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第53話:教会の子供たち19
ユァンとしては頭の痛い問題だった。被害者は自分とリッカの二人なのだが、事情が複雑だ。
リッカの件ではすでにセイヤが動いていて、神父の悪事を明るみに出すことで、セイヤの神父への暴行まで問題になる可能性がある。そしてユァン自身はバルトロメオの内偵捜査に協力してあそこにいたわけだから、すべてをさらけ出してしまえば彼の捜査に支障が出るように思えた。
投書の件が解決するまでは下手に動けない。胸の中でその結論に達し、ユァンは無言でバルトロメオを見つめ返した。
そしてリッカにも訴え出る意志はなさそうだ。彼は困り顔のまま、他の三人の様子を窺っている。
バルトロメオが口を開いた。
「……分かった、俺がシプリアーノ司教と話をつける」
「司教さまと?」
ユァンは思わず聞き返す。バルトロメオとシプリアーノ司教が良好な関係かといったら、むしろその逆に思えた。しかし訴え出るとすればやはりシプリアーノ司教にだ。
そして自分より、バルトロメオの方が上手く情報をコントロールして司教と話をつけられる。
そう考えると彼の提案に対しNOはなかった。
司教は厳格な人だ。修道院長として、ペティエ神父の勝手な振る舞いをきっと止めてくれるだろう。
*
それから少しして、リッカとセイヤは養護院へ帰っていった。
「ねえ、バルトが調べている投書のことなんだけど……」
ゲートの向こうへ消える少年たちを見届け、踵 を返し。ユァンはようやく気になっていたことを口にする。
バルトロメオは月の位置を確かめ、歩きだしながら答えた。
「さっき二人にそれとなく聞いてみたが、二人とも投書の主ではないようだ。シスターたちにも言っていないんだ。いきなり法王庁に密告しようなんて大胆なこと、そもそも養護院の子供は考えないだろう」
「そう言われると……」
ユァンも納得する。
「だからセイヤはあんなことを」
「……だな。恋人を傷つけられてまっすぐに仕返しに走るなんて。ある意味まぶしいよな。そういう若さが、俺は羨 ましい」
バルトロメオのため息が、風音にかき消されずに耳に届いた。
「恋人……?」
「いや、俺がそう思っただけだ」
歩きながら首だけで振り返り、彼がちらりと白い歯を見せてくる。
ユァンとしては十四、五の子供に恋人がいるとは思わなかったけれど、セイヤの暴挙も、恋人を傷つけられた怒りからくるものだと考えると納得できるものだった。
「それはともかくとして」
バルトロメオが話を続ける。
「法王庁への密告を考えるのは、ある程度ここの組織を理解している人間だろう。その上で、ここの自浄作用に期待していない」
「だとしたら……」
「聖クリスピアヌスの、修道士の誰かっていう可能性が高いだろうな。ペティエ神父の下にいるやつか、それ以外で神父の悪事を知っていた人物か……いやしかし……」
バルトロメオが思案顔になり、自分の顎の辺りをゆっくりと撫でた。そして宿舎の方へ向かっていた足をパタリと止める。
「どうしたの?」
「あの投書とペティエ神父の件は、イコールでないかもしれない」
「えっ……?」
前を歩いていたバルトロメオを追い越してから、ユァンは嫌な予感を覚えながら彼を振り返った。
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