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第7話 垣間見

 朔之介のところへ想定外の来訪者があったため、稀一郎は咄嗟に縁の下へ飛び込みました。息を殺して聞き耳を立てます。西園と朔之介が何やら言い合っているようでした。静かになったかと思うと、続いて衣擦れの音、水っぽい音、それからかすかに声がしました。何を言っているかは聞き取れないものの、西園の低音はよく響くのでした。  だんだん音が大きくなっていきます。ぎぃぎぃと床板がしなるのがわかりました。稀一郎の気になったのは、とろとろの水飴をいっぱい詰めた瓶に手を突っ込んで掻き混ぜているかのような音です。これはなんなのか、二人が何をやっているのか。稀一郎は好奇心に負けました。  月が出たばかりなので西側の一番隅へ回って、注意深く中を窺いながら戸を数ミリ開きます。薄い月明かりは部屋の様相をおぼろげに映し出しました。息が止まります。思わず口を塞ぎ、瞬きをしてからもう一度見てみますけれども、映し出される光景は変わらないのでした。  西園が朔之介を背後から押さえ付けて犯している。そのように見えました。春画を読んだことはありますが、到底比較にならないほど生々しく、痛々しく、しかしとても興奮するのでした。朔之介は時折背中を反らせて苦しそうにうめくのですが、そのうめき声すらも非常に艶かしく聞こえ、稀一郎はどうしようもない気持ちになって胸を押さえました。月光に照らされると、しっとり汗ばんだ朔之介の肢体がちらちら光りました。  これ以上見ていては頭がおかしくなってしまうと思い、稀一郎は縁の下へ潜りました。さっさと退散すべきなのはわかっていましたが、それ以上にこの場から離れ難かったのです。それに、いつまでも動悸が収まらないし、股座の熱も一向に冷めないので、稀一郎は思うように動けないのでした。  しばらくして稀一郎が立ち上がろうとした時、鈍い衝撃音と共に西園の怒号が響きました。稀一郎は驚いて尻餅をつきます。同じような衝撃音が何度かして、朔之介の小さな悲鳴も聞こえました。稀一郎は、西園が怒り狂って朔之介を殴っているのだと気づきました。  ここで飛び出していって朔之介を守ることができればよかったのです。しかし稀一郎は足がすくんでしまって動けず、また西園が時折「黒田」と口にするものですから恐ろしくなってしまって、手も足も声も出ないという状況だったのです。稀一郎はまだ少年で、体格も腕力も決して西園に敵わないのでした。  まして雇われている立場です。三食飯付き住み込み可の仕事に就けるのはまれで、自ら手放すことなど滅多にできません。稀一郎は心の中で何度も謝りながら、耳を塞いで座り込んでいました。  どれくらいの時間が経ったでしょう。長いようで、実はそれほど経過していないのかもしれません。稀一郎の頭上からみしみしと音がします。西園が去っていく足音でした。稀一郎は居ても立っても居られず、戸を数センチ開けました。  部屋の中は全く凄惨な有様です。布団に横たわった朔之介の胸が緩やかに上下しているので、かろうじて生きているらしいことはわかりました。至るところから血を噴き、痣だらけで、でこぼこに腫れあがっています。しかし、不健康な白い肌に流れる鮮血は、悲しいくらいによく映えるのでした。

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