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第54話:教会の子供たち20

「だってそうだろう。投書の内容は、聖クリスピアヌスで〝天使への陵辱〟が行われているという指摘だった。陵辱って言葉は少し強すぎる気がするし、ペティエ神父が養護院に関わり始めたのは最近だ。被害者が他にも大勢いるってことはないだろう」  その言葉にハッとして、ユァンはバルトロメオの顔を仰ぎ見る。 「え、でも……だったら……」 「この修道院で、もっとひどいことが起きていなければいいんだが……」  バルトロメオのその祈りも、ユァンにとって、逆に不吉な予感を増幅させるものにしかならなかった。 「安らぎと祈りの修道院で、そんな……」  心の不安を映すように、前へ繰り出す足が自然と速くなる。  バルトロメオが空に向かって息を吐いた。 「〝安らぎと祈りの修道院〟か……。ユァンにとってそうだとしても、他の誰かにとっては違った。そして今も、違うかもしれない」  それは今ユァンにとって受け止めがたくて、しかし受け止めなければならない事実だった。 「僕ももう、本当は知っているんだ。ううん……きっと前から勘づいてた。それなのにずっと、気づかないフリをしてた」  ただ歩いているだけなのに呼吸が乱れる。まばたきするたびに、神父に触れられた時の感触がよみがえるようだった。 「……ユァン」  後ろから二の腕を引き寄せられ、バルトロメオのたくましい腕の中に閉じ込められる。 「バルト?」 「悪かった。アンタを幸せな幻想から引きずり出したのは俺だ」  背中越しに、彼の抑えた息づかいが聞こえた。 「本当に参るよな。俺なんかより、あいつの方がよっぽどいい男だ」 「あいつって?」 「セイヤだよ」 (あ……)  声色のわずかな乱れに、バルトロメオの動揺を感じ取る。 「あんな子供が自分の立場や正義より恋人を優先してるっていうのに、俺は……男として最低だよな」 「バルト……」  腕の中で体を滑らせ、ユァンは彼を振り返った。  月を背にした恋人の表情は、身長差もあってユァンにはよく見えなかった。ただ糸杉の枝を揺らす風が、彼の長い髪の束をバラバラと所在なさげに揺らしていた。  ユァンはたくましい胸板に額を押しつけるようにして首を横に振る。 「バルトはちゃんと助けに来てくれたよ。二階から登場して水をまいて飛び降りるなんて、僕には予想もできなかったけど」 「いや、助けが遅すぎただろ。俺はあの時、建物を飛び出していったリッカを先に追ったから」 (そうだったんだ……)  その判断はきっと正しかったんだと思う。リッカは子供でユァンは大人だ。特別な関係だからといってユァンを優先するなら、それはおかしい。でも……。  やっぱり、もう少し早く来てほしかったと思ってしまう。  神父に犯されるかと思ったあの時の恐怖は、ユァンの中から簡単に消えそうになかった。 「もともと僕が、自分から行くって言いだしたんだ。だからバルトのせいじゃない。リッカや他の子が嫌な目に遭うよりよかったよ。僕なんてもともと、誰かに守られるような存在じゃないし……」 (あ……)  ふいに涙が込み上げてきて、バルトロメオの胸から顔を上げられなくなってしまった。 「何言っているんだ、ユァンは」 「……っ、なんでもない、ごめん」  ユァンの心の奥にしまっていた卑屈さは、日向を歩いてきたバルトロメオのような人には理解できないだろう。 (こういうのはよくない、バルトに余計な心配をさせる……)  動揺する自分を立て直そうとしていると、バルトロメオがこんなタイミングで一番聞かれたくないことを聞いてくる。 「アンタ……あいつに何されたんだ。何もなかったって言ったのは嘘だろう。そうじゃなければ、そんなふうに泣くのはおかしい」  泣き顔は見せていないはずなのに、法王庁のエリートは察しがよすぎて困る。 「何もされてない……服の上から触られただけ……」  冷静になってみればそれだけだ。本当に、それだけなのに……。大事なものを失ってしまったみたいで、ユァンはひどく困惑し、気落ちもしていた。 「触られた? どこを」  バルトロメオが無慈悲に聞いてくる。 「それは、聞かないで」 「分かった、聞かない。その代わり、俺が全部上書きする」 「え……?」  彼の右手が、ユァンの顎を持ち上げた。

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