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お餅の神さまやってきた!?
※拙作「奥さまは旦那さまに恋をしました」(以下:奥さま~)とのコラボ作品です。以下の後で、「奥さま~」の主人公:柳ちゃんがやってきます。続きは「奥さま~」のブックにて公開しております♪
【月草 side】
俺の母さんは、真っ白だ。
「さん、に~い、いーち! はじめ~!!」
わっ! と、たくさんの人間が透明のビニール袋に入った、白くて丸い小さなボールのような物を目掛けて走っていく。高いところから大量のそれがバラバラと落とされ、我先にと一目散にそれを手にして自前だろう空の袋に入れていく。
ドン、ドン、と単調なリズムで叩かれる太鼓の音が、乾いた空気に乗ってそのエリアに響き渡る中、俺はある一人の人間を目だけで追っていた。
他の人間たちに混じる中、その人だけはある種人の目を引いていた。着ている服は大量生産品のどこにでもあるようなクリーム色のニットのセーターにジーンズ、その上には襟無しの紺色のコート。そして足にはこの人混みの中にそんなんでいいのかと突っ込みたくなるような百均の便所サンダル。また左手には年季の入ったでかいエコバッグ。
でもそれだけなら別段、人目を引くわけでも何でもないんだが。その人は、その場にいる他の誰よりも目立っていた。
「ああっ!?」
「ないっ!」
「くあ~っ! 取られたー!」
物凄い速さで無くなっていく白い包み。それを俺がさっきから目で追っている人間が、ひょいひょいと素早く掻っ攫っていく。
あ、そこに落ちてるなって誰かが気づいた時には、もうその人がそれを攫っていた。左手に掲げているエコバッグは、凹んだ腹をぶくぶくと膨らませていった……いや、ぶくぶくじゃねえな。もう溢れんばかりだ。そんだけ取ってどうすんだって、家に帰ったらそう言われるに違いないのに、その人は気にせずこの「祭り」を楽しんでいた。
心底、楽しんでいた。
俺の足元でふわ~と欠伸をする真っ白な大型犬が、その場で寝ようと足を休ませた。そうだよな。散歩に来た筈なのに、こんなところで止まられちゃあ、つまらないよな。俺は犬の頭を撫でてやると、太鼓のリズムがさっきよりも加速していった。ラストスパート、ということだろう。
「わたがし、そろそろ白が戻ってくるよ」
足元の犬にそう声を掛けると、ピンと耳を立てて尻尾を振り始めた。白、というワードに反応したんだろう。ヘッヘッ、と舌を出して俺を見上げるその顔は喜んでいるようにも見える。ちなみに名前がわたがしなのは、俺のセンスじゃないからな。
ドドドドド……と。太鼓の音が短く速くなり、そして一段と大きくドン! と叩いてその「祭り」は終わりを告げた。
「は~……終わった~」
「ねえ、今日何個取れた~?」
「これで正月が越せるわ~」
いい大人たちが汗だくになってそれまでの動きを止め、口々に感想を言い始める。白い包みをそれぞれのエコバッグないしはリュックに詰めて、「よいお年を~」と言いながらその場から散っていった。
さて、俺とわたがしが待っている人間は……
「ふふふあ~! おははへ~!」
「…………は?」
俺がわたがしの頭を撫でている隙に、その人間がとんでもな出で立ちを見せていた。
持参していたエコバッグは確か一枚だったはず。けれど、その中には目当ての物が顔を出すくらいパンパンに詰め込まれていたから、それ以上は入らない……からといって! 着ていたコートの腕の部分を繋いでバッグ代わりにしてその中に入れるか? 普通。それから手! エコバッグは肘にぶら下げているからその先にある両手にそれぞれ三個ずつ包みの端の部分を摘まんで持っている。あとそれ! 口! アンタは犬か! 口に咥えてまでそれが欲しいか!
と、脳内で疲れるくらいに突っ込みを終えると、俺は長い溜息を吐き終え、額を手で押さえた。
目の前のその人は、満面の笑みを浮かべながら誇らしげにしているけれど、アンタそれ……
「いくら餅がタダで貰えるからって、そんなに持って帰ったら、父さんがなんて言うか……」
「ふぉんなふぉふぉふぁふぉふぁふへ、ふぉひはふへふふぁ!」
「いや、わかんねえから。すげえかっこよく顔をキめられても、わかんねえから」
そう言いながら口元の餅を取ってやると、再度その表情をキリっと格好よく決めて。
「そんなことが怖くて、餅が食えるか!」
「言い直さなくていいよ。わかってるよ。餅が好きなのは」
いや、餅もか。
呆れながら突っ込んでいるとそこへ、さっきまでの敵……そして今は友! なアニメ映画並みの不思議現象が起きている町内のおっちゃん、おばちゃん連中が、決め顔のその人に向かって感嘆の声を次々と掛けてくる。
「いや~、すごいねぇ。白さんは! 毎年やってる餅拾い大会だけど、白さんほど取っていく猛者は他にいないよ~」
「今年もまたたくさんゲットしたわね~。ねえ、月草君。こんな『お母さん』を持てて幸せね~」
「ははは……」
もはや乾いた笑いしか出てこない。当の本人は褒められてヘラヘラ笑ってやがるけれども。
うちの町内では毎年ある、この行事「餅拾い大会」。その名の通り、ただ高い場所からたくさんの餅が落とされ、それを参加者が拾っていくだけのもの。うちの町内、金があるのか参加費はゼロ。百貨店のバーゲンセール並みにたくさんの人が参加するにも関わらず、猛者と呼ばれたこの人はそんだけあってどうすんだってくらいの大量の餅を毎年ゲットしてくるのだ。
冷凍庫で保存するにせよ、入りきらないっつうの……。
その時、知らない幼児が母親らしき女性に手を引かれながら、俺たちの方へキラキラと目を輝かせながら指を差しつつこう言った。
「ママ~。あのお兄ちゃん、まっしろだよ~。お餅みた~い」
そう言われるのは俺ではなく、ましてや近所のおっちゃん、おばちゃんでもなく。
その餅と同様の全面真っ白な髪を持つ、れっきとした男である俺の「母さん」――炬白に、だった。誰もが一度は目を見開いてしまうほどの見事な白髪を持つこの人は、傍目からは二十歳前後ぐらいの驚きの若さを持つお兄さんであるのに、今年で十五になる息子の俺を今日まで育ててくれたおじさんでもある。
同性婚が認められているこの国では、女同士、男同士の結婚も珍しくはない。しかし、その子供たちと血が繋がっているのかといえばそれは必ずしもそうではない。現に、俺とこの白母さんは、俺と血が繋がっていないのだから。
それでも……
「露草、片方持ってくれるか? もう俺、腕がパンパンでさぁ」
「阿呆だろ」
「あ。阿呆とはなんだ、阿呆とは。実のお母さんに向かって」
「これで父さんに叱られても俺は知らねえぞ」
「大丈夫、大丈夫。今夜中に三分の一は消費できるから」
「俺は嫌だぞ。餅ばっか食うの」
「え? 俺、一人だよ?」
「アンタ一人で食うのかよ!?」
血が繋がっていないからとはいえ、こんなやり取りが普通に出来るこの人が母さんでないと思ったことなど一度もない……いや、男なんだけどな。
俺が半分、餅の入った即席バッグを持ってやると、白母さんが尻尾を振っているわたがしに向かって声を掛けつつ、リードを持つ手を俺から交代する。
「さー、わたがし。お待たせ。散歩の続きするぞ~」
「ワン!」
「さ、行くよ。露草」
「はいはい」
「や~、運動した後の餅は格別だろうなぁ! きな粉だろ、あんこにからみ餅、ピザに……あ、露草は何餅が喰いたい?」
「雑煮かな」
「雑煮な~。具だくさんのやつ、作ってあげるからな」
「普通のでいいよ。普通ので」
どこまでもマイペースで、その細身の体からは想像がつかないくらいの大喰らい。
でも、この人がいなければうちの家族――炬家は回らない。
俺は炬月草。あだ名を露草という、どこにでもいる普通の男子高校生だ。
そしてこれは、そんな俺と白母さんが一緒に暮らす炬家の、どこにでもあるようで、どこにでもないような。
そんな家族の普通のお話。
「いや、餅三十個を一人で食うのは普通じゃないよな?」
END. 続きは「奥さま~」でお楽しみください♪
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