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秋の番外編『月見団子は耳たぶのかたさで』〈彩人目線〉
「えーと? 耳たぶくらいの柔らかさ? 耳たぶくらいってどんな基準だよ」
「ちゃんとまとまるくらいの硬さってことじゃね?」
「あ、そういうこと? なるほど……なるほど」
その日、彩人は壱成と一緒に白玉団子を作っていた。
今夜は十五夜だ。
真夏の名残はいつしか消え、朝晩の冷えた空気に、秋を感じるようになってきた。
深夜に働く身としては、毎年、秋から冬にかけての時期がなんとなく苦手だった。これからどんどん寒くなってゆくのかと思うと物寂しくて、気が重くなるのである。
それに、店が終わって空を迎えに行く時間は、二十四時間のうちでもっとも冷え込む時間帯だ。ぬくぬくと眠っている空を寒空の下連れ出すのがいつも申し訳なかったし、彩人自身もそう寒さに強いほうではない。
それに、朝がまた特に辛い。寒いわ眠いわでそうとうキツい。
だが、空は早起きだ。朝食を作ったり、着替えをさせたり、保育園に連れて行く時間はすぐに迫ってくる。ぬくぬくとのんびり寝ていられる時間などほとんどなくて、冬の自分はいまいち冴えないという自覚があった。
だが今年の冬は、帰る家にはあたたかな居場所がある。空はきちんと布団にくるまり、ぐっすり朝まで眠ることができるようになった。
そして何より嬉しいのは、寒くなってきてからこっち、壱成が必ずと言っていいほど彩人のベッドで眠っているということだ。
嬉しくてたまらないが、ちょっと意地悪をしてみたくて「二階のベッドじゃ寝れねーの?」と尋ねてみたことがある。すると壱成は「彩人だって、帰ってきてすぐぬくもった布団に入れるほうがいーだろ」と言って、照れ隠しのようにちょっと怒った顔をして見せるのだ。
おかげで、毎晩帰るのが楽しみだ。熱いシャワーを浴びたあと、壱成で温もったベッドに滑り込む瞬間はまさに至福。
眠っている壱成を抱きしめていると、疲れも寒さも一瞬で溶けてゆく。時折眠そうに目を覚まし、うとうとした表情で「おかえり」と言ってくれる壱成のことが、愛おしくてたまらない。
苦手だった長い長い秋の夜も、寂しくはなくなった。
「あとはススキでもあればいいんだろうけどなー……。河原に探しに行くか」
「そこまでしなくていんじゃね?」
この白玉団子で、今夜は月見をする予定なのだ。
保育園で「お月見」という言葉を覚えてきた空が、彩人・壱成とともにお月見をしたがっているのである。
ちなみに保育園では、その手の行事は予定されていない。給食で「おつきみだんご」が提供されて終わりらしく、空はそれが物足りないというのだ。
今朝の朝食のとき、そんな話になった。すると壱成は焼き鮭を食べながら、スマートフォンで何かをチェックし始めた。
「おっ、今日は満月だって! ちょうどいいじゃん」
「まんげつ? まんげつってなにぃ?」
「まん丸いお月さまのことだよ。ベランダも南向きだし、庭でお月見できるんじゃないかなーって思うんだ」
「えーっ!? ほんと!?」
壱成の言葉を聞き、空は目を輝かせながら、子ども椅子の上にぴょんと立ち上がった。彩人は隣で「空、座って食えよ」と嗜めつつ、白い頬にくっついた米粒をつまんでやる。
「ねぇねぇにぃちゃん、おつきみしよー! おつきさまみながらねぇ、おだんごたべるの」
「いーけど、空、今日保育園でも月見団子食べるんだろ?」
「たべるけど、おひるだもん。おつきさまみえないから、ただのおだんごだよー」
「……なるほどね。なかなか鋭いこと言うじゃん?」
彩人と空の会話を聞いていた壱成も、「確かにそうだな」と楽しげに笑う。そこで会話は一旦終了し、空は壱成と手を繋いでばたばたと保育園へ出かけていった。
今日は久しぶりに、二人の休みが重なった貴重な一日だ。彩人としては、壱成と日がな一日イチャイチャしていたかったのだが、保育園から帰ってきた壱成は「お月見の準備、しないとだな!」とすでに張り切っていたのである。
ちなみに、空が帰宅してから一緒に団子作りをしてもいいかもなと話し合ったが、夕方はバタバタしそうなので、今年は作っておくことになった。
午前中は買い出しに充て、外でのんびり昼食を食べた後は、いよいよ月見団子作りだ。
普段はなんでもテキパキとこなしてくれる壱成だが、料理に関しては彩人のほうが何かと慣れている。そのため「これどういうこと?」「水ってこんくらい?」など、壱成からの質問が止まらない。些細なことでも頼ってもらえるのが嬉しくて、彩人の顔は緩みっぱなしだ。
「壱成、うまいじゃん。すげーきれいな丸」
「けど、茹でるから真ん中へこませるんだよな」
「そんなぺったんこにしなくてもいーって。適当適当」
「えぇ……? 大丈夫かよ」
「中、生煮えになんないかな……」と独り言をつぶやきながら、眉間にシワを寄せて白玉団子を丸めている壱成も可愛くて仕方がない。
むずがゆいような気持ちを持て余していると、ふと、いたずら心が湧き上がってくる。使い終えた調理器具を洗い終えた彩人は手を拭い、壱成の耳たぶを指先でつまんでみた。
すると、真剣そのものの眼差しで白玉団子と向き合っていた壱成は、「ひぇっ!」と肩を揺らして彩人を見上げた。
思った以上に反応がいいので、彩人もちょっと驚いてしまう。
「な、何だよいきなりっ」
「いや……耳たぶくらいの硬さって、どんくらいかなーって」
「自分の耳で確かめりゃいいだろ」
「俺の耳たぶ、穴あいってっからさー」
「あー……なるほど」
壱成は団子を丸める手を止めて、彩人の耳たぶに視線をよこした。
「彩人って、ピアスいつ開けたの?」
「えーと……中二とか、だったっけな」
「マジか。じゃあ、中三のときもがっつり穴空いてたんだ。校則違反だな」
「あは、そーなんだよね。抜き打ちで服装チェックとかあったじゃん? もう何回怒られたか覚えてねーわ」
「ははっ、この不良め」
懐かしい話になり、壱成は軽やかな声を立てて笑った。品行方正な爽やかイケメン優等生だった壱成だ。生活検査で引っかかったことなど一度もないだろう。
「すげーなぁ。俺怖くてピアスは無理だ」
「そーかぁ? まあ、若気の至り的な? 三沢に『彩人も開ける?』って言われて、なんとなくやってみよっかなーって」
「ノリ軽いなぁ……。三沢ってあいつだよな、ノッポのヤンキー」
「そうそう。よく覚えてんな」
「だってすげぇ怖かったもん。三白眼で、いつも坊主でさ……」
「そうでもねーよ? ああ見えてあいつ一個上の姉ちゃんに頭上がんねーの。よく文句言ってたな」
「へぇ〜、意外」
「ま、今は開けといてよかったかなって思うよ。お客さんからもらったピアスとかもつけられるし」
「なるほどね」
そうして中学生の頃の話に花を咲かせているうち、皿の上にはころんとした白い団子がこんもりと積もってゆく。あとは茹でて冷やすだけだ。空は、どういう味付けで食べたがるだろうか。
鍋の準備をしながら、彩人は改めて壱成の耳たぶを盗み見る。
ホワイト企業の社員らしく、綺麗に短く切られた艶のある黒髪の下に見える白い耳たぶ。壱成の耳をこんなにじっくり気にしたことはなかったが、実に形がいい。
さっきつまんでみて実感したが、厚みのあるふっくらとした耳たぶはとても柔らかくて気持ち良かった。その感触を確かめたい欲に抗えず、ついつい、またそこへ指先が伸びてしまう。
「んっ……なんだよ、またかよっ」
「まぁそう怒んなって。なんか……壱成の耳たぶ、すげー柔らかいのな。空のほっぺたと同じくらいじゃん」
「空くんにはかなわねーだろ。……てか、ちょっ……。くすぐったいんだって……!」
ふに、ふにと耳たぶを指先で挟んでこねていると、壱成は白玉を手にしたまま身を捩り、色っぽい反応を見せてくれるのである。
眉間のシワはいつしか消えて、頬まで少しピンク色に染まりつつある様子を目の当たりにしてしまうと……ドキドキと胸が高鳴ってくる。
「壱成って……耳たぶそんな弱かったっけ?」
「え……? い、いや、知らねーし」
「へへ、なるほどね? イイとこ見つけちゃった♡」
「んっ、ばかっ、やめろってっ……」
キッチンに向かう壱成の耳に手を添え、こちらを向かせる。親指と人差し指で耳たぶを柔らかくこねると、困り顔の涙目で、壱成は彩人を見上げた。
ふにふにと柔らかく、弾力のある手触りが気持ちよくてやめられない。しかも彩人が指を動かすたびに、壱成は声を堪えるように唇を引き結び、気恥ずかしそうに目を伏せるのだ。
その色っぽい表情に見惚れながらちゅっと額にキスをすると、壱成の手が彩人のシャツをぎゅと掴んで――……
いい雰囲気になるかと思いきや、真っ赤な顔をした壱成に、ぐいーと胸を押し返されてしまう。
「も……お湯っ! お湯沸いてるから!!」
「あ。あー……そうだった。茹でねーと」
「ったく。急に何し出すんだよもう!」
「へへ、ごめんごめん。今はダメだな。耳たぶ責めの続きは夜な」
「み、耳たぶ責め……? なんだよそれ……なんなんだよ」
と、文句を言いつつ、壱成は白玉団子を静かに鍋の中へ落とし始めた。何やらよからぬ想像でもしているのか、壱成は耳まで真っ赤である。
この柔らかな耳たぶを唇で甘噛みしたら、壱成はどんな反応を見せてくれるのだろうか。舌を絡めたり、軽く吸ったりしながら、同時にどこを愛撫しよう。指で触れただけでこの反応だ、きっと壱成も気持ち良くなってくれるはずだ。
理性を失いかけた壱成の耳元でどんな言葉を囁こう、どんなふうに甘やかそう……と妄想しながら、彩人も鼻歌まじりに氷水を準備した。
すると壱成は彩人の心のうちを読んだかのように、「あ! 今エロいこと考えてるだろ!」と言った。
「えー? いやいやそんなことねーよ♡ あ、それくらいでいいんじゃね? こっちのボウルに入れて」
「了解。……うわ〜、プルプルで美味しそう」
壱成が湯から掬い上げた白玉団子はつやつやしていて、とてもいい出来栄えだ。氷水に行儀良く浸っている白玉団子を見下ろして、ふたりは満足気に笑い合った。
「空くん絶対喜ぶな〜これ。何味がいいかなぁ、やっぱあんこかな、きなこもいいな」
「あいつ、みたらし団子とかも好きだからなぁ。みたらしのタレみたいなの作っといてもいいかも」
「お、いいね。てか、あれって作れんの?」
「おう、簡単だったぜ。保育園の行事で一回作ったことあるし」
「まじで? すげぇじゃん彩人」
「へへ、そう?」
いきいきと目を輝かせる壱成に笑顔を返し、彩人はふと、レースカーテンの揺れる窓を見遣った。
満月が夜空に昇ったら、三人で月を見上げるのだ。ぷるんとつやつやの月見団子を、空は喜んでくれるだろうか。
初めてのお月見にはしゃぐ空の笑顔を想像すると、年甲斐もなく、少しわくわくしてしまう。
――満月が楽しみだなんて、初めて思ったな……。
気の早い鈴虫の音色が、軽やかに響いている。
壱成と白玉をつまみ食いしながら、彩人は秋の楽しみを知るのだった。
『月見団子は耳たぶのかたさで』 おしまい♡
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