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第73話 【 獅童火爪の場合 】
【 獅童火爪の場合 】
部屋の中は甘ったるい匂いで満ち溢れていた。
油断していたら、すぐに理性は吹っ飛びそうだ。
「天城?」
一応手前の扉から開けて中を確認していく。
あるΩはバスルームで巣作りをしていたと聞いた。
また別のΩはクローゼットの中、また更に別のΩはキッチンで・・・・・・・
天城が何処に巣を作ったのか、ドキドキしながら進んでいき・・・・・・足を止める。
寝室に向かって転々と落ちているモノに気付いた。
その中の一つを拾い上げる。
「・・・・・・・・・・俺の下着だ」
もう一つ、手近なモノを拾ってみるが、それも同じ火爪の下着だった。
チラッと向けた視線の先、扉が開いたままのクローゼットは火爪側。
床に散らばっているハンガー、ベルト類、そして大きな空の袋。
「・・・・・・・・空の・・・・・・袋?」
中身は何処に・・・・・・って、もちろん天城が持って行ったんだろうけど?
え?
アレを天城が持って行ったって?
クローゼットの奥の奥、天城には見付からないように隠したつもりだったのだが・・・・・・まぁ、いいけど。
火爪の身体を包み込む甘ったるい匂いが、ふわっと濃くなった気がした。
ふらふらと寝室に近づいて行き、開いている扉の隙間から中の様子を窺う。
カーテンはぴっちり閉められていて薄暗い。
そっと扉を動かして、一歩部屋に足を踏み入れた途端、くらっと視界が揺れた。
脳が蕩けてしまいそうだ。
天城を自分のモノに・・・・・・早く・・・・・うなじを噛みたい。
ダメだ・・・・・落ち着け。
冷静に。
天城を傷つけたくはない。
ココで選択を間違えて天城を傷つけてしまったら取り返しがつかない。
落ち着け・・・・・落ち着け・・・・・・・
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、腹に力を入れる。
「・・・・・・天城?」
ごそごそと布が擦れる音がした。
ベッドの上に大きな塊がある・・・・・・その正体は解っている。
パチッと壁のスイッチを押し、部屋の中を明かりで満たした。
「・・・・・・・・・ん・・・・・・まぶ、し・・・ぃ」
声は聞こえたのに天城の姿が確認できない。
ベッドの上には大きくて、真っ黒な毛並みのクマのぬいぐるみ・・・・・・・そのグリーンの瞳と目が合った。
それを取り囲むように火爪の私物や衣類がごちゃっと並べられていて・・・・・・・
「ほつ、ま・・・・・・・さ?」
名前を呼ばれただけで、天城の声が耳に届いただけで、脳がビリッと痺れた。
「ん・・・・・・天城、これからそっちに、行ってもいいか?」
小さい頃祖母から与えられたクマのぬいぐるみ・・・・・・その真っ黒なクマが巨大なせいで天城の姿がすっぽり隠れてしまっている。
「・・・・・・で・・・・・も、おれ・・・・・へん・・・だし?」
「変じゃないよ」
ゆっくり、天城に刺激を与えないように距離を縮めていく。
漸く真っ黒なクマの背中に抱きついている天城の腕が確認できた。
触れていいんだろうか?
「あま」
「ほんと、に?」
ぎゅっとクマを抱き締めて、ひょっこり顔を覗かせた天城にズキュンッと心臓を撃ち抜かれた。
なんて凄腕のスナイパーなんだ・・・・・・などと冗談を言える雰囲気ではない。
ちょこっとだけ両手を広げて、一歩踏み出す。
早く、この腕の中に天城を閉じ込めたい。
天城の熱を感じたい。
うなじを噛みたい。
「天城に触れてもいいか?」
そぉっと広げた両腕を天城に向かって伸ばしていく。
一瞬火爪を見詰めた後、なぜか天城は両目いっぱい涙を溜めて、ぐりぐりとクマの身体に顔を埋めてしまった。
「・・・・・・・・・だめ」
拒否られた・・・・・まさかの言葉に少なからずショックを受ける。
え?まさか嫌われているのか?
そんなバカな・・・・・・むしろ好かれていると思っていたのに。
ただの、自分勝手な思い込みだったと言うのか?
いや、落ち込んでいる場合じゃない。
今、天城は不安定なのだ・・・・・・情緒不安定なのだから仕方がないんだ。
こちらの言葉をちゃんと理解しているかどうかも怪しい。
気を取り直して・・・・・・
「俺、今すっごく天城を抱き締めたいんだけど・・・・・・ダメか?」
天城はクマに顔を隠したまま、いやいや、と拒否し続ける。
火爪の私物や衣類に囲まれた中央で・・・・・・
幼い頃祖母に与えられ、今まで寝る時はずっと一緒、天城と出会うまで側に置いていた真っ黒なクマを抱き締めて・・・・・・
「俺のこと・・・・・・・・き・・・嫌いか?」
もし、嫌いって言われたら立ち直れない。
天城が嫌いだなんて言うはずがない・・・・・・言うはずはないけれど、自信がなくなってきた。
天城はクマに顔を押し付けたまま、ボソッと何かを呟いた。
「天城?」
そぉっと天城の顔が出てくる。
うるうると潤んだ天城の瞳がバチッと火爪を捉えて、口元はクマに押し付けたまま、再びボソッと何かを呟いた。
天城がなんて呟いたのか解らない火爪が首を傾げ、自分が言った言葉を火爪が理解していないことが解ったらしい天城が、ぴょこんっと首を傾げた。
天城は、クマの腕に顎を乗っけて・・・・・・
「・・・・・・・・・すき・・・だもん」
好き、この単語の素晴らしき響き。
「ん、問題ない」
無意識に口から出た言葉・・・・・・なんの問題がないのか、主語は抜けていたが細かいことは気にしない。
ズカズカとベッドに近づいて、急な火爪の行動に驚いた天城が再びクマの背に隠れようとしたが、その前にクマの腕を掴んで引き剥した。
だが、巨大なクマは結構な重さで、そう簡単にその場を譲ってはくれないようだ。
一旦尻を浮かせたクマは再びベッドの上に落ち、天城が慌てて抱き締め直す。
「天城、ソイツじゃなくて俺にしない?」
長い間一緒に過ごしてきた真っ黒なクマは、今まで家族のような存在だった。
だが、今はライバルだ。
なんとしてでも天城から引き離さなければ!
「でも・・・・・・・ほつま、さ・・・・・におい」
「いやいや、本物がココにいるから・・・・・・な?」
ぎゅっとクマの腕と腹を掴んで、思いっきり引っ張った。
「あ」
クマを引き剥すことに成功して、更に、勢い余って火爪の胸に飛び込んできた天城をギュッと抱き締める。
ベッドの下で、クマがドスンと予想以上に大きな音を立てたが無視、構ってられない。
天城の体温は火爪が想像していた以上に熱かった。
「ど?」
すっぽりと腕の中に納まった天城の息が首筋に当たって、くすぐったい。
天城の表情は見えないが、その腕は、ゆっくりと火爪の背中に、遠慮がちに回された。
ぐりぐりと胸に天城が顔を押し付けてくる。
「あ、天城?」
煽らないでくれ、と言いたい。
そろそろ我慢の限界だ。
天城を抱きたい。
でろでろに蕩けさせて、うなじに噛みつきたい。
天城の後頭部に手を伸ばし、髪を梳かして、うなじが露わになって・・・・・・
「・・・・・・ほつま・・・・・・これ、ほし・・・・・・ぃ」
「は?」
背中に回っている天城の手が、火爪の上着をクイクイッと引っ張った。
コレを脱ぐためには、一旦天城を離さないといけないが・・・・・・・・仕方ない。
そっと天城を腕の中から解放すると、漸く、ぽぉっとした表情の天城と視線が絡んだ。
火爪は素早く上着を脱ぎ、天城にそっと羽織らせる。
「・・・・・・ふふっ・・・・ほつま、の・・・・・・におい」
天城は満足げに、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
堪らずに火爪は天城の頬に口付ける。
「ちがう、よ・・・・・ほつま・・・・・・・・」
耳元で囁かれてパッと離れる。
「こっち」
天城の両手が火爪の両頬を包み込み、唇が重なり合った。
それは触れるだけ・・・・・・
伏せられた睫毛が震えて、潤んだ瞳が火爪を映す。
その瞬間、火爪の中の箍が外れた。
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