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おばけやしき編 (裏)
夢。だったんだと思う。
あれは多分、夢だったんだ。
――――…
あの「ちかちゅうしゃじょう」で起きた「せいさんなできごと」の後。パパの優しい笑顔を見て、僕は安心して、それからまたわんわん泣いちゃったの。僕はパパに抱きついて、そしてママとかりんちゃんから優しく見守られながら。
そしてとうとう泣きつかれてしまった僕は、パパに抱きついたまま眠ってしまった。かりんちゃんは、僕が眠った後、しばらくお家にいたらしいけど、あやめくんとつばきくんが心配だからって「たくしー」でお家へと帰ったんだって。
眠った僕は子ども部屋のベッドの上に運ばれていた。よっぽど疲れていたのか、僕はすやすやと眠っていたんだけど。
「おしっこ……」
おしっこがしたくなって、真夜中に目が覚めちゃったんだ。
今日はつばきくんがいないから、ここには僕一人だったけど、ママが置いてくれたのか、僕の隣にはお気に入りの猫のぬいぐるみの、だいふくがいたんだ。
「だいふく……」
まっくらの中、僕は怖くて一人でおしっこに行けなかった。でも、そのままもじもじしてたらお漏らししちゃうから、僕はだいふくを連れて子ども部屋を出たんだ。
だいふくは僕のおなかくらい大きいけど、まんまるでふっくらしてるから、真夜中でも心強かった。
パタパタと駆け足でトイレに向かうと、僕はだいふくをトイレの前に置いて自分は中に入ってズボンをおろした。そしておしっこをすますと、手を洗うために隣の洗面所に向かったんだ。
そのとき、おかしいことに気がついた。
「……?」
真夜中なのにそこは少しだけ明るかった。手を洗いながら考えていると、リビングの方からの明かりがこっち側も照らしているんだってことがわかったんだ。
そこが明るいってことは、きっとママたちがいる。そう思った僕は、トイレの前に置いてきただいふくを取りに戻って、一緒にリビングへと向かった。
こんな真夜中に僕が起きたことを驚かせたくて、それから一人でおしっこができたことを褒められたくて、僕はそろそろと、静かに廊下を歩いたんだ。
「……っ……、……!」
リビングから声が聞こえる。何をお話してるんだろう?
僕はそろそろと、リビングのドアの前に立った。
でも、ドアノブに手をかけようとすると、なんだか変な感じがしたの。
何かはわからなかったけど、変な感じ。それから、何かが聞こえるんだ。
声、なんだけど、話声じゃないの。聞いたことがない声が、リビングから聞こえてくるの。
その声が、誰のものなのかも、僕にはわからなかった。
不安になった僕は、そ~っとドアノブに手を掛けて、ゆっくりと、そして少しだけドアを開けてみせた。
「……ぁっ、……やぁっ」
な、なに? 誰の声?
中から聞こえてくる、泣いているような声。でも、それはなんだか、聞いてて変な感じがする。
何だろう? なんだか……。
頭の中が、とろけるみたいな甘い感じがするんだ。
いったい、誰の声なんだろう? 僕はこんな声の人、知らない。
も、もしかして…………お化け?
「……やっ、……ぃ、やぁっ……もうっ……」
で、でも。お化けは泣いてるみたい。どうしたんだろう?
なにがそんなに悲しいんだろう?
気になった僕は、そろそろと顔を出して中の様子を窺った。
そして僕は、信じられない光景を目の当たりにしたんだ。
「ぁっ、あぁっ、んぁっ……」
リビングにあるソファの上。そこにはパパが仰向けで寝ていた。なぜか着ていたお洋服の前が全部開いていて、パパの胸からおなかまでが見えていたの。
あのね、僕ってパパの裸をあんまり見たことがないから、こんなにまじまじと見たの、初めてなの。それでね、パパの体はテレビに出てくる「もでる」さんみたいにキレイで、おなかの「ふっきん」は割れてるの。かっこいい。
でも、一番驚いたのはそんなパパの上にいる人だった。
「きらきら」した真っ白な髪の毛の、ママにそっくりな人が、パパの上に馬に乗るようにして跨っていたんだ。
あんまりにもキレイだったから、僕はその場で固まってしまった。でも、二人はそんな僕に気づくことはなかった。
とってもキレイなその人は、ほとんど何も着ていなかった。下はなんにも穿いてなくて、パパのおなかの上に乗っかっている。でも上半身には一枚だけ服を着てるんだけど、パパとおんなじように前を全部開けているせいでほとんど肌が見えちゃってるんだ。
女の人じゃないとわかったのは、おっぱいがなかったから。だから男の人だと思うんだけど、僕のようにおちんちんがついてるところには、パパの手があって見えない。なんだか、その人のおなかの下にあるものを包み込んでいるような手つきだった。パパは上にいる真っ白な人の顔を見つめていた。
一方、真っ白な人は泣きそうな顔で、泣きそうな声を上げている。パパの上で、ガクガクと体を動かして泣きそうな声を上げていたんだ。
「やっ、もぅっ……ゆっ、いちっ……あぁっ」
ソファの隣の棚の上にある、「すたんどらいと」の明りのおかげで、その人の顔はよく見えていた。
髪は真っ白だけど、本当にママにそっくりだった。そしてそっくりだったのは顔だけじゃなくて、ほっぺに真っ白なシートまで貼ってあったんだ。
でも、ママじゃないよ……。
だって、あんな顔で、あんな声を、ママは上げたりしないもん。
「ぁっ、あっ……んぁあっ!」
突然、真っ白な人はビクンと体が跳ねるように背を仰け反らせた。その後も、ビクビクと体は震えていて、でも弾む息を整えるように大きく深呼吸している。
「はぁっ……、はぁっ……」
ぐったりしつつも深呼吸を続けるその人の様子をパパはしばらく見ていたけど、やがてパパはその人を揺らさないように上体だけを起こした。
そしてパパは、真っ白な人の、シートを貼った方のほっぺにそっと手の甲を当てて囁いた。
「……痛むか?」
「す、こし……」
あれ? 今の声……。
「……ん」
パパは真っ白な人のほっぺから手を離すと、今度はシートの上に唇をよせて。
ちゅって、した。
すると、真っ白な人は擽ったそうに身じろいだ。それをパパは「おとなしくしてろ」と優しく止める。
真っ白な人は、言われたとおりに大人しくした。でも、何か可笑しいのか、少しだけ笑ってる。
ママの笑った顔に、そっくりだった。
「キス……しても平気だけど?」
そして、その悪戯っぽい声はママのものだった。
「傷口が開く」
「そんな大して切ってないって」
「なくとも、だ」
「なんで今日に限ってそんなに優しんだか」
「いつだって優しくしてるだろ」
「いつもは意地悪だ…………でも、ありがとう」
真っ白なママは、パパの胸に顔を埋めた。そしてパパは、そんなママを、優しく抱きしめたんだ。
僕はそっと、だいふくと一緒に子ども部屋へと戻って行った。
ベッドの中に入ると、僕は再び頭の中がぼんやりしてきた。
僕、夢をみているのかな?
だから、ママじゃないママを見たのかな?
パパも、なんだか僕の知らないパパだったし。
あんな二人、僕は知らないもん。
夢、だったのかな。
僕の頭がぼやぼやしてきた。
真夜中に目が覚めちゃったから、眠りなさいってナイトメアが言ってるんだ。
そっか。
夢なんだ。
僕、夢を見てたんだ。
だからママは真っ白だし、パパも知らないパパなんだ。
きっと、そうなんだ。
でも、なんでだろ?
僕の知らない二人なのに、それがぜんぜん嫌じゃなかったんだ。むしろ、それが本当の二人のような気がしていて。
それを小さな僕はまだ、知らなくてもいいような気がしたんだ。
「だいふく……」
僕はだいふくを抱きしめた。
次の日。
いつものパパが僕を抱いて、いつもの真っ黒な髪のママが僕に「おはよう、露草」って言ってくれた。それから朝ごはんを食べて、三人であやめくんに会いに行って、つばきくんと一緒に帰ったんだ。
それからまた、いつもどおりの生活が始まった。
僕は真夜中に見たあの時の二人のことはすっかり忘れてしまっていた。夢のことだって思って、眠っちゃったから。
そして、ママが本当は真っ白なんだってことを知るのはそれから数年も後のこと。
end.
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