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 A Shaved Ice ・・・

 高層マンションのとある一室、そのベランダにて。  うわぁ……、あっちぃ〜。  パタパタとうちわで扇いでも、熱風が肌に当たるだけで、涼しさは一切感じられない。ここが最上階だったら。今より少しは涼しくなるんだろうか?   いや、もうこれ以上太陽に近づきたくねぇ。俺の住まいが最上階じゃなくてよかったよ……。  俺は炬月草、現在中学三年生。  ただいま、夏の暑さにやられながらも、生温い麦茶を片手に、盥に張った水に足首突っ込んで、数学の参考書と格闘中。  これでも受験を控えている身だから、最近の休日はだいたいこんな感じだ。  しかし……。 「暑い……」  え? 部屋にクーラーないのかって?  いや、あるけどよ。俺、クーラー苦手なんだよ。だから、少しでも自然の風に当たりたくて、外で勉強してるんだけどよ。  ベランダ自体は快適だ。もともと、俺がいるフロア自体が俺の住まいだから、相応にベランダも広く設計してある。犬や猫も一緒だしな。加えて景色もいいからな。文句なし、言うことなしだ。  が、それもこれも暑さを除けば、の話だ。自然はどうしようもねぇからなぁ。  もうこんなときはアレだ。アレしかない。 「……かき氷食いてぇ」  あの真っ赤なイチゴのやつ。果肉が入っているとなお美味い。レモンもいいけどな。あと、宇治金時。ミルクは嫌だ。  昔っから夏はかき氷って、俺の中では決まってるんだよ。他にも納涼の仕方はあるんだろうけどさ。俺は断トツでかき氷だ。氷菓が大好きだ。  あ〜、考えてたらホントに食いたくなってきたな。冷蔵庫の氷でも口に放り込んで、頭切り替えるかな…… 「ほい」 「うおわぁっ!?」  いきなり、俺の右頬にキン……と冷たい何かが当てられた。っていうよりも、刺されたって感覚のほうが近い。それくらい冷たい何かを、頭上でクスクスと笑う男は俺に当てやがったんだ。 「何しやがんだ、母さん」 「何って、暑さでバテてる息子に、美味い苺のかき氷を持ってきたんだけど?」  俺の背後に立って、さもいたずらが成功したとばかりに笑う、炬白こと俺の母さんは、イチゴの果肉がたっぷりと入った赤いかき氷の盛られた器を一つ、スプーンとともに俺に差し出してきた。  最初からそうやって俺に渡して欲しかった、と思いながら。  俺は麦茶のグラスをテーブルに置くと、短く礼を言って素直にそれを受け取った。  そして母さんは、もう一つ自分のために用意していたらしい宇治金時のかき氷が盛られた器を片手に、俺の横に並んで座る。そして「いただきます」と同時に、シャクシャクとかき氷を食べ始めた。 「頭、痛くなんねぇの?」 「ん? ん〜、ならない」 「あっそ」  Tシャツに短パン姿の母さんはその上で胡座を掻くというどうしようもない姿で、首を横に振りながら、美味そうに食べていた。  炬白。傍目二十代のその人は俺の母さんで、れっきとした男性だ。同性結婚している俺の両親は、俺と、そして俺の弟とも血の繋がりはない。つまり、俺の家族は赤の他人同士の集まりなわけだ。白母さんも男だから、本来なら父さんと呼ぶべきなんだろうけど、母さんは悠壱父さんの籍に入ってるし、なんつーかその……昔から母さんってのが定着している。呼び方は法律で決まってないしな。  確かに血は繋がっていないけれど、本当の息子以上に、俺を可愛がり、今日まで育ててくれた人たちである。家族じゃないと思ったことなんて、一度もない。  今だって、こんな猛暑の中、こうして俺のために好物のかき氷を用意してくれたんだ。これで赤の他人だなんて思ったら、バチが当たる。  俺は開いていた参考書をいったん閉じると、受け取ったかき氷を一匙掬って、それを口に運んだ。 「……美味ぇ」  やっぱ夏はかき氷だよなぁ。さっきまでの暑さが嘘のように吹き飛んじまったよ。  だが、それを目の前の母さんのようにシャクシャクと口に運ぶわけにはいかない。そんなことをすれば、瞬時に頭をやられるからだ。  つーか、どうしてこの人は頭が痛くならないんだろうか? 「ん? なに?」 「いや、別に」 「俺を見ても涼しくならねえよ?」  そう言って、俺のイチゴの果肉を奪いながらケタケタと笑う。  そうだろうか?  そのかき氷のように、真っ白で冷たそうな、白髪を持つアンタなら、きっと今の俺のように、皆を涼しくしてくれるよ。  とはいえ。 「なんで俺のイチゴ食うんだよ」 「俺、イチゴ好きだから」  そう言って遠慮もなく、シャクシャクと宇治金時を口に運びつつ、俺のイチゴを次々と攫っていく。 「ん〜。美味い!」 「そりゃ美味いだろうよ」  結局、残った果肉全部を食っちまったんだからな。  恨みがましく睨んでやれば、母さんは本当に美味そうに、至福の笑みを浮かべていた。  それを見ると、脱力してしまう。  その理由は、もともと母さんの容姿が人目を惹いてしまうほどの美形だっていうのも少なからずあると思う。いや、美人のほうがしっくりくるのかな。男とも女ともつかない中性的な容姿だから、普段のままでははっきりと男性だってわかるのに、女装すれば本当に女性に見えてしまう。  俺と一緒に街へ出掛けたとき、何も知らないダチと出会って「お前の兄ちゃん、すげえ美人だな! 紹介しろよっ」って言われて「あれ、俺の母さんだけど」と返したら石のように固まった後で大絶叫。でもこれ、一回や二回じゃねえんだよな。  そんな魅力的な外見を父さんは昔、母さんに野暮ったい眼鏡をかけさせて隠すほどで、ついでに髪の色も黒くしてたもんだから、息子の俺だって母さんが白髪だってことを知ったのは、小学生の半ば頃だったりする。  それに加えて、この性格。いたずら好きで、ひょうきんで、けれどその実は誰よりも強かで、そして優しい人だから……結局は許しちまうのかな。  って、そんなことはどうでもいいんだよ。  返せよ、俺のイチゴ。 「じゃあ、そんな露草君には俺の宇治金時をあげよう。はい、あ〜ん」  母さんはわざとらしく俺を憂いて、そして楽しそうに宇治金時を掬ったスプーンを、俺の口元へと運んでくる。  って、ちょっと待て! これって間接キ……。 「あ〜ん」 「まっ……待て! 母さん! 早まるな!」 「何が?」 「何がって……」  こんなところを、あの人に見られたら俺の命が……! 「何をしているのですか?」  って、来ちゃったー! このタイミングで!!  なんともグッドなタイミング、そして俺にとってはバッドなタイミングで、気配もなく背後に現れた男は、振り返れば、眼鏡のレンズの奥の、氷よりも冷やかな瞳で俺たちを見下ろしていた。  スプーンを持ったままの母さんは、その人の存在に気づくと、「おかえり」と呑気に振り返った。スプーンはそのまま、俺の口元へやったまま。  俺……終わったかも。 「悠壱さんも食う? かき氷」 「……そうですね。頂きましょうか」 「ん。宇治金時だけどいい?」 「いえ。私はこちらをもらいます」 「へ? うおわっ……!?」  それまで悠長だった母さんは、俺よりも遥かに長身の、そして凄まじいほどの美貌を持つ彼によって、その華奢な身体を軽々と担ぎ上げられる。父さんすげぇ。力持ち。  固まりつつも感心する俺を余所に、二人はベランダから遠ざかっていった。そして……。 「月草」 「はいっ!」 「今夜の夕食は椿木と二人で済ませなさいね」 「は、はい。父さん……」  炬悠壱こと俺の父さんは、そう言い残して。  肩の上でジタバタと暴れる母さんを制しながら、静かに寝室へと入って行った。  いつの間にか。俺の身体からは、それまで暑くて流れていた汗がピタリと止まり、代わりに冷やりとした何かが背中を流れた。  すっかり、身体は冷えていた。  溶け始めているかき氷よりも、確実に涼しくさせてくれたあの人には、感謝しなければならないかもしれない。  けれど、できることなら涼しさだけを残していってほしかった。    END.

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