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第71話 【 獅童火爪の場合 】
【 獅童火爪の場合 】
通話が切れた携帯端末を耳に当てたまま、その場に呆然と立ち尽くしていた火爪の代わりに支払いを済ませ、翡翠は彼の背中を押して店を出た。
火爪は通話の切れた端末を耳に当てたまま翡翠に押されて歩く。
「・・・・・・お~い、いい加減戻って来~い」
ぺしぺし、後頭部を叩かれ、漸くハッと息を吐いた。
無意識に呼吸を止めていたようだ。
「ひす、い・・・・・・・天城が、あま、ぎ、が・・・・・・はつ、はつ、はつっ」
「聞こえていた。ほら、必要なモノを買い込んでさっさと帰ってやれ」
「必要なモノ?」
火爪の足がピタリと止まった。
翡翠の言う必要なモノが浮かばない。
何を買って帰れと?
「あま、ぎ・・・・・の、はつ、はつ、初ヒートを祝って・・・・・・せっ、赤飯とかか?」
「おいマジか?どうした?」
翡翠の表情に納得はできないが、そんなことに構っていられない。
天城は今絶賛発情中!
一刻も早く蒼風館に帰らなければ!
いつ他のαが天城のフェロモンに翻弄されて血迷った行動を取るか解らない。
善は急げ!
「ヒート中のΩは番のαがきちんと管理してやらないと、脱水症状や栄養失調、最悪の場合死なせてしまうこともある」
「は?」
「つまり、天城の命をお前が握っていると言っても過言ではない」
「・・・・・・天城の・・・・・命・・・・・・・・・お、俺が?」
「炎帝も蒼威に尽くしてたろ?」
前世・・・・・・炎帝にとって蒼威は目に入れても痛くない、可愛くて可愛くて仕方がなくて・・・・・・
誰の目にも触れぬよう箱庭に閉じ込めて・・・・・・・は、出来なかったが。
蒼威がヒートに突入したら、無人島の別宅に連れ込み・・・・・・
朝から晩まで抱き合って・・・・・・
キスをして・・・・・・
甘えてくる蒼威の潤んだ瞳・・・・・・
熱を帯びてピンク色に染まった肌・・・・・・
傷を付けないようにと、爪を切って綺麗に整えられた指先・・・・・・
求められるままに・・・・・・
与えられるものを全て蒼威に・・・・・・・
「・・・・・・とかストックがあるか確認して、って・・・・・・おい、聞いてたか?」
「あ゛?」
「巣に迎えられたら、そうホイホイと抜け出すことは出来ない・・・・・・勝手に抜け出したら、Ωにいらん不安を与えてしまうからな」
これから暫くの間、天城とずっと一緒に過ごす・・・・・・
天城が作ったと言う巣の中で、ずっと抱き合って・・・・・・・
蒼風館にはいろいろなモノが揃っているから問題ないと思うが、うんぬんかんぬん、と翡翠の話は続いている。
そもそも、今この状態で何が必要で、何が不要のモノなのか判断が出来ると思うのか?
「なぁ、翡翠・・・・・・今の俺は、天城を満足させられるだろうか?」
うちの琥珀の場合は、と語り始めた翡翠を放置し、駐車場に停めておいたバイクに跨った。
「常に冷静でいろ・・・・・・お前まで理性崩壊起こすなよ?」
翡翠は簡単な事のように語るが・・・・・・はたして、それが自分にできるだろうか?
今まで、Ωにどれだけ声を掛けられようが、擦り寄られようが、完膚なきまでに無視してやった。
彼らのフェロモンは臭いだけ、こちらへ向けてくるその笑顔は気分を下降させるだけ・・・・・・
いつもピリピリした空気を身に纏い、不快感MAX、誰も近寄らせなかった。
だが、天城は別だった。
出会った瞬間、雷に撃たれたような衝撃を受けた。
天城の仕草一つ一つに翻弄され・・・・・・
自分の欲望を必死に抑え込み、天城に嫌われないように・・・・・・
「・・・・・おい、俺が代わりに運転してやるから、お前後ろに乗れ」
このままじゃ事故るぞ、と呆れ顔で溜息をついた翡翠が、ひょいっと火爪を持ち上げて席を移動させる。
火爪はされるがまま大人しく移動し・・・・・・
「お~い?」
天城が控えめに掴んだ袖の先・・・・・
まつ毛が震える目元・・・・・・
艶やかに濡れる唇・・・・・・
「おい、ちゃんと掴まってないと落ちるぞ?」
首筋に当たる甘い吐息・・・・・・
名前呼んでくれる声は耳に心地良い・・・・・・
腕を回した腰は細く、少し力を加えたら折れてしまいそうで・・・・・・
翡翠の腰に回した自分の腕に、ちょっとだけ力を加える。
もちろん、翡翠の腰は折れそうにない。
「天城と違う」
「当たり前だろ・・・・・・お前、今からそんな調子で大丈夫なのか?」
大丈夫だと思っているのか?
「翡翠・・・・・・俺、なんか緊張してきた」
「はぁ?情けないこと言ってんじゃねぇよ!ガツンと行け!」
「きっ、嫌われたら・・・・・どうすんだ!」
「・・・・・・・・・・はぁ?お前なぁ?」
相手は天城なのだから。
絶対に嫌われたくない相手なのだから。
失敗するわけにはいかないのだから。
翡翠が操作するバイクに乗って、翡翠の背中で悶々と考え込み・・・・・・
何も答えは出ぬまま・・・・・・
「おい、もうそろそろ着くぞ?覚悟は決まったか?」
蒼風館へ近づくにつれ、ふらふらとした足取りの男達とすれ違う数が多くなり・・・・・・
蹲っている男達を横目に走り抜け・・・・・・
翡翠がバイクを停めた。
「ここから結界が張られてる・・・・・・俺はここまでだ」
「翡翠、こいつら天城のフェロモンに誘われてココまで来た連中か・・・・・・な?」
「だろうな・・・・・・この周辺一帯に漂ってるΩ独特の甘い匂い」
蒼風館の一室にいる、たった一人のΩが発情しただけで、建物外にこれほどの影響が出るなど・・・・・・前代未聞だ。
「お前の天城、もう他の連中に喰われたんじゃ・・・・・・」
「っざけんな!」
背後から飛び降りた火爪の首根っこを摑まえて・・・・・・きゅっと首が締まった。
「ひ~すぅ~い~!」
涙目の火爪が小さく咳をして恨めしそうに翡翠を睨みつける。
「渡すのを忘れていたがコレ、お前んとこのリーダーに頼まれてたモノだ」
翡翠の手元にはUSBメモリが一つ。
「有栖に?そんなモン自分で渡せ!」
翡翠の手を振り払い、蒼風館に向かって走り出す火爪の背中を見送り・・・・・・
「だから結界で入れんと言ったろうが・・・・・・それに、このバイクどうすんだ?」
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