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ラブバードラプソディー 5

 二人きりになっても黙ったままの夫に対し、ドーナツ型のクッションから離れることの出来ない俺はとりあえず挨拶を口にする。 「おかえり」 「……」  何も返さない。どころか、しれっとした顔でスーツを脱ぎ始めた。帰って来たのか、着替えに来ただけなのか……何しに来たんだ、お前は。  そう言おうものなら睨まれそうなので、少し控えめに聞いてみる。 「なあ、まだ怒ってんの?」 「別に。呆れているだけです」  確かに阿呆なことをしたけど。よく見もせずに指輪なんて適当に買っちゃったけど。 「悪いことしてたわけじゃないんだから、そんなに怒らんでも……わかった。わかったから、睨むの止めてください」  目力凄いんだよ、アンタは。  それはさておき…… 「なあ、あの指輪……捨てちゃった?」  曲がりなりにも、俺が買った指輪だ。用途が用途なだけに、捨てられると困るんだけど。  しかしそこはウチの旦那。妻の前でバッサリと。 「必要ないでしょう」  いや、必要あるんだってば。 「お前にMという想い人がいて、生涯大事にしているというのであれば話は別ですが」 「いません。ぜんっぜん、いません」  指輪の内側なんて普通確認しないだろ。雑貨屋で買ったのがいけなかったのかなぁ。そういや、隣で指輪を選んでた女の子、内側もよく確認してたかも。  決して、あの指輪に拘っているわけじゃない。未練があるわけでもない。そうではないけれど…… 「でも、指輪は必要、だと思う」  う……また睨む。昨日、散々ヤったんだからそう睨まなくてもいいじゃんか。あ〜腰痛ぇ。  悠壱さんの睨みから逃げるように自分で腰を擦りながら、俺は俯いて理由を口にし始める。 「そりゃ、昔は要らないって本当に思っていたけど。でも、今はやっぱり必要なのかなって……だって結婚してるのは事実なんだし。今後も浮気とかするつもりはないけど、声を掛けられるのも本当だし」  悠壱さんは知らないと思うけど、これで結構モテるらしいぞ、俺。女の子よりも野郎が多いけど。野郎の割合が多いけれども!  目を逸らしているから、悠壱さんがどんな顔をしているのかはわからない。でも、俺に向かって淡々と尋ねてきた。 「結局のところ、欲しいんですか?」 「欲しい……です。はい」  小さい声で頷きながら答える俺。すると、少しだけ溜めた後に「はあ」と溜息が降ってきた。 「それならそうと、最初から素直に言えばいいものを。変に隠し事をするからややこしくなるんです。それもイニシャルが彫られているような適当な物を選んでくるから……馬鹿としか言いようがない」  またも件の指輪のことをチクチクと言われ、俺は顔を上げて声を荒げた。 「もう、イニシャルのことはいいだろ! 本当に見てなかったんだから! そのくらい適当に買ったんだってば!」 「SやYならまだしも……Mねぇ」  いつまでもネチネチネチネチと〜! 「だからごめんって言ってるだろ、昨日から!」 「反省が足りないのでしょうか? 私の妻は」 「ごめんなさい」  面と向かって再び睨まれる。深々と頭を下げる、俺。  おかしいな。昔はもうちょい優しかった気がするんだけど。 「指」 「へ?」  何か仰った?  首を傾げながら頭を上げると、いつの間にか俺の傍に来ていた悠壱さん。ベッドサイドに腰を下ろして左の手の平を差し出している。しかし口調はキツい。 「二度も言わせない。指を出しなさい。左の」 「は、はい」  また何かされるのかと、俺はおずおずと左手を差し出し、悠壱さんの左手に乗っけてみる。俺よりも一回り以上でかい左手に。しかし綺麗な指だな。  ビクビクしていると、悠壱さんはどこから出したのか右手に見知らぬシルバーの指輪を持っており、それを俺の左手の薬指にゆっくりと嵌めた。しかもサイズがぴったり。  俺が買ったやつは捨てられてるはずだし、そもそもこの指輪は全然デザインが違う。シンプルだけど、リングの中央に無限――メビウスの輪みたいなデザインが入っている。宝石とかの装飾は乗ってない。  これ、どったの?  驚いて悠壱さんの顔を見ると、悠壱さんは俺の指を見てサイズを確認しながら淡々と答えてくれた。 「随分と昔に買った物です。必要ならばと持っていましたが、お前が今まで強請ることがなかったので」  なんだって? 随分と昔に? これを? 「買って、たの?」 「その時は要らなくとも、思い直すこともあるでしょう?」  これも淡々と答えてくれる。  いや、いやいやいや。  それにしてはこの指輪…… 「サイズ、ぴったりなんだけど」  結婚してから買ったんだとしたら、このサイズのぴったり具合はおかしいだろ。俺はその当時まだ成長期でそれから背も伸びたのに。  しかしこれまた淡々と答えてくれた。 「お前の成長が落ち着いた頃に測りました。その後も太ったり痩せたりという変化が無かったので丁度良いのでしょう」  マジか。  ん? 俺のがこうしてある、ということはもしかして悠壱さんのも作ってあるってことか? でも、そんなの一度も見たことないぞ。今だって悠壱さんの左手にそんなのないし。まさか俺のだけ? 「悠壱さんのは?」 「ありますよ」  しれっと言われた。 「え……でも、つけてないじゃん」 「今はね」  今は、ってことは……。 「仕事の時、してんの?」 「お前と一緒です。虫除けになるでしょう?」  マジか。  思わず、俺は口元に両手を当てる。そしてそのまま顔を隠すようにその手をスライドさせて俯いた。 「うわあ……」 「何ですか?」  悠壱さんの、少しムッとした声が降ってくる。いや、違うんだってば。 「すげえ……嬉しい」 「そうですか」  誤解は解けたらしい。声音が少し優しかった。  赤くなってしまった顔を手から少しだけズラして、両目だけを出して悠壱さんを見上げる。 「うん……ありがと」  お礼を言うと、少しだけ目を見開いた悠壱さんが俺から目を逸らして「別に」と呟いた。  うう。照れる……嬉しいのに照れる。  今更だけど。この歳になってだけど。  揃いで指輪をすることが、こんなに嬉しくなるとは思わなかった。  雑貨屋で適当に買った物が悪いとは言わないけれど、それの何倍も高いだろう。どこの店で買ったんだろうか? どういう思いで買ったんだろうか? いつか必要になるだろうと、ただそう思ってそれなりの物を買ったんだろうけれど。  改めて指輪を見つめる。悠壱さんが持ってる物はこれと同じデザインなんだろうか? 今度見せてもらおう。 「なあ、これ。ずっとつけててもいいかな?」 「その方が失くさないでしょうね」 「そうだな……うん。そうだな」  俺は左手の薬指に嵌る指輪にそっと口づけながら、小さく笑った。  END. ※別のブックにて、白ママと壱パパの馴れ初め編を公開しました。『タイトルを決めるまでもない、そんな彼らが出会って結婚をするまでのときめかない?お話』という、無駄に長いタイトルです。よろしければお付き合いくださいませ♪

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