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おばけやしき編 1
※初出2011年6月発行同人誌(加筆・修正あり)
「ママ!」
「何? 椿木」
「鬼さんが来たら、ぼくをぎゅってしてね!」
「鬼さんが来なくてもぎゅってしちゃうぞ~」
「白ママ大好き~!」
「俺も椿木が大好き~」
「…………パパ」
「何です? 月草」
「…………ふぇっ……」
「目を瞑ってなさい」
「パパ……ひっく……大好き」
「いいから、瞑ってなさい」
おどろおどろしい音楽の中で、真っ白な服を着た青い顔の人たちが、僕たちに向かって「こっちだよ」って、すごく低い声で誘ってくる。
僕はとても怖くて、パパの胸にギュってしがみついた。顔をしっかりと埋めて、何にも見えないように目も瞑った。
それなのに……。
「ギャー!!!」
「イヤー! 来ないで~!!」
「まま~! ぱぱ~!」
いろんな人の悲鳴や絶叫が、あの真っ暗な部屋の奥から、いっぱい、いっぱい聞こえてくる。なのに、周りのみんなは「きらきら」「わくわく」とした笑顔で、あの真っ暗な部屋の中へと向かっていくんだ。
どうしてみんな、あんなに楽しそうなんだろう? 出てくる人たちは。怖い怖いって言ってるのに。泣いてる子だっているのに。どうしてそんなに楽しそうなの?
こわいよぉ。もう、お家に帰りたいよぉ。
……でも。
「そろそろ順番だな。わくわくしてきたよ」
真っ黒な髪、そしてヘンテコな眼鏡を掛けた大好きな僕のママが、すごくキラキラしているから、それをぜったいに壊したくないから、僕は我慢しなくちゃいけないんだ……。
白ママのためにも、僕はがんばる!
怖くない! 怖くないもん!
「ギャアああああ!! 殺される~!」
やっぱり怖いよー!!
――――…
一週間前。僕のお家。
僕はかがりつゆくさ……じゃなくて、つきくさ。えっと、五才だよ。
僕の一つ下で、四才の弟のつばきくんと、僕のお友だちのあやめくんの三人が、仲良くテレビを見ながらおやつを食べていたときのことなの。
いきなりね、テレビの画面いっぱいに、おっきくて怖い鬼がでてきたんだ。僕は怖くて、キッチンからお茶を運んできたママのおなかに飛びついていったの。上から「ぐぇっ」っていう、かえるが鳴いたような声が聞こえてきたけど、僕は怖くてそれを確かめるどころじゃなかったんだ。
しばらくすると、ぶるぶる震える僕に、ママがCMだから怖くないよって言って、僕の頭をなでなでしてくれたの。なぜか、ママの手も震えていたんだけど。
でもね、僕はとっても怖かったんだ。
「イタタ……怖くないよ、露草。ほら、鬼さんもういないよ?」
「やー!」
「可愛いなぁ、露草は」
お茶をテーブルに置いたママは楽しそうに笑ってて、ママのおなかにしがみつく僕を、ぎゅ~ってしてくれたの。そうされると、撲はなんだか嬉しくなってきたの。それでね、僕もママをぎゅ~って返したの。すると、もうさっきの鬼が怖くなくなっちゃった!
そのままママにぎゅってしてたら、ほっぺを膨らませたつばきくんと、あやめくんが「僕たちもぎゅってしたい!」って怒っちゃったから、僕はそれまでと同じように、おやつを食べることにしたんだ。
つばきくんと、あやめくんがママにぎゅってしてもらってる間、あやめくんと一緒に遊びに来ていたママで男の子のかりんちゃんが、僕の隣にやって来て、一緒におやつを食べ始めたんだ。
「露草は相変わらず、ああいうのが苦手なのねぇ」
「……だって、怖いんだもん」
「確かに、さっきのは迫力あったわね。気持ち悪すぎて鳥肌立っちゃったわよ」
「とりはだって何?」
「こういうのよ」
そう言ってかりんちゃんは、キレイな着物の袖を捲くって、僕に腕を見せてくれた。普段のかりんちゃんの腕は、ママよりも細くて、でも真っ白ですごくキレイなんだよ。でも、そのときはなんだか、ブツブツって粟立ってたの。
「かりんちゃん、びょうきなの?」
「これが鳥肌よ。病気じゃないわ。露草も身体が寒い時、こんなふうになるでしょう?」
「……なるかも」
「今は気持ち悪いものを見ちゃったせいね。心が寒くなっちゃったの」
納涼だからって、あれはないんじゃないかしら。って、かりんちゃんはキレイなお顔をむっと歪ませた。
のうりょうって何?
「今の時期みたいに、暑い日とかは涼しいものを求めるでしょう? プールとか、かき氷とか」
「うん。かき氷好き」
だって、冷たくておいしいんだもん。
「そうね。露草にはそれで十分かもしれないわ。でもね、中にはさっきみたいに怖いものを見て涼もうとする人もいるのよ」
「怖いもので……涼しくなるの?」
「私の腕に鳥肌が立っていたでしょう? あれだって、さっきの鬼を見たせいで身体が寒さを感じちゃったからなの。露草も、さっきの鬼を見て身体が寒くならなかった?」
「わかんないよ。怖かったから」
ぶるぶる震えちゃってたし。
でも、それでわかったんだ。暑い日は必ず、ママがこわ~い映画を見ていた理由が。どうしてか、冬にも見てるけど……。
けど、涼しくなるから、大人は怖いのを見るんだね。
だったら、僕はかき氷のほうがいい。冷たくて美味しいもん。
じゃあ、なんで大人は美味しいかき氷より、怖いお化けのほうがいいんだろう?
「どうして大人は怖いのがいいの?」
ぜったい、かき氷のほうが冷たくて美味しいのに。
「大人になるとね。甘さだけじゃ物足りなくなるからよ」
その瞬間。なんだか、かりんちゃんがカッコ良く見えたのは、きっと僕の気のせいなんかじゃない。
いつの間にかソファで座っていたママの方を見ると、つばきくんとあやめくんが仲良くお寝んねしてた……ママのお膝の上で。
む~……!
じっと見つめていると、ママが僕の視線に気づいたんだ。
「どうした? 露草」
「なんでもないもん。僕はかりんちゃんと『のうりょう』についてお話してるんだもん」
僕はぷいって、そっぽを向いた。
すると、ママが。
「かき氷は涼しくなるし、美味いよね。俺は苺が好きだな」
って、笑顔で言ったんだ。僕と一緒だった!
でもね。いつもだったら、僕はすごく嬉しくって、すぐさまママに抱きついてたと思うけど。このときは、なんだか「むかむか」してたから、ママに抱きつきたくなかったの。
僕はそっぽを向いたまま、こう言ったんだ。
「鬼さんのほうがいいもん。涼しいもん」
僕は断言したんだ。そうしたら、かりんちゃんがクスクスと笑い始めて。
「あらなぁに? 露草ってば、一丁前にやきもち?」
「え? そうなの?」
や、やきもちってなんだろう?
「大好きな白を椿木と菖蒲に取られちゃって、怒ってるんでしょ?」
「ち、ちがうもん! 僕はかき氷より鬼さんのほうがいいの!」
「へぇ。ホラーのほうがいいんだ?」
「う? う、うん! ほらーがいい!」
ほ、ほらーって、何……?
よくわかんないまま、慌てて肯定しちゃった僕の言葉に、ママはいつもより弾んだ様子で尋ねてきた。
「そっか! ホラーのほうがいいのか! じゃあ、さっきの鬼さんが出てくるお化け屋敷、一緒に行く?」
「え!?」
振り向いたら、ママがすっごく可愛い「きらきら」笑顔でこっちを見ていた。
かりんちゃんはといえば、おなかを抱えて、肩をぶるぶると震わせていた。
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