71 / 73

第71話 【 獅童火爪の場合 】

【 獅童火爪の場合 】 通話が切れた携帯端末を耳に当てたまま、その場に呆然と立ち尽くしていた火爪の代わりに支払いを済ませ、翡翠は彼の背中を押して店を出た。 火爪は通話の切れた端末を耳に当てたまま翡翠に押されて歩く。 「・・・・・・お~い、いい加減戻って来~い」 ぺしぺし、後頭部を叩かれ、漸くハッと息を吐いた。 無意識に呼吸を止めていたようだ。 「ひす、い・・・・・・・天城が、あま、ぎ、が・・・・・・はつ、はつ、はつっ」 「聞こえていた。ほら、必要なモノを買い込んでさっさと帰ってやれ」 「必要なモノ?」 火爪の足がピタリと止まった。 翡翠の言う必要なモノが浮かばない。 何を買って帰れと? 「あま、ぎ・・・・・の、はつ、はつ、初ヒートを祝って・・・・・・せっ、赤飯とかか?」 「おいマジか?どうした?」 翡翠の表情に納得はできないが、そんなことに構っていられない。 天城は今絶賛発情中! 一刻も早く蒼風館に帰らなければ! いつ他のαが天城のフェロモンに翻弄されて血迷った行動を取るか解らない。 善は急げ! 「ヒート中のΩは番のαがきちんと管理してやらないと、脱水症状や栄養失調、最悪の場合死なせてしまうこともある」 「は?」 「つまり、天城の命をお前が握っていると言っても過言ではない」 「・・・・・・天城の・・・・・命・・・・・・・・・お、俺が?」 「炎帝も蒼威に尽くしてたろ?」 前世・・・・・・炎帝にとって蒼威は目に入れても痛くない、可愛くて可愛くて仕方がなくて・・・・・・ 誰の目にも触れぬよう箱庭に閉じ込めて・・・・・・・は、出来なかったが。 蒼威がヒートに突入したら、無人島の別宅に連れ込み・・・・・・ 朝から晩まで抱き合って・・・・・・ キスをして・・・・・・ 甘えてくる蒼威の潤んだ瞳・・・・・・ 熱を帯びてピンク色に染まった肌・・・・・・ 傷を付けないようにと、爪を切って綺麗に整えられた指先・・・・・・ 求められるままに・・・・・・ 与えられるものを全て蒼威に・・・・・・・ 「・・・・・・とかストックがあるか確認して、って・・・・・・おい、聞いてたか?」 「あ゛?」 「巣に迎えられたら、そうホイホイと抜け出すことは出来ない・・・・・・勝手に抜け出したら、Ωにいらん不安を与えてしまうからな」 これから暫くの間、天城とずっと一緒に過ごす・・・・・・ 天城が作ったと言う巣の中で、ずっと抱き合って・・・・・・・ 蒼風館にはいろいろなモノが揃っているから問題ないと思うが、うんぬんかんぬん、と翡翠の話は続いている。 そもそも、今この状態で何が必要で、何が不要のモノなのか判断が出来ると思うのか? 「なぁ、翡翠・・・・・・今の俺は、天城を満足させられるだろうか?」 うちの琥珀の場合は、と語り始めた翡翠を放置し、駐車場に停めておいたバイクに跨った。 「常に冷静でいろ・・・・・・お前まで理性崩壊起こすなよ?」 翡翠は簡単な事のように語るが・・・・・・はたして、それが自分にできるだろうか? 今まで、Ωにどれだけ声を掛けられようが、擦り寄られようが、完膚なきまでに無視してやった。 彼らのフェロモンは臭いだけ、こちらへ向けてくるその笑顔は気分を下降させるだけ・・・・・・ いつもピリピリした空気を身に纏い、不快感MAX、誰も近寄らせなかった。 だが、天城は別だった。 出会った瞬間、雷に撃たれたような衝撃を受けた。 天城の仕草一つ一つに翻弄され・・・・・・ 自分の欲望を必死に抑え込み、天城に嫌われないように・・・・・・ 「・・・・・おい、俺が代わりに運転してやるから、お前後ろに乗れ」 このままじゃ事故るぞ、と呆れ顔で溜息をついた翡翠が、ひょいっと火爪を持ち上げて席を移動させる。 火爪はされるがまま大人しく移動し・・・・・・ 「お~い?」 天城が控えめに掴んだ袖の先・・・・・ まつ毛が震える目元・・・・・・ 艶やかに濡れる唇・・・・・・ 「おい、ちゃんと掴まってないと落ちるぞ?」 首筋に当たる甘い吐息・・・・・・ 名前呼んでくれる声は耳に心地良い・・・・・・ 腕を回した腰は細く、少し力を加えたら折れてしまいそうで・・・・・・ 翡翠の腰に回した自分の腕に、ちょっとだけ力を加える。 もちろん、翡翠の腰は折れそうにない。 「天城と違う」 「当たり前だろ・・・・・・お前、今からそんな調子で大丈夫なのか?」 大丈夫だと思っているのか? 「翡翠・・・・・・俺、なんか緊張してきた」 「はぁ?情けないこと言ってんじゃねぇよ!ガツンと行け!」 「きっ、嫌われたら・・・・・どうすんだ!」 「・・・・・・・・・・はぁ?お前なぁ?」 相手は天城なのだから。 絶対に嫌われたくない相手なのだから。 失敗するわけにはいかないのだから。 翡翠が操作するバイクに乗って、翡翠の背中で悶々と考え込み・・・・・・ 何も答えは出ぬまま・・・・・・ 「おい、もうそろそろ着くぞ?覚悟は決まったか?」 蒼風館へ近づくにつれ、ふらふらとした足取りの男達とすれ違う数が多くなり・・・・・・ 蹲っている男達を横目に走り抜け・・・・・・ 翡翠がバイクを停めた。 「ここから結界が張られてる・・・・・・俺はここまでだ」 「翡翠、こいつら天城のフェロモンに誘われてココまで来た連中か・・・・・・な?」 「だろうな・・・・・・この周辺一帯に漂ってるΩ独特の甘い匂い」 蒼風館の一室にいる、たった一人のΩが発情しただけで、建物外にこれほどの影響が出るなど・・・・・・前代未聞だ。 「お前の天城、もう他の連中に喰われたんじゃ・・・・・・」 「っざけんな!」 背後から飛び降りた火爪の首根っこを摑まえて・・・・・・きゅっと首が締まった。 「ひ~すぅ~い~!」 涙目の火爪が小さく咳をして恨めしそうに翡翠を睨みつける。 「渡すのを忘れていたがコレ、お前んとこのリーダーに頼まれてたモノだ」 翡翠の手元にはUSBメモリが一つ。 「有栖に?そんなモン自分で渡せ!」 翡翠の手を振り払い、蒼風館に向かって走り出す火爪の背中を見送り・・・・・・ 「だから結界で入れんと言ったろうが・・・・・・それに、このバイクどうすんだ?」

ともだちにシェアしよう!