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第69話
次に目が覚めた時、俺が握り締めていたらしい火爪さんの上着だけ残して、ベッドからいなくなっていた。
寝癖の付いた頭を振って、目を擦って、小さな欠伸をして・・・・・・
「・・・・・・火爪さん?」
名前を呼んでみたけど、何処からも反応はない。
天蓋付ベッドから降りて、ぺたぺたと裸足のまま寝室を出て・・・・・・
部屋の中をぐるっと見回してみても、火爪さんの姿は無い。
代わりに、一枚のメモを発見した。
「・・・・・・今日も一日学校を休んで大人しくしていること?」
学校かぁ・・・・・俺、何日行ってないだろう?
指折り日数を数えて、担任の顔が浮かんできたから途中で数えるのを止めた。
火爪さんの言う通り、大人しく過ごそう。
なんだか熱っぽいし・・・・・・絶望の森での試練、まだ疲れが溜まってんのかな?
俺の左手の甲には紋様が浮かんでいる。
それは、仄かに熱を帯び、赤く光を放っていた。
俺を守護してくれると言う赤い獣・・・・・・
べろんっと伸びてきた大きな舌・・・・・ざらっとして、ぬるっとして、ぞわっとして・・・・・・・思い出しちゃった。
ぶるっと身体を震わせて、火爪さんが残して行ったメモを握り締める。
「・・・・・・微かに火爪さんの匂いがする」
ふふっと、思わず笑みが零れた。
あの火爪さんが、一体どんな顔して書いたんだろう?
そんな火爪さんは何処に行ったのかな?
学校?
それとも、『牙』の隊員としての任務?
どうしてメモに行先書いておいてくれないんだろ?
怪我してなきゃいいけど・・・・・・早く帰ってこないかな?
「会いたいなぁ、火爪さん」
ふらふらと歩いて・・・・・・火爪さんのクローゼットの前に立つ。
火爪さんの匂いがする。
当たり前だけど。
この扉を開けたら、きっともっと火爪さんの匂いが強くなって・・・・・・
火爪さんに抱き締めてもらってるみたいな感覚になるかな?
開けてみる?
いやいや、勝手に人のクローゼット開けちゃダメだよな?
でも、俺の手が勝手に火爪さんのクローゼットを・・・・・・・・・開けちゃった。
想像してた通り、火爪さんの匂いが濃くなった。
火爪さんの私服がいっぱい・・・・・・
学校の制服、『牙』の隊服、寝る時のスウェット以外の・・・・・・思いっきりクローゼットの中に向かって息を吸い込んだ。
「これじゃぁ俺変態さんみたいじゃん」
何やってんだろ。
あぁ、また無意識に手が伸びて・・・・・・・・黒い上着を掴んでしまった。
すぐに戻すから、ちょっとだけ。
ちょっとだけ・・・・・・・なら、いいよな?
黒い上着をハンガーから外して、ぎゅっと抱き締めて・・・・・・・・・火爪さんの匂いだぁ、なんて、へにゃぁっと顔が緩む。
別の上着に手を伸ばして、二着を腕の中に閉じ込める。
まるで火爪さんを抱き締めてるみたいだ・・・・・・
でも、火爪さんにも抱き締めてもらいたい・・・・・・・・かも?
中の一着を羽織ってみる。
袖から指先しか出ない・・・・へらぁっと頬が緩んだのが解るけど、ムリ、笑顔が止められない。
クローゼットに並んだ衣服をぽぉっと眺めて閃いた。
ここにあるモノ、全部ベッドに持って行こ。
端からザザッとハンガーを滑らせて、両腕で抱えられるだけの衣服を持って寝室に運ぶ。
昨夜、火爪さんが寝てたのはコッチだったな。
黒とかグレーとか、青色とか・・・・・・白とか黄色とか、ごちゃっとした柄モノ、派手目なのはないなぁ。
鼻歌が止まらないけど、自分で歌ってるわりに何の曲か解らない。
作詞作曲?
歌詞はないけど・・・・・・ふふっ。
火爪さんの靴も床に並べる?
さっき帽子も見付けたなぁ・・・・・・被ってるとこ、見た事ないけど。
なんだか、足元がふわふわする・・・・・・俺浮かれてる?
ベッドいっぱいに、部屋中から集めた火爪さんの衣服、私物ばっかり・・・・・・
俺はこれから、この中に埋もれ・・・・・・・・
「るっ!」
ベッドへダイブ!
ばふっと俺を包み込むように火爪さんの匂いが溢れる。
火爪さんがいっぱいだ!
「へへっ」
グリグリと抱き締めている上着に頬擦りをする。
火爪さんを抱き締めながら、火爪さんにバックハグされてるみたいな?
火爪さんの匂いに包まれて・・・・・・
贅沢を言うなら、あとは火爪さんの、あの熱が欲しい。
ズクンッと下半身が熱を帯び、俺に優しく触れてくる火爪さんを思い浮かべて、ぶるっと全身が震えた。
寒いんじゃない。
逆に、身体はすごく熱くなってきた・・・・・・
ほぅっと吐き出した息も、熱を持ってる。
なんだか呼吸もしにくい・・・・・・うまく酸素が頭に回らないみたいだ。
でも、そんなこと今はどうでもいいや・・・・・・
俺は今、ものすごく火爪さんに会いたい。
火爪さんに会って・・・・・・・抱き締めてほしい・・・・・・・・・・
火爪さんの腕に抱かれたい・・・・・・いっぱい触ってほしい・・・・・・
火爪さんの声を聞きたい。
火爪さん、火爪さん、火爪さん・・・・・・・ほつ、ま・・・・・さん。
会いたい・・・・・・早く帰って来て。
何処に行ったんだろう?
側にいてほしい・・・・・・火爪さん。
火爪さん・・・・・・
ダンダンダンッ!
「?」
今のなんの音だろう?
入り口のドアを誰かが叩いてる?
火爪さんなら鍵を持ってるんだから、叩かなくったって入って来れるでしょ?
え?じゃぁ、誰?
まぁ、いっか・・・・・・火爪さんじゃないんなら、放置決定!
ダンダンダンッ!
ドアを叩く音と一緒に、誰かが何かを叫んでるみたいだけど、よく聞こえないなぁ。
でも火爪さんじゃないんなら知らないもん!
無視、虫、ムシ!
ダンダンダンッ!
この時、部屋の外には白雪有栖がいた。
扉の隙間から漏れ出ている、Ωが発情期に発する独特の匂いに誘われて、近くを通りかかったα、βも蒼風館に侵入し、この部屋の前に集まっていた。
「・・・・・・きっつ・・・・・・・・おい、天城!天城!」
扉を囲む連中を蹴り散らし、一番前まで躍り出て、何度も扉を叩くが中から反応がない。
携帯端末を呼び出しても・・・・・・中で音は鳴っているようだが?
部屋の中に天城の気配はある。
そもそも、この匂いは、間違いなく天城が原因だろう。
「ブッ飛んじまってるのか?おい、天城!」
騒ぎを知って、蒼風館のあちこちから隊員も駆けつけ、不法侵入者共を放り出す。
扉を破壊して中に入るのは簡単だが・・・・・・念のために施した結界が邪魔だ。
無理矢理部屋に侵入した相手を容赦なく排除するよう仕掛けてある。
「チッ」
有栖は小さく舌打ちをし、携帯端末を素早く操作する。
「火爪!緊急事態だ!すぐに戻って来い!」
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