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第五話 異常 /1

 ホテルの最上階だった。これがスイートルームと呼ばれる部屋なのだろうか。大きな二つの窓の向こうに、地平線まで夜景が見える。  そう思いを巡らせたのは一瞬だった。ドアが閉まったその矢先。  野木崎は匠の頭を後ろから鷲掴む。胸元に引き寄せ、匠の顔を覗き込むように乱暴に髪を引き下げた。 「やっぱおまえ、男とヤってるだろ。そうじゃないとここまで来ないよな」  不穏な笑みだった。先ほどまで見せていた大人の男の優しげな笑みとは、全く異質なものだった。  変貌に驚き緊張を顔に表すと、野木崎は更に愉快そうに言う。 「はは、思った通りだ。その薄情そうな顔で怯えんの、超そそる」  野木崎は髪から指を解くと、匠の左手首を掴んで部屋の奥へと進む。そしてベッドへ匠を放り出し、見下ろした。 「どうすればもっと怯えてくれるかなぁ? 基におまえが襲われるトコ、撮って送ってやったら、おまえ的には最悪なんじゃね?」  ジーンズからスマートフォンを取り出す野木崎に、匠はとっさに手を伸ばした。しかし再びベッドに引き倒され、伏した肩を膝で押さえつけられる。 「いいね、やっと感情的になった。最近の俺は引きこもりだけどさ、まだまだおまえには勝てるっぽいよ」  スマートフォンを床頭台に乗せこちらに向けると、野木崎の手が匠の腹部の留め具に伸びる。 「善人のフリしてたのかよ、どこまでホントなんだ」  もがきながら、床頭台に手を伸ばす。  面倒見の良い大人のフリをして、同情を誘ってここまで来た。刹那を密かに味わうかのように見せながら、自分と兄をおとしめる。  信頼しかけたのに、裏切られた気分だった。 「いやいや全部ホントだよ? ただねぇ、おまえの困った顔が見てみたかったんだよ、匠」  こうなったのも自己責任、自分はどうなっても良かったが、兄が巻き込まれている事態が我慢ならなかった。弟が野木崎に犯されたと知ったら、あの兄は自己を恐ろしく責めはしないか。  必死になればなるほど野木崎の思う壺だが、この状況を兄に知らしめることは、何があっても避けたかった。 「わかったわかった、撮るのはやめとく。そのかわり、俺が満足するまで逃げんなよ」  馬乗りになった野木崎がスマートフォンに手を伸ばし、画面を操作してカメラを伏す。 「匠、ロクに愛想笑いもしないからさ、こういうコトすればいい顔すると思ったんだよ」

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