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番外編 〜お悩み?編〜
高校に進学する為、多数の学校の資料請求をしてみた。
「露草〜。これ、届いてたよ。学校の資料」
「ああ、ありがと」
しかし請求してみたものの、正直、どこの学校がいいのかわからない。特別に秀でてるものがない俺は、何を基準に進学先を選べばいいのかわからないし、とりあえず自分の学力に合ったレベルの学校でいいかと思っているんだけど……。
「露草は男子校にすんの? 女の子がいるとこでなくていいの?」
ピラッと資料を手にとって、湯呑みの茶を啜りながらそういうのは白母さんだ。
「男子の制服って地味なの多いな。もうちょいカッコいいデザインでもいいと思うんだけど」
「格好いい、悪いのはどうでも……それに女子はいなくても困んねえし」
「彼女、欲しくねえの?」
「いらねえよ」
「そうか……露草、そうだったのか……」
「え? ちがっ……! 男が良いってわけじゃないからな!?」
その、息子の性癖に初めて気がついたって顔を止めなさい!
「菖蒲君は進学校に行きたいって、華鈴姉さんが言ってたけど。私立だってことを気にしてるみたいだな」
それは知ってる。相談されたから。でも、彼奴の成績は学年トップだし、レベルを下げて公立の学校に行くのは勿体ないと思う。私立だけど、進学に力を入れている有名校に進学したい気持ちは応援したい。
「華鈴姉さんが上手くやりくりしてるから、そこは心配しなくていいと思うけどね。寧ろ、どんと行ってこいって背中を押してくれるよ」
「そうだな」
華鈴さんなら大丈夫だよな。
「露草も頑張れば同じところ、目指せるんじゃない?」
「俺?」
「菖蒲君と同じとこ、行きたくない?」
「それは……」
そりゃ、出来たら彼奴と一緒のところに行きたいけれど……俺のレベルじゃギリギリというか。
「まあ、どこに行くかは露草が決めればいいことだけどね。お金のことは気にしなさんな」
そう言って呑気に煎餅を頬張る母さん。なんつうか、他人事だなぁ。
「なあ、母さん」
「ん〜?」
「母さんは進学の時、どうやって決めたんだ?」
「んぐっ……」
俺がこう質問した時、母さんが煎餅を喉に詰まらせた。
エホエホと屈んで咳き込む母さんの背を、慌てて擦る俺。
もう、何やってんだよ。
「ケホケホ……」
「大丈夫か?」
「うん……だいじょぶ」
母さんはお茶をチビチビと飲みながら息を整えつつ体を落ち着かせている。そんなに変なこと、俺言ったか?
「白は学校に行っていませんからね。答えに困ったんでしょう」
「ちょおっ!?」
「父さん!?」
いつの間にか、家から帰ってきていた父さんがのんびりコーヒーを淹れながら俺たちの会話に入ってきた。その音もなく毎度帰ってくるの、止めてください。心臓に悪いから。
いやいやそれよりも。
「母さんって学校、行ってなかったのか!?」
「え〜と……あ〜……うん。はい」
「マジか……」
それに一番驚いたわ。
「いや、でもね。義務教育まではちゃんとしてたぞ、うん」
「小学校までの話でしょう。中学からほぼ、通学をしていなかったと聞いています」
「それ、誰からの情報よ!?」
「義母から」
母さんの母さん。つまり婆ちゃんか。こっちは女の人だから婆ちゃん呼びは合ってんだけど……婆ちゃん、遠方だから物心ついてからは会ったことないけど、年賀状は毎年貰うし、すごく元気って印象の人だ。父さん、婆ちゃんと仲良かったのか……。
「何で通わなかったんだ?」
「何でって言われると……」
「授業がつまらなかったそうです。しかし友人と遊ぶことは好きだったそうで、授業が終わった頃に校舎へ行って遊んでいたとか」
「だから何で知ってんの!?」
「そんな問題児ではありましたが、成績の方は体育を含めて群を抜いて良かったらしく、進学を選ばなかった際は校長も出てきて嘆かれたとか」
「それすごくね?」
そんなに成績良かったんか。父さんが有名大学出てんのは知ってたけど、母さんがそんなに優等生だったなんて……
「俺が優等生、ってガラに見える?」
「み……見えない」
「ただテストの成績が良かっただけだよ。俺の実家、ど田舎だし」
それをサラリと言えるところがすげえと思う。けど、じゃあ何で?
「どうして進学しなかったんだ?」
「どうしてって言われてもなぁ……」
「学校の授業が退屈で独自で勉学に励んだ結果、国内の学校では学ぶレベルが低いと自己判断し海外への留学を決意。その資金を貯める為に都会へと出て働き口を探すも私と出会い、最終的に留学ではなく結婚を選びました」
「うん。そこは俺からパパに話したわ」
毎回思うけど、この二人ってどういう出会い方したんだろ?
でも、母さんの本来の目的は達成ならずってこと……なんだよな?
「諦めた、のか?」
そう聞くと、母さんは首を横に振って柔らかく笑った。
「諦めたんじゃなくてさ。こっちの方が楽しかったから? 当時は視野が狭かったんだよね、きっと。海外に行くー! って意気込んで都会に出る時さ、俺の母さんは笑ってたの。でもこうして主夫をやらせてもらってさ、その意味がわかった気がするよ」
うん。なんか、母さんはこっちの方が合ってる気がする。優等生(いや、問題児?)だったろう母さんは、想像がつかない。だから進学も、留学も、そしてその先に進んでたろう道よりも、エコバッグ持って近所の商店でたらふく試食しながら買い物してる姿の方が、らしく見えるんだ。
「それにお前たちがすぐに出来ましたからね」
「あ、それ俺が産んだっぽい発言」
「そこ。頰染めんな」
父さんが茶化すように、しかし冷静に言う。実の子じゃないけど、そういうことをサラリと言われるもんだから少し照れ臭い。
あと腹。自分の腹を擦んな、母さん。
「まあ、こういう選択もあるってことだよ。進学だけが道じゃないってこと」
「かといって、進学せずに目的もなく放浪しろと言っているわけではありません。焦らずとも、自分の歩むべき道は見えてきます」
母さんのインパクトある過去を聞かされた後で、もう一度請求した資料を見る気にはなれなかったけど、この数日後に俺は母さんに言われたように、菖蒲と同じ高校へ進学することを決意する。
ハードルは確かに高かったけど、勉強することは決して無駄にはならないし、進学を選んだ先の幅は広がると思った。
しかしその動機は単純だ。ダチと同じ学校でまた一緒に三年を過ごしたかったから。クラスは異なるかもしれないけれど、それくらい単純でもいいんじゃないかって。
母さんには全部見抜かれていたけどな。
「いいなぁ。青春だねぇ」
「そこ。ニヤニヤすんな」
ま、その結果はバッドエンドにはならなかったってことで。
END
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