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第70話 【 獅童火爪の場合 】

【獅童火爪の場合】 少し時間は遡る。 獅童火爪は、とある人物から呼び出しを食らい、待ち合わせ場所に赴いていた。 小さな喫茶店の、一番奥のテーブル席。 待ち合わせ時間はとっくに過ぎているのだが、一向に相手が姿を現さない。 イライラと、指先でテーブルを突き、残りわずかだったコーヒーを一気に飲み干す。 チリリン・・・・・店の来訪ベルが鳴り、入り口に視線を向ければ、漸く待ち人がやって来た。 「・・・・・・珍しいな、あんた一人か?」 入って来たのは一人だった。 「琥珀には別の御遣いがあって・・・・・・瑪瑙はそちらに就かせた」 一見、フッと笑みを浮かべたようにも見えるが・・・・・・ 「恐ぇよ、目が笑ってねぇよ・・・・・・琥珀が心配なら態々俺をこんなとこに呼び出してんじゃねぇよ、翡翠」 鬼龍院翡翠・・・・・・この男、天城の住んでいた街の権力者、鬼龍院グループの御曹司。 婚約者をお披露目する会と称し、街中のΩを集め、その手中に収めんがための策略を巡らせて・・・・・・ 「琥珀のことは心配していない・・・・・・俺の街で好き勝手やっている連中に腹が立ってるだけだ」 それも嘘ではないだろう。 随分昔に鬼龍院翡翠と、その番である琥珀は、あの街を出ていた。 鬼龍院家が血眼になって二人を探したが、まったく見付かることはなく・・・・・・・・・ 「で、琥珀は?」 「俺では不服か?琥珀に用だったのか?俺は帰るか?」 ドスンッと目の前の席に腰を落とし、注文を取りに来た店員にコーヒーを頼む。 「炎帝・・・・・・いや、今は獅童火爪だったな」 「てめぇも昔の名で呼んでやろうか?」 「・・・・・・・・フン、琥珀は虎雅の息子らと会ってる」 翡翠の口から飛び出した名前に、火爪が大きく目を見開いた。 「あいつら・・・・・・琥珀と会わせて平気なのか?」 俺の事を殺そうとした連中だぞ、と小さく呟く。 今度は翡翠が目を大きく見開いた。 「お前が殺されかけた?なんの冗談だ?」 「・・・・・・ちょっと油断しただけだ。で?琥珀はなんでソイツらと会ってんだ?」 ちょうど翡翠のコーヒーを運んで来た店員のトレイからカップを奪い取り、口を付ける。 翡翠の片眉がツイッと上がった。 もう一度コーヒーを頼み、パタパタと店員が離れていくのを見送って、翡翠はテーブルに肘をついた。 「お前と同じ理由だ」 「俺と?」 「・・・・・・鷹宮天城っていうΩのため、らしいが?」 ニヤッと翡翠の口角が上がった。 その目も面白いモノを見るように細められた。 「黒き翼の一族、蒼威の生まれ変わりだっけか?まだテメェのモンにしてねぇのか?随分大事にしてるんだなぁ、その天城ちゃん?」 「・・・・・・・・・うっせぇ」 「僕ちゃん、嫌われたくないのぉとでも言う気か?」 「あ゛?」 真顔で言い放った翡翠に対し、思いっきり目が座った火爪は、再び店員が運んで来たトレイに乗っていたカップを取り上げた。 「冗談だ・・・・・・で?用件を言え・・・・・・さっさと終わらせて琥珀を迎えに行く」 「くだらねぇこと言ってんのはテメェだろ!」 火爪の手からコーヒーカップを奪い取り、口元に運ぶ。 店員は少々引き気味で、ごゆっくり、と愛想笑いを浮かべ、軽く頭を下げて足早に戻って行った。 「用件は・・・・・・お前が、いつあの街に戻るのか聞きたいだけだ」 「どうして俺が戻ると?」 「うちの十三部隊に零の番がいる・・・・・・奴から琥珀のこと聞いた」 あの街には、琥珀の母親の墓がある。 「何人目?」 「・・・・・・・・・三人目。うちのはどうでもいいが、琥珀の母親には、ちゃんと孫を見せてやりたいからなぁ」 「ほぉ・・・・・・うちの長男を惨殺した人間の言葉とは思えんな」 「あれは俺じゃねぇ。前にも言ったろ・・・・・・あの頃は既に、俺達はあの街を出ていた」 翡翠は琥珀と番になるために自分の運命の番であるΩを殺し、琥珀の運命の番であったαを殺した。 翡翠に殺されたΩは、半ば拉致のように獅童家から連れ去られた火爪の兄、獅童家の長男だった。 「お前、ちゃんと弟にも説明しておけよ?」 「紅刃?」 「バッタリ会った瞬間に、突然、兄の仇とか叫びながら斬りかかられたら、勢い余って殺しちまう」 可愛い弟なら、ちゃんと躾けておけ、と翡翠がカップを再び口元に運ぶ。 確かに、翡翠なら紅刃を一太刀で沈めるだろう。 この男、琥珀以外には容赦がない。 「で?話を戻すが・・・・・・あの鬼龍院家の奴らはどうするつもりだ?」 「そりゃぁ目障りだし、綺麗に掃除しないとなぁ」 「どうやって?」 その方法は・・・・・・・考えてなかったのか、翡翠の視線が宙を泳ぎ、外に向けられた。 「下手に動くと、城の連中が『牙』を差し向けてくるだろうからなぁ」 「だから聞いてやってんだろ?」 「ほぉ、手を回してくれるのか?」 「他の人間には手を出さない、一切傷をつけないって約束出来るならな」 もちろん、その人間の中に天城の父親も、彼の屋敷に勤めていた使用人達も含まれている。 「まぁ、あの魔女に洗脳されてるだけだからなぁ・・・・・・極力はぁ」 「なるほど・・・・・・だから、アイツらは琥珀に」 「あ゛?」 「琥珀なら、絶対に彼らを傷つけないようにするって約束するよな?」 琥珀は優しいからなぁ、と続け、いつの間にか店員が置いて行った伝票を手に席を立った。 「翡翠、琥珀に嫌われないように頑張れ」 ヒラヒラと伝票を振ってレジへ向かう。 「おい待て」 翡翠が火爪の後を追って席を立つと同時に、火爪の上着のポケットの中で携帯端末が着信を告げた。 ディスプレイには第七部隊のリーダー、有栖の名前が点滅している。 レジに立った店員に伝票を渡し、端末を耳に近づけ・・・・・・・・・ 「火爪!緊急事態だ!すぐに戻って来い!」 聞こえた有栖の叫び声に、タダ事でないことが起こったことは分かったが・・・・・・ 蒼風館には、自分以外にも隊員がいる。 そんな緊急時に、わざわざ外に出ている自分を呼び出す理由は? 「天城のフェロモンがダダ漏れ状態だっ!」 「は?それって・・・・・・まさか?」 「いいから早く戻れっ!」

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