての共同生活となった。 伊藤と優一と大河が同じ部屋の理由は優一と大河の体調管理がメインだった。2人は夢中になると寝たり食べたりを忘れるからだ。 これからがスタートだ。 何本かのギターは先に送ってある。キャリーケースを持って空を見上げる。この仲間と、やっていく。 みんなで声を揃えた。 「よろしくお願いします!」

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