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第10話:バルトロメオ10

(夢じゃなかったんだ……)  驚きに胸が震える。  ペティエ神父の頭に巻かれた包帯を見ても、ユァンはまだ、この男との遭遇を現実のものとして信じ切れずにいた。 「ああ、彼は――」  ユァンの視線に気づいてか、司教が続ける。 「法王庁から来たブラザー・バルトロメオだ」 (ブラザー?)  ブラザーと呼ぶのなら、彼も同じ神に仕える修道士なのだろう。  しかも教会組織のトップ、法王庁から来たという。  昨夜は確かミリタリージャケットの前をはだけた大胆な格好をしていて、とても聖職者には見えなかった。だがいま彼はシックな黒の修道服を、意外に自然に着こなしている。  容姿からして修道士にしては目立ちすぎるのだが、フードの肩へ軽やかに下ろされたドレッドヘアなどは、むしろ小慣れて見えるから不思議だ。  年はいくつくらいなんだろうか。悠然と歩み寄ってくる彼を見ながら考える。  精悍な顔立ちは完成された大人を感じさせるが、肌の質感はおそらくまだ二十代。  清貧をむねとする修道士にはあまりない、生き生きとした華やかさがあった。  彼はユァンの目の前まで来て立ち止まる。 「ユァンか。バルトロメオだ」  側に来るとやはり大きい。圧倒されながら見ていると、引き締まった口角が日焼けした頬に食い込んだ。  引き込まれるような笑顔だった。  口角をほんの1、2ミリ持ち上げただけで、どうしてこんなにいい笑顔が作れるのか。ユァンには分からない。  ただ彼に、自分とは違う器の大きさを感じた。 「……はっ、すみません」  彼の右手が握手を求める形で止まっていることに気づく。  慌てて利き手を差し出すと、大きな手がぐっと寄ってユァンのそれをつかんだ。  彼の生命力が、腕を伝って頬まで流れ込んでくる気がする。 「司教と話して、きみの世話になることになった」 (……えっ?)  ブラザー・バルトロメオの言葉に、ユァンは慌ててシプリアーノ司教を見た。  本来ならユァンは、大切な客を任されるような身分ではない。見習い期間は終えているが、年が若いこともあってここでの実質的な席次は下から数えた方が早かった。普段与えられる仕事もほぼ雑用だ。  ところがシプリアーノ司教は、ユァンからの戸惑いの視線にはっきりと頷いてみせる。 「彼はこの修道院の日々の様子を、ありのままに見たいと言っていてね。視察という大げさな形は取りたくないそうだ。そこで修道士見習いとして、しばらくここに籍を置いてもらうことになった」 「え……見習い?」  ユァンは振り返っていた首を戻し、もう一度ブラザー・バルトロメオを見た。  成人男性が見習いとして修道院に入ることは、別に珍しいことじゃない。神学校出身者でもない限り、誰でも見習いからなのだ。  けれど彼は……ユァンの目には、とても見習いには見えなくて戸惑った。  ユァンよりよっぽど威厳と落ち着きがあるわけだから。 (司教の下に置くならともかく、こんな人が僕の下なんて無理がある……)  だからといってユァンは、司教の申し出を拒否できるような身分でもない。戸惑いの視線を二人へ交互に投げかけることしかできなかった。

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