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十二 ④ 終

 将極と秌に挟まれ内裏の迷路のような廊下を進み、煌隆の寝室の前でお休みと言い自分の寝室へ行こうとした響は腕を掴まれつんのめる。  額を撫でられそこに口付けを落とされ、暗がりに覗く瞳は潤んで揺れている。 「……煌隆?」  愛しい人の名を呼んでみても、返事は無く黙って将極と共に寝室に引っ込んでしまった。困惑したまま立ち尽くしていると、秌の柔らかい声に踵を返す。 「媛响様、寝間着にお召替えましょう」  秌に連れられまた暫く歩き、自分の寝室で寝間着に着替えさせてもらう。  最後に一枚上着を掛けられ、響は秌を振り向く。 「さ、行きましょうか」 「行くって、どこへ?」  秌はいつものように悪戯っぽく歯を見せるだけで何も言わない。先に響を廊下へ出し、寝室の灯りを全部消して秌は響の手を引く。  薄暗い廊下をそろそろ歩き、人影が見えて立ち止まる。そこは煌隆の寝室前で、将極が黙って響を見ている。将極と秌は顔を合わせれば意味深に頷き、襖を静かに開けて響に入るよう促す。 「え、でも」 「では媛响様、良い夢を」  強引に部屋に押し込まれ、慌てて振り向いても襖は無情に閉ざされてしまった。  響はおずおずと辺りを見渡す。内裏の煌隆の部屋に入るのは初めてである。それも寝室。響の寝室より幾分広く、部屋の中央は屏風で仕切られ目隠しがしてある。廊下と変わらない程薄暗く、屏風の向こうから漏れる橙の灯りだけがゆらゆらと部屋を狭く照らす。 「響、おいで」  屏風の向こうから歌うような声が聞こえ、響はそろりと屏風から顔を出す。  そこでは布団に胡座をかいた寝間着姿の煌隆が煙管で紫煙を燻らせていた。こいこいと手招きをされ、響はおずおずと煌隆の隣に座る。 「寒くはないか?」 「ううん、大丈夫です」  煌隆の手が伸び肩に触れ、響は思わず身を竦める。 「そう堅く構えるな。心配せずとも何もしない。今夜はお前と一緒に眠りたいだけだ」 「そ……そう?」  響は安堵し、身体中の緊張をほどく。同時にほんの少しだけ、残念に思った。  煌隆は灰を落とし、布団の真ん中にちょこんと座る響の後ろに回る。  背中から包み込むように抱き締められ、響の首に顔を埋めた煌隆の長い髪がさらさらと膝に落ちる。 「こうしていると、気が休まる。今日は忙しい一日だったな」 「そうですね……今になって結構疲れが出て来たかも」  響は腹に回された手を握り、ほっと息をつく。 「今日は現世に連れて行ってくれて、ありがとうございました。皆に会えて良かった」 「頻繁にとは行かんが、暫く時折、連れて行ってやろう」 「ううん、もうよっぽどじゃない限り現世へは行かない」 「行かない?何故」  響は煌隆から離れ、向き合って手を取る。 「これからはずっと、煌隆と一緒に居るって決めたから。母さんと父さん、それに友達ともちゃんと別れをやり直す事が出来ました。もうオレの住む世界はここだから」  何度か両親や涼に会えば、里心がつき憂う日が来るかも知れない。時の流れから外れた自分を恐ろしく思う日が来るかも知れない。  そんな不安の種は、芽が出る前に摘んでおきたい。摘み取りきれず不安に心を乱される事があっても、愛しい人に総て預ける事が出来るよう、こちらでの生活を大事にしたい。 「……響、ありがとう。お前を選んで良かった。お前の母君に誓った言葉を、私はずっと忘れず守っていこう」 「母さんに? 何を誓ったんですか?」  煌隆はくすくす喉の奥で笑い、響の額を撫でて頬に手を寄せる。 「秘密」 「ええ、教えて下さい」 「駄目だ。母君と私の約束だ」 「オレだって関係あるじゃん!」  思わず膝立ちになった響はバランスを崩し、煌隆を巻き込んで布団に倒れ込んでしまった。  響に押し倒された煌隆は、大胆な奴だと笑い響は顔が熱くなった。 「さぁ、そろそろ寝るとしよう」  自分の上に乗ったままの響を隣に転がし、布団を掛けてやり額を撫でる。 「明日も、明後日も、これからずっと、時間は余りある。何一つ、焦らずとも良い」 「うん……そうだね。煌隆、おやすみなさい」 「おやすみ、響」  この幸せを、何と表そう。  愛しい人の腕の中で眠るのがこんなに、幸せで、暖かくて、落ち着かないものだなんて。  目を閉じれば、響は自分と愛しい人の心臓の音を子守唄に、すぐに眠りに落ちた。  明日も、明後日も、十年後も百年後も。永遠に溶けない愛しい想いを夢に見て。  愛しい人との新しい生活はまだ、始まったばかり。  終

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