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第9話 閑話休題

 時間は戻って、体温をすっかり失った西園次信はどうなったのでしょうか。西園は誰かに恨まれる人物ではなく、部屋が荒らされた形跡もなく、凶器になった短刀は彼の所持品でありました。  以下、西園邸の奉公人、お菊・みよ・はつの証言より一部抜粋。 「私はここで働いてやっと二年目ですけれども、旦那様のご家族のことやお仕事のことはよく知らないのです。特に坊ちゃまについては、触れるのもご法度という雰囲気がありました。世話をするのは別途用意された世話係に任されていました。彼らは入れ替わりが激しく、数か月で新しい世話係が雇われるのです」 「数日前、旦那様が私たちにこんなことをおっしゃるのは珍しいのですが、坊ちゃまが家出したと聞かされました。旦那様にとってはお辛いことだったのだと思います。……いえ、西園様の実の息子さんではないとか……名前ですか?……わかりません。旦那様は家族のことに深入りされたくないようでした」 「坊ちゃまがいなくなったのと同じ日に、下男が一人暇を出されたのです。黒田という少年で、よく働いていたのに残念なことです。……いえ、争ってはいませんでした。彼は文句ひとつ言いませんでしたよ」 「黒田は本当に働き者で真面目で、見目もいい好青年でしたよ。あの若さで大分苦労したようですが、昔のことはあまり話したがらなかったので、彼のこともよく知りません。……欠点と言いますか、坊ちゃまについてしつこく尋ねてくるのには参りましたね」 「旦那様と坊ちゃまの関係ですか?……わかりません。特段仲が悪いわけではなかったと思いますが、旦那様は厳しい方ですから、時には坊ちゃまを叱責なさることもあったと思います。ですが、その程度じゃないでしょうか」 「小学校の後は進学していないようでした。なぜかはわかりません。旦那様には何かお考えがあったのではないでしょうか。軍の学校へ入れたかったのかもしれませんが……詳しいことはわかりません」  以下、西園と同居していたらしい少年が通っていた小学校の教師および同級生の証言より一部抜粋。 「朔之介くんはとっても優秀な生徒さんでした。将来は大学に行くのか、なんてもっぱら評判でしたよ。それがまさか……卒業式が終わってすぐの頃です。亡くなったとお聞きしました。不幸な事故だったと……。お葬式は内々で済ませたと聞きましたわ。お線香をあげに行って、お義父様とお話をするうちに涙が出てきてしまって、そうしたらお義父様も泣いておられたので、ますます悲しくなってしまったのを覚えてます」 「臼井朔之介?あんまり覚えてないね。……そうそう、勉強はすごくできたよ。でもとにかく暗くて陰気で、何考えてるかわからなかった。友達もいなかったと思うよ」 「よくいじめられていた子かな。詳しいことは忘れちゃったなぁ。……たしか、片っぽだけものもらいが癖になってたらしくて、いっつも包帯を巻いていたよ。しかしその目が怖くってねぇ。お巡りさん、見たことあります?気味悪いくらい黒いんだよ」 「うーん、同級にそんなやついたかな。……葬式!?いや、いや行ってないですよ。亡くなってたなんて、今初めて聞いたよ」 「朔之介ちゃんですか。ええ、覚えてますよ。日直当番で何度か一緒になりました。でも彼……なんていうか付き合いが悪いんですよね。お家がとっても大きいって言うので、じゃあ遊びに行ってもいい?って聞くと、絶対だめって言うんですよ。お父さんが厳しかったんでしょうかね」  以下、西園次信の親族および軍関係者の証言より一部抜粋。 「次信に子供……しかも養子?聞いたことがない。親戚の子供というのも方便だろう。戸籍には何も書いていないはずだ。次信には子供はいないし養子もいない。次信に里子を出した身内もいない。わかっていただけますかな」 「次信が東京でどう暮らしていたか……話せるようなことは何もありませんな。長男が跡を取った本家へ帰ってきたくはなかったのだろう。顔を合わせるのは盆暮正月程度で……順調に出世しているから心配しないでくれとはよく言っていましたがね」 「西園少将は……ここだけの話ですよ。彼はついぞ結婚しなかったが、若い頃は女癖が悪くてあちこちで愛人を作っていたらしいのです。でも子供ができたなんて話は聞いたことがありませんねぇ。種無しなんじゃないかなんて、下衆な噂を聞いたりもしましたが、まぁ本当のことはわかりませんな」 「次信くんはご家族とはあまり親密ではなかったようですな。何度も見合いをしているのに一向に結婚しないというんで、ご両親の方もご立腹でしてね……。彼も彼で、自分は次男で後継ぎではないのだから自由にやらせてくれとぼやいていましたがね」 「彼は先の戦争で一個連隊を指揮していたのだが、何人もの部下を死なせてしまったことをずっと悔やみ続けていた。彼の作戦が悪かったわけではない……戦争だから仕方なかったのだが、それでも彼は悔やみ続けていた。もう一度あいつらに会えたら詫びを入れるつもりだと言いながら、よく酒を飲んでいたよ」

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