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第72話 【 獅童火爪の場合 】

【 獅童火爪の場合 】 バタバタ走って館の入り口に辿り着く。 弾んだ息を整えて、扉を押し開き・・・・・・更に天城の匂いが強くなって、クラッと眩暈がした。 天城の匂いが全身に絡みつくように纏わりついてくるのが解る・・・・・・ 一瞬で全身の血が騒ぎ、天城を求め始めた。 「・・・・・・・・天城は・・・・・俺の・・・・・・・・」 シンと静まり返っているフロアを横切り、天城との部屋へ向かうために階段へ向かい・・・・・・ 階段の一番下で蹲っている人影を見付けて駆け寄った。 「有栖!」 第七部隊の隊長である彼までもが天城のフェロモンに翻弄されかけている。 ただの、普通のΩのフェロモンにそれほどの威力はない・・・・・・はず。 これは、天城だから・・・・・・・仕方がない。 「・・・・・・・遅い、ほつ・・・・・ま」 抱き起した有栖の身体は以上に熱い。 火爪の腕の中で髪を掻き上げ、息を吐く。 「天城のナイトは君だろ、火爪・・・・・・・どうして僕がこんなに疲れることを」 「悪い・・・・・・で、天城は?」 「天城のフェロモンに惹かれた連中が次から次へと現れて、こっちはもうヘロヘロだ・・・・・・」 Ωは天城のフェロモンに発情を誘発し、αは近場のΩを手当たり次第に襲い始め・・・・・・ 寮にいた第七部隊で騒動を鎮静化させるために指示を出し、番である者同士は部屋へ避難させた・・・・・・・・・ 少しでも影響が薄まるように・・・・・・と。 「天城は・・・・・・普段から薬を飲んでなかったろうし、そんな兆候も見られなかったし」 あとで様子を見に行こうかとも思ったが、予想以上の現状に、彼らの部屋を覗くのは怖い・・・・・・ 「一体、何が引き金となって発情期に突入しのか・・・・・・・ったく」 番が成立していないαは一直線、天城の部屋を目指すもんだから・・・・・・ 千切っては投げ、千切っては投げ・・・・・・ とりあえず部外者を蒼風館から一掃して・・・・・・ 「天城はず~っと火爪を呼んでる・・・・・・まぁ、解ってるだろうが・・・・・・・・火爪、コレを」 天城の部屋へは近づけないように結界を張ってある。 そして、今有栖の手にあるのは、その結界の中に入るための鍵。 「ったく、頭の中ピンクなエロ思考の連中ばっか集まってくるから・・・・・・僕までおかしくなりそうだ」 有栖の愚痴を聞いてやりたいが、今は時間がない。 ぽんぽんっと有栖の肩を叩いて階段の上を見上げた。 速く天城の元へ・・・・・っと、その前に。 「あ、忘れるところだった・・・・・・有栖、外に翡翠がいる。頼まれてたモンがあるって言ってた気がするぞ?」 「僕は今動けない」 「翡翠も結界があってこれ以上近づけないって言ってた」 じゃなっと有栖をその場に残し、火爪は階段を駆け上がった。 もう彼らに構ってられない。 一刻も早く天城に会いたい。 天城に会って、ぎゅっと強く抱き締めたい。 「天城!」 階段を駆け上がるたびに、天城の匂いが濃度を増していく。 「理性を失うな、主導権を握れ」 天城のフェロモンに翻弄されて、本能のままに天城を喰らおうとすれば・・・・・・ きっと天城を傷つけてしまう。 「あくまでも、俺は冷静に」 恐らく天城は部屋の何処かに巣作りをしているだろう。 その中へ入れてもらってからが勝負だ。 決して恐がらせてはいけない。 無理に入ってもいけない。 天城に迎え入れてもらわなければいけない。 初めてのヒート、天城は混乱しているかもしれない。 「・・・・・・・・バカほつ、ま」 自分の思考に沈んでいた火爪の意識を浮上させたのは、二人の部屋の前に座り込んでいる灰邑零だった。 「零?」 扉を塞ぐ形で、ぐったりと座り込んでいる零が顔を上げる。 「遅い」 「・・・・・・悪ぃ・・・・・・・・ってか、零、お前こんなとこで」 「いち・・・・や、もうす・・・・・・・今は・・・・・動け、なく・・・・・・て」 零の手に携帯端末が握られていた。 自分から番の相手に連絡を取ることなど滅多にしない彼が・・・・・・ 「部屋に運んでやりたいけど」 「そんな・・・・・心配、いらな・・・・・・・それより・・・・あま、ぎを」 番ではない自分が、ヒートを起こした零の身体に触れるわけにもいかず、彼が力の入らない腕をなんとか動かしながら、ゆっくりと扉の前から移動してくれるのを待つ。 「あま、ぎ・・・・・・たの、む」 火爪が炎帝と呼ばれていた頃、天城、いや、蒼威の側にいた兄が零だった。 天城はまだソレに気付いていないようだが・・・・・・ 天城は身体が熱を帯びると、背中に赤黒い翼が現れる・・・・・・ 黒き翼の一族である蒼威の背中にあった漆黒の翼のように・・・・・・・・ そして、その翼は同族であった零にも、零の背中にも同じく赤黒い翼が浮かび上がる。 以前、その背中を天城には見せたようだが・・・・・・ 「零」 「・・・・・・・っ、いち・・・・・・来た、みたい」 ふふっと笑う零の表情にドキッとした。 「じゃぁ、大丈夫・・・・・・だな」 「ん」 頷いた零を確認し、火爪は扉の取っ手に手を掛けた。 鍵を開け・・・・・・ 扉を押しあける・・・・・・・・・ 「天城?」 部屋へ一歩足を踏み入れ、すぐに扉を閉めた。

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