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甘い香り
「ワンワンッ!」
「ミャ~」
「は~いはいっと。そんなに慌てなくても、ごはんは逃げないよ」
お皿に盛られたボクのごはん、そしてまんじゅうのごはんの匂いを嗅ぎつけたボクたちは、パタパタと尻尾を振ってみせた。
白ちゃん。早くちょうだい! って。
「はい。召し上がれ」
「ワン!」
「ミャア!」
コトリ。
ようやく床に置かれたごはんを前にして、ボクたちは元気よく食べ始めた。
そしてそんなボクたちを前にして、ボクたちの大好きな人……白ちゃんは、ニコニコと嬉しそうに笑うんだ。
「美味い?」
「ワン!」
「ミャア」
とっても美味しいよ!
ボクの名前はわたがし。えっとね、サモエドっていうワンちゃんなんだって。これは白ちゃんが教えてくれたの。それから、ボクの一番の友達の名前はまんじゅう。アメリカンショートヘアっていう猫ちゃんなんだって。
ボクは生まれたときから白ちゃんと一緒にいるの。白ちゃんとは同じ屋根の下で、今日まで育ててもらったんだ。まんじゅうはね、ボクが生まれて少し経った後に、家族になったんだよ。別の場所にいたところを、悠壱に連れてきてもらったんだって、言ってた。ボクたち二匹とも真っ白だからかな? すぐに仲良しになったんだ。
それでね、ボクたちにはお父さんとお母さんがいないの。お顔も見たことがなくって、兄弟もいないの。まんじゅうもそうなんだって。
でもね、ボクたちにとっては白ちゃんがお母さんで、お父さんなの。
白ちゃんっていうのはね、ボクの大好きな人間の名前なんだ。「炬白」。ボクたちとおんなじ真っ白な髪の人間で、すごくすごく優しいんだよ。たまに悪戯されるけどね、ボクたちも悪戯を返すんだ。だから、おあいこなんだよ。
あとね、白ちゃんはとってもいい匂いがするの。ボクは鼻が良いから、白ちゃんの匂いがするだけで、白ちゃんがどこにいるのかわかっちゃうの。クンクンって匂いを嗅いで、白ちゃんを見つけちゃうの。ボクね、白ちゃんの匂いが大好きなの!
でもね、白ちゃんの匂いを一人占めにできるのは、ただ一人だけなの。
ボクの家族は白ちゃんとまんじゅうだけじゃないんだ。えっとね、月草っていう茶色の男の子と、椿木っていう小さな黒色の男の子。この子たちもね、ボクたちに優しいんだよ。ただ、白ちゃんにベッタリしてると、椿木はぷんぷんしちゃうんだけどね。
それから、もう一人。大きくて、キラキラ光る何かをお目めに掛けてる黒色の男の人がいるの。
炬悠壱。まんじゅうを連れてきてくれた人で、白ちゃんの旦那さんなんだ。
そして、白ちゃんの匂いを一人占めできる、ただ一人の人。
その人もね、ボクたちの健康を考えてくれてるし、ボクたちとボールで遊んでくれるんだよ。決して楽しそうなお顔はしないんだけど、いやいやなお顔もしないんだ。ボクもまんじゅうもね、悠壱のことは好きだよ。
でもね、ボクたちの大好きな白ちゃんを悠壱は一人占めしちゃうから、羨ましくなっちゃうの。ズルイなぁって思っちゃうの。ちょっぴりやきもち妬いちゃうの。
ボクたちも、白ちゃんが大好きなのに!
だけど、大好きな白ちゃんが一番に想っている人も、悠壱みたいなんだ。もちろん、僕たちにそう宣言した訳じゃないし、悠壱本人に言ったわけでもないけど、それでもわかるんだ。
だって白ちゃん、悠壱を見るとすごく嬉しそうなお顔をするんだもん。すっごく可愛いんだよ。
それから悠壱もね、白ちゃんを前にしてると、他の人間にはぜったい見せない優しいお顔になるんだ。表情は変わらないのに、ボクたちにはわかるの。優しくなるの。
するとね、白ちゃんの匂いがもっともっと良くなるの。甘い甘い香りになるんだよ。
二人は全然、気づいてないみたいだけどね。
だからね、大好きな白ちゃんが悠壱に一人占めされることで嬉しくなるなら、いい匂いになるんだったら、それでいいんだ。
でもさ……
「ちょっ……悠壱さんっ」
ボクたちがごはんを食べているときに帰ってきた悠壱。白ちゃんは悠壱を笑顔で出迎えた。
月草と椿木は学校に行って今はいないから、ここには白ちゃん、ボクとまんじゅう、それから悠壱しかいない。
ボクたちもおかえりって、悠壱の傍に寄ってみると、悠壱はボクたちの頭を優しく撫でてくれたんだ。
そして、悠壱もソファに座っている白ちゃんの隣に腰を下ろすと、白ちゃんの肩を引き寄せて、抱きしめたんだ。
すると、白ちゃんが少しだけ慌てて、けれど決して拒まずに悠壱の背中にそっと、腕を回した。
この光景を見るのはとっても久しぶりだった。だって悠壱、一週間もお家を空けていたんだから。
白ちゃん曰く、出張中だったんだって。
だから、多分白ちゃんの匂いが恋しくなっちゃったんじゃないかなって、ボクは思うの。
それでね、白ちゃんも。悠壱の匂いが恋しかったんじゃないのかな。
だって白ちゃん。悠壱が帰ってくる今日を前に、そわそわしてたんだもん。
「おかえり、悠壱さん」
「……」
悠壱は何も言わない。
ただ、ぎゅって白ちゃんを抱きしめている。白ちゃんの、細くて一番甘い香りのする首筋に顔を埋めて、悠壱はしばらく動かなかった。
白ちゃんはそんな悠壱をきゅって、優しく受け入れるの。慈しむような笑みを浮かべて、大きな子どもをあやすように、その広い背中を優しく撫でるの。
ボクはごはんを食べ終えると、まんじゅうの空になったお皿と自分のお皿を重ねて、それを加えてキッチンの方へと持っていった。
そうして、再び白ちゃん達の下に戻ってみれば……。
悠壱がいじわるモードに入っていたんだ。
二人きりになると漂い始める甘い香り。それは悪くないんだけど、悠壱が意地悪になっちゃうんだよね。
こうなると、もう白ちゃんには止められないんだよな。
ボクたちがいるにも関わらず、悠壱は白ちゃんの服の中に手を差し込んで、白ちゃんの身体をくすぐっていて。
「やっ……ちょっ……待てって、悠……っ、んんっ!」
抵抗する白ちゃんを、悠壱は全く気にしないで、白ちゃんの柔らかそうな唇を自分のそれで塞いだんだけど……
って、おいおい。
「……んぁ……、……っン……」
悠壱は白ちゃんの唇に、優しく啄ばむようにキスをして、そして白ちゃんがだんだんと抵抗を諦めると、力が抜けたところを狙って自分の舌を白ちゃんの口の中に侵入させたんだ。
そして白ちゃんの舌と自分のそれを絡めて、長い長いちゅーを始めた。
それが始まると、甘い香りに一層甘みが増して、ボクとまんじゅうの鼻をマヒさせるんだ。
甘い甘い香りはボクたちの頭をとろんとさせて、身体を熱くさせるの。ボクは白ちゃんから発する甘い香りは好きだけど、こんなに甘すぎる香りは、なんだか嗅いではいけない香りのように思える。
「んっ……も……やァっ……ぅうんっ」
白ちゃんの表情がだんだんと変化し始めた。月草や椿木、それからよく遊びにくる菖蒲の前では、決して見せたことのない、とろんって蕩けるような顔。そしてそうさせることができるのは悠壱だけだ。
も~。悠壱。
ちゅ~、長いよぅ……。
うんざりしてると、まんじゅうがボクのおなかの近くに寄り添って、鼻をこすりつけてきた。どうしたんだろう? と思ってちょっとだけ首を動かしてみせると、何か小さな物音が聞こえてきた。ボクはよ~く、耳を澄ませてみると。
「ただいま~。母さ~ん」
「白さん、お邪魔しま~す」
「白ママ~! 帰ってきたよ~」
玄関の方から月草と椿木、それから菖蒲の声が聞こえてきた。学校から帰ってきたんだ!
駄目だよ! 悠壱!
早く止めないと、白ちゃんが困っちゃうよ!
白ちゃんは三人の前でちゅーをすることや、ラヴラヴすることをすごく嫌がるんだ。どうしてもね、見せたくないみたいなの。
だからね、こういうときはいつもボクたちが白ちゃんに知らせて、すぐに止めさせるんだけど…。
「んっ……はぁっ、……ゆぅいち……」
白ちゃん。止められたくないみたい。
月草たちが帰ってきたことに全然気づいてなくて、白ちゃんは悠壱の身体にぎゅって抱きついて、離れないの。
悠壱はなんとなく気づいてるみたいだけど、白ちゃんが第一だから止める気はないみたい。
チラリと、ボクたちのほうに視線を送って。
『頼みましたよ』
わかったよ、悠壱。
ボクはまんじゅうを連れて、一緒に玄関のほうに向かったんだ。ボクのお気に入りのボールも持っていってね。
「どうした? わたがし。遊んでほしいのか?」
「ワン!」
「まんじゅうも遊んでほしいの? 猫じゃらしまで持ってきちゃって」
「ミャア」
「わわっ、わたがしくんっ……そんなに引っ張らないでっ」
月草たちが、遊んでって伝えるボクたちにかまっている間、悠壱が白ちゃんを寝室に運んでくれれば、悠壱に頼まれた任務は完了だ。
もう、今度からは寝室でラヴラヴしてね?
ボクたちでさえ、あの甘すぎる香りの刺激は強いんだから、月草たちにはまだまだ、嗅がせるわけにはいかないでしょ?
end.
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