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取り付く島もない辰巳にフレデリックが呻く。
どっかりとソファに腰を下ろして煙草を咥えた辰巳に、フレデリックはすかさず火を差し出した。だが、ライターを辰巳の手が横から掻っ攫う。
「酷い…」
「知るかクソが」
自ら煙草に火を点けて、辰巳はライターをテーブルの上に放り投げた。高く組んだ辰巳の脚に、床に座り込んだフレデリックがしな垂れかかる。
「そんなに怒らなくてもいいだろう…辰巳…」
「はぁん? てめぇが衒いもなくぶちまけてんのが悪ぃんだろうが」
そう。何を隠そうフレデリックは本当に洗いざらい、色々な事を聞かれるがままに喋ってしまったのである。それはもう辰巳が顔を覆い隠したくなるような事まで。挙句ひたすらに辰巳の魅力を語ってきた。
まあ、要は舞い上がっていたのである。フレデリックともあろう男が。
おかげでそれはもう辰巳は恥ずかしい思いをしたのだ。額に手を遣って項垂れるくらいでは済まない程に。
「節操もねぇ嫁なんぞ要らねぇんだよ」
「そんなぁ…」
脚に縋りついたままのフレデリックが項垂れる。どうせこんな事でめげるような男ではないのだが、少しくらいは灸を饐えてやらねば気が済まない辰巳だ。伸びた灰にフレデリックが差し出した灰皿さえも奪い取る。
「お前にはもう世話なんか焼かせねぇ」
「嫌だっ!!」
フレデリックが辰巳の腰にしがみ付く。危うく押し倒されそうな勢いに、辰巳は苦笑を漏らした。
「辰巳の身の回りの世話が出来なくなったら僕は…僕は…っ」
ぐいぐいと大きな躰で頭を擦りつけるフレデリックに、辰巳が顔を顰める。金色の頭が腰骨に当たって痛かった。
「なんだよ鬱陶しい」
「窒息するっ!!」
「阿呆か。勝手にしろ」
煙草を揉み消して辰巳が立ち上がっても、フレデリックは腰にぶら下がったままである。まさに大型犬の様相を呈して見上げるフレデリックの頭上に、辰巳は短く言い放った。
「離せ」
「……はい…」
渋々といった態でフレデリックがその腕を名残惜し気にゆっくりと離すと、辰巳は満足そうに頷いた。
ようやく軽くなった躰で辰巳が脱衣所に入ればフレデリックがついてくる。床に脱ぎ捨てた服を拾おうとするフレデリックに触るなとそう命じて、辰巳は浴室の扉に手をかけた。
「入ってくんなよ」
「うう…」
「返事は」
「はい……」
しょんもりとしょげ返るフレデリックに構う事なく、辰巳は浴室へと入っていった。
こうしてひとりで躰を流す事も久しい辰巳である。日本に居る時でさえも、面倒だと思えば他人に背中を流させるような生活だ。望めば、辰巳自身は歩く程度で自らの手を煩わせる事なく日常生活を送ることが出来た。
とは言え、辰巳としては最低限の事は自分でしている”つもり”である。ごく一般の”普通”というものを知っていたならば、そんな事は口が裂けても言えないだろう程度の事しか出来はしないが。
例を挙げるとするならば、辰巳は飯など炊けない。炊飯器の使い方を知らないからだ。それ以前に米は洗ってから炊くという事すら知らないかもしれない程だ。洗濯機の使い方も知らない。自宅の食器の場所さえも知らない。ついでに言えばスーパーなどで食品を買った事もない。その程度の事である。
生活能力皆無。辰巳が出来る事と言えば車の運転と着替え。こうして自らの身を清める程度の事である。
世間一般とはかけ離れた感覚で辰巳は生きているし、またそれを悪いとも思っていない。そういった環境に生まれるべくして生まれてきたような男だ。フレデリックに見放されたなら、きっとこの船の中ですら野垂れ死ぬ可能性さえ孕んでいる。
とは言えど、フレデリックが辰巳を見放す事など万に一つもないのだが。
浴室からあがった辰巳を待ち構えていたものは、脱衣所に正座をして清潔なバスタオルを捧げ持ったフレデリックの姿であった。さすがに、苦笑を漏らす辰巳である。
「俺に自分で躰を拭かせるつもりか?」
「辰巳…っ」
大きなバスタオルを広げて大型犬…もといフレデリックが辰巳の躰を包み込む。躰の隅々までも丁寧に水気を拭って、フレデリックは幸せそうに微笑んだ。
「飯」
「部屋で食べるかい?」
「ああ」
辰巳の要望にてきぱきと応えるフレデリックは、とても有能な男であった。
ソファに座る辰巳の口許に火を点した煙草を差し出し、その合間にルームサービスのオーダーを済ませ、自身もさっさとシャワーを浴びてしまう程度には。もちろん、辰巳の湯上りに酒を供す事も忘れてはいなかった。
あっという間になすべき事を済ませて愛しい旦那様の元に戻るフレデリックである。定位置に座って甘えるように寄り掛かると、小さく問いかけた。
「まだ…怒ってる?」
「反省したかよ」
「した」
「ならいい」
辰巳とフレデリックの関係は、歪んでいる。それはもう”普通”では考えられない程に。一歩外に出れば至って普通の恋人同士のように振る舞う二人ではあったが。二人きりの部屋の中でだけ許される、ふたりだけの時間である。
夕食が届くまでの間を、フレデリックは辰巳にぴったりとくっついて過ごした。その金色の頭を、武骨な指先が撫で梳く。少しだけ水気を含んで重くなった金糸の髪を指先に絡めて呟いた。
「俺の手を煩わせんじゃねぇよ」
「辰巳は…何もしなくていいよ。僕の隣に居てくれたらそれでいい」
「骨抜きにすんには、まだまだ足りねぇな」
「うーん…。でも、まだ時間はたくさんあるからね。クルーズが終わる頃には、僕がいないと生きていけないって言わせてみせる」
辰巳の魅力を語るのは好きなフレデリックだが、辰巳に触れられなくなるのは嫌である。まして身の回りの世話を焼かせてもらえないなど耐えられない。やはり沈黙の掟は偉大である。これからはしっかり守ろうと、そう思うフレデリックだった。フレデリックにとってはマフィアのそれよりもこちらの方が余程重い意味を持つ。
やがて二人の元に届けられたルームサービスには、可愛らしいケーキが添えられていた。テーブルのセッティングを終えたスタッフが最後に置いていったものだ。おや? と、箱を開けたフレデリックの顔が満面の笑みに変わる。
ちょっとばかりケーキの上からはみ出しそうなマジパン細工の人形は、金色と黒い頭をしている。手書きで『Eternal love』と書かれた小さなプレートの乗ったそれは、辰巳とフレデリックへの、家族たちからのささやかなプレゼントだった。
「辰巳、早く来て!」
「なんだよ…」
「家族たちからケーキが届いたんだ!」
ダイニングから嬉しそうな声に呼ばれ、辰巳はそのケーキを見て苦笑を漏らした。黒い頭の人形の頬に、しっかりと傷痕がついている。どうにも細工が細かいと、感心すらしてしまう。
「それにしても人形がでかすぎやしねぇか…」
「僕たちが大きいからねぇ」
二人して身を屈めて可愛らしいケーキを覗き込んで笑う。八人掛けのダイニングテーブルの片側中央に二人分の食事がセッティングされているのは、フレデリックが乗船時にクルーへと要望を申し伝えてあるからだ。
許される場所であるならば、辰巳とフレデリックはどこに居ても並んで座る。辰巳の左隣が、フレデリックの席だ。それはどこに居ようとも、どんな時でも変わる事はない。
あっという間に食事を平らげてしまったあとで、フレデリックはケーキをそのままフォークでつついた。半分に切って食べるなど、そんなもったいない事はしたくない。その顔は、まさに喜色満面の笑顔である。
甘いものが苦手な辰巳に時折り小さく分けたケーキを差し出しながら仲良く食べるそれは、焼き立てのクレープシュゼットにも勝る美味しさだとフレデリックは思う。
「あまり甘くねぇな」
「今日、辰巳が甘いものは得意じゃないって答えていたからじゃないかな?」
「なるほど。お前は物足りねぇんじゃねぇのかよ?」
「僕は何も甘いだけのスイーツが好きな訳じゃないからね」
さっぱりとした甘みのクリームは、どうやら辰巳に合わせて作られているらしかった。本当に、フレデリックは家族たちに愛されているのだろうと辰巳は思う。
甘いものが苦手な辰巳も、フレデリックの手で普段より頻繁に差し出されるケーキの欠片を食べた。土台のケーキがなくなって落ちそうになった金色の頭をした人形を、武骨な指先で摘まんだ辰巳がそのまま口に入れてしまう。
「あっ」
声を上げるフレデリックに、人形を口に入れた辰巳がケーキへと顎をしゃくった。お前も食えと。
頬に小さな傷のある人形をフォークで器用に持ち上げて眺めると、フレデリックもまた一口で頬張ったのだった。
しっかりと咀嚼した後で飲み込んだフレデリックが辰巳に笑いかける。
「これで辰巳は僕のものだね♪」
「はぁん? 今更だろ」
呆れたように言う辰巳を尻目に、フレデリックは残ったケーキをあっという間に食べてしまった。その横で、辰巳は酒を煽る。
「でも、人形なんかじゃ僕は足りない」
色香を含んだ声で呟くフレデリックを、辰巳はグラスに口をつけたまま横目で見遣った。その顔は呆れ顔だ。
「お前、甘いもの食うと盛るよな」
「僕はね…辰巳、好きなものは全部欲しくなる質なんだよ」
「ガキかよ」
左手で頬杖をついて、フレデリックはグラスを傾ける辰巳をうっとりと眺める。酒を飲み込む度に上下する喉元を見るのがフレデリックは好きだ。ついでに締め上げたくなってしまう程に。
不意に辰巳が眉根を寄せる。グラスを無造作にテーブルに戻してフレデリックをじろりと睨んだ。
「お前今首締める想像しただろ」
「あははっ、どうしてそう…キミは勘が鋭いのかな…」
フレデリックの色気と殺気は入り混じると、そう辰巳は言う。確かにフレデリックはどちらにも興奮を覚える。苦痛に歪む顔にも、快感に震える様にも。ついでに言うのなら、自分はどちらを与えられるのも好きである。
変態。と、そう罵って眉を顰める辰巳の喉元に、フレデリックは長い指先を絡めた。
「辰巳は色気があり過ぎるんだよ」
「俺ぁただ酒飲んでただけだ阿呆」
「そんな事言っても仕方ないじゃないか。僕は辰巳が欲しい…辰巳は?」
「聞くんじゃねぇよ」
そう言って辰巳は立ち上がると、大股で部屋を横切っていく。寝台へと辿り着いた時にはすでに、上半身には何も纏ってはいなかった。辰巳の脱ぎ散らかしたシャツを寝台の横のソファに放り投げて、フレデリックもさっさと服を脱ぎ捨てる。
僅かな軋みを上げて大きな寝台は二人の躰を受け止めた。
仰向けに寝転がる辰巳の上に、フレデリックが覆いかぶさる。引き締まった躰のすべてを確認するように長い指先で辿り、唇を奪った。
「僕の辰巳…」
「くれてやるから腰振ってみせろよ」
「いいね。たっぷり…搾り取ってあげるよ」
でもその前に…と、そう言ってフレデリックは辰巳の雄芯を口に含んだ。舌で丹念に愛撫しながら、片手で自らの屹立を扱き上げる。その様を、辰巳は愉しそうに眺めていた。
「どうせならもっとよく見せろよフレッド」
「いい…けど…、顔が汚れるよ?」
「綺麗にすんのもお前の仕事だろぅが」
「ごもっとも」
さらっと言い放つ辰巳に、フレデリックはクスリと笑った。確かに、その通りだとそう思う。
フレデリックは態勢を入れ替えて辰巳の顔を跨いだ。再び辰巳の中心を口に含んで舐めしゃぶる。自ら手淫を施す様を辰巳に見られていると思うだけで、フレデリックの躰は熱くなった。
「お前は本当に変態だな」
だらだらと透明な涎を垂らすフレデリックの屹立を辰巳が指で弾けば、下からくぐもった嬌声が聞こえてきた。辰巳が、喉の奥で嗤う。こうしてフレデリックにされるがまま淫靡な様を堪能している自分もまた同種であると思えば、自然と笑みも漏れるというものだ。
卑猥な水音だけが室内に響いてどれ程の時間が経ったのだろうか。やがて辰巳が熱い口腔に体液を吐き出すと同時に、フレデリックの指先からも白濁が滴り落ちた。
どろりとした体液を纏わりつかせた長い指が目の前で蕾を割り開く。どこまでも生々しいフレデリックの仕草が、辰巳の欲望を煽った。この男は、自分の好みを知り尽くしている。
「っん…あ…っ、辰巳…ここに、欲しい」
「好きにしろ」
再び態勢を入れ替えたフレデリックが、辰巳の腰を跨ぐ。自身の体液に濡れた後孔に辰巳をあてがうと、そのまま腰を落としていった。異物を飲み込むことに慣れたフレデリックの蕾は、難なく辰巳の硬い雄芯を受け入れた。
快感に、フレデリックの顔が歪む。
最奥まで入り込んだ屹立を満足気に後孔で締め上げて、フレデリックは辰巳の胸に倒れ込んだ。
フレデリックは自身の零した白濁に穢れた辰巳の頬を舌で辿った。僅かに眉根を寄せて深い呼吸を繰り返す辰巳の顔を綺麗にしていく。首元に残った最後の穢れを拭い去って、フレデリックは耳元に囁いた。
「気持ちが良い…辰巳…」
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