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第69話:獅子と牝山羊12
ユァンはガタガタと後ずさりし、ベッドの縁にすねをぶつける。
「わっ!」
「慌てすぎだよ」
後ろへ倒れかけたユァンの腰を、ヒエロニムスがつかまえた。艶のある金褐色の髪が、視界にさらりと落ちてくる。
「飛んで火に入る夏の虫、とか言うんだっけ? こういうの」
すぐ鼻先まで迫っていた唇が笑った。
「まだバルトロメオを探してるの? きみも懲 りないね」
倒れそうになったのを助けてくれたのかと思ったのに、そのまま後ろのベッドに倒される。それから彼はユァンの体に跨 がってきた。
「どうしよう、シプリアーノ司教に言いつけちゃおうか。それとも僕の言うことを聞く?」
「え……? あなたの要求はなんですか」
「僕はね、バルトロメオが大嫌いなんだよ。あいつは何もかも持っているくせに、それでもまだ手に入れようとするから……」
ヒエロニムスの両手が、ユァンの首にかかった。ひんやりした手に触れられて、ヒュッとのどが鳴る。
「あいつの大事な恋人を、奪ってやったら気持ちいいかな?」
「僕を……殺す気?」
「そんなわけないでしょ。仮にも修道士なんだから」
言葉とは裏腹に、ユァンの首を押さえつける両手に力が加わっていく。
「あんなやつ、愛してないって言ってみて」
「は……?」
「それで僕の方が超絶かっこいいって」
「意味が、分からな……くっ……」
のどを潰すことで、ヒエロニムスはユァンの拒絶の言葉を押さえ込んだ。その間も、ユァンを見下ろす彼の人形のような顔は笑っている。
(何……本当に、意味が分からない……)
息ができずに気が遠くなってきたところで、首を締め上げる手が緩んだ。
「……かはっ!」
「ユァン、僕に乗り換えなよ。バルトロメオなんかより、ずっとずっと大事にしてあげる」
彼の手はまだ首にかかったままで、これを拒絶したらきっとまた息ができなくなるんだろう。目尻に生理的な涙が浮かぶ。
「でも……あなたは僕のことを、ほんの少しも好きじゃなくて……」
それなのに相手を独占して、大切にするなんていうのはなんだかおかしい。ところがヒエロニムスは暗い喜悦を瞳にたたえ、妖艶に笑った。
「好きになるよ。あいつを捨てて僕を選んでくれたなら。それだけで、僕はきっときみをずっと大切にできる」
自分に酔っているかのようなその表情に、ユァンの背筋はぞくりと反応する。
「え……それは僕じゃなく、バルトのことを好きなんじゃ?」
そこまで彼に勝つことにこだわるなら、それはバルトロメオへの憧れだ。そのことに、目の前の凶悪な男は気づいていないんだろうか。
「……なんだって?」
ユァンに跨がり、首を締め上げながらも終始微笑んでいた彼の顔が、一瞬で能面のように固まった。
「やめ……――」
止める間もなくまた首を絞められる。今度はその手に、彼の体重が乗っていた。
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