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おばけやしき編 2
そしてその日の夜、パパが帰ってきた後で、ママが僕たちとお化け屋敷に行くことを話したら、パパのカッコいいお顔が少しだけ怖くなったんだ。
その後、僕とつばきくんは入っちゃいけないよって言われているパパとママの寝室に、パパもママも二人してこもっちゃった。フーフーと息を荒げ、髪の毛を逆立てるつばきくんに「よしよし」をしながら待ってると、しばらくしてパパだけが出てきたの。
そしてその夜、ママは寝室から出てこなかったんだけど。
次の日、保育園に行く前にすっごく眠そうな顔をしたママが出てきたの。パパがまだ寝てなさいって言ってたけど、ママは朝ごはんが食べたいからって僕たちといっしょに朝ごはんを食べたんだ。つばきくんはすっごく喜んで、僕も保育園に行く前にママのお顔が見られたから、すごく嬉しかったんだ。
でも、ママはすごく眠そうで、目の周りが真っ赤だったの。声もなんだか少しだけ掠れていて、真っ白な首の周りには、赤い斑点みたいなものがたくさんあったんだ。
僕はママが風邪を引いちゃったんじゃないのかなって思ったの。するとなんだか、悲しい気持ちになってきて、ママの顔をじっと見つめたの。
ママ、無理しないで!
そんな僕の様子に気づいたママは、バチッと、突然目が覚めたかのように、僕に向かって声を張り上げたの。
「朗報だよ、露草! 来週、鬼さんのお化け屋敷に行けるんだよ!」
「………………え?」
ママのすっごく「きらきら」した笑顔は、とても眩しかったんだ。
―――――…
それで、その来週である今日。僕たちは例のお化け屋敷にやって来たんだ。
メンバーは僕とママ、そしてパパとつばきくん、それからあやめくんにかりんちゃんの合わせて六人だ。
僕はパパに抱っこされて、つばきくんはママに抱っこされている。それから、あやめくんはかりんちゃんに手を引かれていて、目の前のお化け屋敷にとっても「わくわく」してるみたい。
でもね。かれこれ、一時間は待ってるんだけど、まだ順番が回って来ないんだって。お化け屋敷はすぐ目の前にあるのに、僕たちは「ちょうだ」の列に並んだままなの。たくさんの人たちが、この「ひゃっかてん」の中にあるお化け屋敷目当てで並んでるから、まだ中に入れないんだって。
ぼくたちは「せいりけん」っていうのを貰って、ちびちびと前に進んでいた。ママはあと、三十分くらいかかるかなって、パパと話し合っている。
僕は抱っこされたまま、ずっとパパの胸に顔を埋めてて、パパとママとかりんちゃんのお話に、耳を澄ませていた。
「あと少しかな。大分待ったなぁ」
「けれど、こんな小さな子どもたちも入場できるお化け屋敷なら、恐怖はあんまり期待できないわね」
「そうかな。出てくるお客さんたち、すっごく青い顔してるけど? ほら、あの女の子なんて泣きじゃくったままだし。心配だな。俺、ちょっとそこまで行って慰めてこ……」
「貴方の残りの人生が幽閉生活になってもいいなら、どうぞ行ってきなさい」
「……ようかなと思ったんだけど、俺は椿木を抱きかかえていて手が塞がってるから、心の中であの女の子の安寧を祈ることにするよ」
「もう。悠壱さんってば、素直に『余所へ目をやるな』って白に言えばいいのに。その脅し方、シャレにならないわよ?」
「脅迫が相手に効かないのであれば、それは脅迫とは言いません」
「本当に脅していたのね……」
「……こわ」
よくわかんないけど、ママの声が少しだけ遠くにいっちゃった。パパから離れたのかな?
今みたいに、ママはときどき、パパから離れることがあるんだ。でもね、ママはパパのことが嫌いだから離れるんじゃないんだよ。だって、ママ。いつもニコニコしてるんだもん。パパはあんまり、お顔を変えないけれど。
でもね、でもね! パパはすごくすごくかっこいいんだよ!
だってお友だちのパパたちよりも、もっと背が高くて、おしゃべりも丁寧で、眼鏡をかけてるんだもん! ママもお外に出るとき、ヘンテコな眼鏡をかけるけど、パパの眼鏡はかっこいいんだよ! ママもパパみたいにかっこいい眼鏡にすればいいのにね。
それにね、さっきからお化け屋敷の前で並んでいる人たちみんながパパを見て「かっこいい」とか、「キレイ」とか言ってるんだよ。あと、「びけい」とか、「すといっく」とか、「だかれたい」とか、よくわかんないことを言ってるけど、たぶんかっこいいって意味だよね?
パパはみんなから、モテモテなの!
でもね……。
ママはみんなから変な目で見られるの。
パパがかっこいいって言われた後、みんなが隣のママを変な目で見るの。すっごく嫌そうな顔でママを見るの。中には笑う人もいるんだよ。よくわかんないけど、「きもい」とか、「おたく」とか、「ぶさいく」とか言われてるの……ママはニコニコ笑ってるんだけど。
ママはヘンテコな眼鏡をかけるといつも言われるの。真っ黒の前髪と眼鏡で、お顔が隠れちゃうからだと思うの。僕はそれがすごく悲しいの。
ママはすごく可愛いのに。キレイなのに。
だからね、ママはお外に出るとき、眼鏡をかけなければいいと思うんだ。だってママ、ほんとはお目め悪くないんだもん。
そうしたら、ママもパパみたいにモテモテになると思うんだ。誰からも悪く言われないし、笑われたりもしないの!
ほんとにそうすればいいのに。そうすれば、こんなに悲しい気持ちになんかならないのに……。
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