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番外編【白ママが黒ママだった理由】

 それは遡ること十年以上前のお話。 「ほーい、椿木くん〜。ミルクの時間ですよ〜」 「あうあ〜。あ〜!」 「そうか。そうか。お腹空いたんだな〜。よーし、今ミルク……いだだだだっ!?」 「きゃははっ! ままー。きゃははっ!」 「つ、つゆくんっ。つゆくんっ、髪っ! 面白いかもしれないけど髪、引っ張らないでっ! あいたたたっ!?」 「あう〜。えゆ〜……はむはむ」 「って、椿木くぅん!? 俺の髪は食べちゃめっ! めっ、だぞ!?」  炬白。幼き二児の息子を持つ新人パパ……いや、ママ?  白い髪が珍しいのか、子供たちに遊ばれ食われる日々です。  前髪以外切ることなく伸ばしっぱなしにしてるせいか、そろそろ腰にまで届きそうになる長髪を毎回束ねて育児に励んでいたのだが、息子たちの前ではキラキラ光る珍しいオモチャでしかないらしく、束ねていても意味がなくなってしまいます。  そろそろ切りたい。バッサリと。  そう思って夫の悠壱さんにその旨を告白すると。 「駄目です」 「なんでよ?」 「髪を切れば寄ってくるでしょう? 雄雌問わず虫が」 「虫って……出掛ける先々アンタと一緒なんだから寄ってくるもんも寄ってこね……わかった。わかったから睨まないでください」  という理由で切らせてくれない。夫の許可なんざ取らずに勝手に切ってしまえという話だとも思うけれど、前に勝手をやったら無茶苦茶怒られた上にとんでもない目に遭ったので、勝手なことはなるべく控えるようにしている。  この人、怒らせるとめっちゃ怖え。  かといって、このままでいいはずがなく。髪が抜ける量も増えてきたのでどうにかしなければと考えに考え抜いた結果。 「ほーい、椿木くん〜。ミルクの時間ですよ〜」 「……」 「あれ? つば……」 「ふえええ! ふぎゃあああ!」 「えっ、えっ? 椿木っ? どうし……」 「うえええん! ままー! ままー!! どこー!?」 「ちょ、つゆくん!? ママ、ここ! ここだよ!?」  髪の長さは変えずに真っ黒く染めてみせたらば、息子たちにママと認識されなくなるという哀しい結果に。  そして。 「お前、本当は馬鹿だろう?」 「馬鹿とはなんだ、馬鹿とはっ!  ……ごめんなさい。睨まないでください」  ソファーで腕組みをした夫に冷ややかな視線を浴びせられる、床で正座の妻の俺。泣き疲れて寝てしまった子供たちは友達の華鈴姉さんに見てもらうことになり、情けないことこの上ない。  俺のママって認識は髪色だけだったのかとすげえショック。 「髪の色をどうにかするだけならウィッグでも良いものを……こんな汚い色にして」 「汚い色ってなんだよ。悠壱さんだって髪の毛黒いじゃんか!」 「これ、何を使って染めたんですか? 理髪店や美容院に行ったわけではないでしょう?」 「薬局のおじちゃんがオススメしてくれた市販の白髪染め……だからごめんなさいって言ってるじゃんか! ため息つくなよっ」 「それで子供たちに親だと認識されなければ意味がないでしょう。反省なさい」 「本当に申し訳ありませんでした」  自分では結構良い感じに染めたつもりなのに……息子たちに泣かれるわ、旦那に怒られるわ。さんざんだ。 「まあまあ。時間はかかるけど髪の色は戻るし、露草の場合はびっくりしただけよ」  ようやく俺の味方をしてくれる華鈴姉さんがやってきてくれた。俺の隣じゃなくて悠壱さんの隣に座ったけど。 「でも確かにこれはないわねぇ。ちゃんとしたところで染め直して貰いなさいな。ブリーチするよりはその方が良いでしょ?」 「そんなに酷い?」 「素人が染めたってすぐわかるわ。それにところどころ白いんだもの」 「えっ、マジか?」 「マジよ。大マジよ」  ほら、と手鏡を渡され愕然とする。ほんとだ。指摘されたところ、結構白い。 「でも黒髪の白って結構かっこいいわね。ついでに髪も切っちゃったら?」 「そお? じゃあついでに切っちゃおっかな〜」 「却下します」 「ええ〜」  かっこいいって言われてちょっと嬉しかったのに。 「調子に乗るな。私はまだ許していません」  悠壱さんは怒ったままでした。 「じゃあ可愛くしてあげるわ。私、良いお店知ってるのよ」 「えっ?」 「ついでに服も買っちゃいましょ。白に似合うだろうな〜って思ってた服、たくさんあるのよ〜」 「いやあの……俺、子供たち見なきゃいけないから出掛けるのはちょっと……」 「悠壱さん、お休み取れるでしょ? 可愛い可愛い妻の為だもの。取れるわよね?」 「そうですね。私が子供たちを見ますので、お前は華鈴と一緒に出掛けてそれを何とかしてきなさい」 「それ、絶対女装になるパタ……はい。行ってきます。睨まないでください」  そういうわけで、俺は華鈴姉さん行きつけの店で髪を黒く染め直し、ついでに女物の服を新調し、悠壱さんの前で何のプレイだっていう格好をさせられてようやく許しを得られたのでした。 おしまい!

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