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プール編 ~月草 side~

【月草 side】  青い空。白い雲。  サンサンと輝く太陽。  夏だ。  そして…… 「プールだー!!」  真っ赤なフリル付きの水着を着て女子と同化する弟の椿木が恥ずかしげもなく大きな声で叫んだ。  どうして女みたいな水着がああも似合うんだという突っ込みは今さらだが……なんで女に生まれてこなかったんだアイツは、とはどうしても思ってしまう。どう見ても完全に女じゃねえか。胸も隠して紛らわしい。  大して泳げもしねえくせに、しかし浮き輪があれば楽しむことが出来るプールが椿木は大好きだ。加えて水族館も好きだしな。  大きなシャチの浮き輪を、椿木はにんまり笑顔で膨らます。感情の起伏が激しい弟が終始機嫌が良いのは、今日この日の為に休みを作り、プールを貸し切る為だけにホテルのスイートルームを取った悠壱父さんのお陰だ。  美少女顔負けの美少年と持て囃される椿木はもちろん、何故芸能人じゃないのかとテレビのイケメン達を凌ぐ美形の父さんが大型施設のプールに行こうものなら、すぐに人集りが出来て楽しめるものも楽しめない。それを防ぐ為もあり、わざわざ大金を叩いてまでこんなプール付きの部屋を取ったんだろうけど……父さんの一番の目的はといえば。 「いや~、晴れて良かったな~。これで雨だったら折角のプールが楽しめないもんな~」  と、麦わら帽子を被って呑気に言ってる俺の母さん……白を他人の目に触れさせない為だろう。本人に自覚がないけれど、男女問わず目を引く美人だからな、この人。  全面真っ白な髪を除いて、着ている長袖のパーカーや七分丈のパンツが何故か真っ黒チョイスだけれど、日焼け対策だから仕方ない。髪同様に肌が白い人だから、少しでも対策を怠るとすぐに真っ赤に焼けちまう。  今日も日焼け止めは全身に塗ったかと俺や椿木に口煩く確認されて、車内で唇を尖らせながらペタペタ塗ってたしな……ちょっと可愛いとか思ってしまったのは誰にも言えねえ。  けれど。 「白さーん! サングラス、サングラス! 忘れてますよ~!」 「あれっ? ごめんごめん、すっかり忘れてたよ、菖蒲君」  俺たちと違って口煩くない友人の菖蒲が母さんの宥め役になってくれているから、ちょうどいいバランスかな。  そういや、父さん来ないな。どうしたんだ?  麦わら帽子にサングラスを掛けた母さんへ、父さんについて尋ねる。 「父さんは?」 「職場から電話みたい。最近、また新しく事業を始めたって言ってたから、それじゃない?」 「へ、へえ……」  俺、息子なんだけどいまだに父さんが何の仕事をしているのかよくわかってないでいる。すごい遣り手だってことだけは聞いてるんだけど……また今度聞くとしよう。 「菖蒲ー! こっちのイルカの浮き輪も膨らまして~!」 「わかったー!」  椿木が半分膨らんだシャチの浮き輪の隣でペシャリと潰れているイルカの浮き輪を指差し、菖蒲に頼んでいる。ワクワクしながら椿木の隣でイルカの浮き輪を膨らまし始める菖蒲だけど……その水着、学校指定の奴だよな? 俺は海パンだけど。  シャチとイルカしか浮き輪がないため、俺はペタペタとプール沿いを歩きながら、腕の体操を始める。改めてプール全体を一望するわけだけど……このプール、めっちゃ広い。五人で遊ぶにはほんとに贅沢なほど、広い。  それに奥に行くに連れて水深が深くなるタイプで、一番深くて二メートル二十センチか。浮遊感は楽しめるだろうけど、気をつけないと溺れるな。準備体操はしっかりやっておこう。 「出来た~! シャチ!!」 「ああっ!? 駄目だよ、椿木君! 準備体操、ちゃんとやらないと!」  って、思ってる傍からあのバカ! シャチ抱えてプールに飛び込もうとしてんじゃねえよ! 「こら、椿木! ちゃんと体操やっとけ! 脚でも吊ったら洒落になんねえぞ!」 「うるさいなぁ! シャチを浮かばせようと思っただけだもん! ちゃんと体操くらいやるってば!」  嘘つけ! 飛び込もうとしてただろうが!  ふてくされた顔でしぶしぶ手首を回し始める椿木。やれやれと頭を振ると、何処から出したのかアイスキャンディーを二本、食い始めている母さんが椿木に声を掛けた。 「椿木ー、準備体操上手だな~。でももっと本気出したカッコいい椿木が俺、見たいな~」 「うん! よーく見ててね! 白ママ!」  大好きな母さんに励まされ、椿木が念入りに準備体操を始めた。  う、上手い……  母さんはアイスキャンディーをペロペロと食べながら、パラソルの下に入った。日焼け対策とはいえ、この暑い中、長袖なのは少し可哀想な気もする。日焼け止めは塗ってあるんだし、脚だけでもプールに突っ込めないのかな。  俺がそう思っていると、母さんが。 「どったの、露草。体操、終わったんでしょ? 入ってきなよ」 「母さんはプール、入んねえの?」 「壱パパが戻ってきたら入るよ。いいから、三人はプールを楽しんどいで」  ヒラヒラと手を振って俺たち子供に楽しむよう促してくれる。 「月草くーん! 泳ごー!」 「おう!」  そんじゃ、遠慮なくプールを楽しみますかね。

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