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第1話 幼馴染とまさかの再会

(──運命がきたら、男らしく潔く受けて立ってやる)  臣透(おみとおる)は心に決めて、「つがい機関」の「愛の巣」A307号室のチャイムを鳴らした。 「お前の子供を産むことになった臣です、よろしく」  ドアが開くなり、出てきた相手に向かい、右手を慇懃に突き出すとともに、何百回となく繰り返し練習してきた挨拶をした。  相手が誰だろうと、文句は言わない。「装置」の算出した相手を受け入れるのに、私感も直感も必要ない。腹を決めた臣の差し出した手を、玄関に佇んだ男は、ひと回り大きな掌で包んだ。 「よろしく、臣透さん」  刹那、ふわっと、日向に出た時の香りが、臣の鼻腔をくすぐる。 (あれ? こいつ……)  伸びやかな響きの声。どこか覚えのある匂いに、臣が記憶をさらおうとした時、男がいきなり弾んだ声をかけてきた。 「臣ちゃん……? 俺のこと、覚えてる?」 「え……?」  幼少期に使われていた、懐かしい愛称。  いきなり投げかけられた言葉に、臣は内心で動揺した。  知り合い?  友人?  身構えながら、用心深く相手の様子を伺う。 「あー、えっと……誰、だっけ?」  観察すると、男は臣よりもずっと上背があった。燃えるような赤髪をアシンメトリーに刈り込み、切れ長の双眸は向かって左だけが二重で、そのすぐ下に泣きぼくろがある。左右非対称だが、それがかえって涼しげな印象を与えた。鼻筋はスッとしていて、唇には適度な厚みがあり、身体の各パーツと同じぐらい、しっかりと大きい。 「十二年ぶりだから、忘れてても仕方ないか。秋澤紅葉(あきざわもみじ)です」 「あ……き……? ……紅葉?」  当てずっぽうに名前を呼んだ臣の手を、破顔した紅葉が、ぎゅっと両手で握る。 「そう紅葉! 臣ちゃん、久しぶり。覚えててくれて嬉しい」  次第に忘れかけていた記憶が蘇ってくる。  懐かしいと感じたあの匂いは、紅葉のフェロモンだったのだ、と悟る。  オメガは無駄に鼻が利くので、動物のマーキング跡のように、他人の匂いがわずかだがわかる。バース性が確定する前から、個々の人間には特徴的な匂いがあり、バース性が確定する頃にその匂いも固定されることを、臣は経験的に知っていた。 「紅葉って、あの紅葉か……? 幼稚園の、……うさぎさん組の?」 「うん!」 「え、っと、でもこれ……「装置」が出したカップリングだよな……?」  それが、何でよりによって──幼馴染と対面してるんだ? と臣は一瞬、思考停止した。  臣の生きる時代、人間はバース性という新たな性種を獲得し、日本国では、つがい少子化対策特別措置法──通称つがい法により、国家が全国民の繁殖行為を一括管理するようになっていた。  臣はオメガとして「装置」にDNAを登録され、成人と同時に婚姻相手を「推薦」された。「推薦」相手の名前、性別及び年齢の伏せられたまま、登録されたDNAを元に適合率の高い相手を算出するのが、特別つがい判別測定装置「TSUGAI」、通称「装置」と呼ばれている。  長ったらしい名前が付いているが、要はマッチングアプリみたいなものだ。日本国民は、二次性徴が発現し、しばらくすると、この「装置」への登録が義務付けられている。「装置」は、成人した後の各人のDNAサンプルを元に、適合率の高い相手を、「一妻」に対し「三夫」算出する仕組みになっている。  成人したアルファ、ベータ、及びオメガには、俗に言う「推薦状」が、年に一度、誕生日の月に送られてくる。「推薦状」の推薦を受けるかどうかは、自分の人生計画に基づき決めていいことになっていたが、一旦、推薦を受け、婚姻を了承──つまりマッチングを希望すると、算出結果を元に、つがい法に基づき「つがい機関」の「愛の巣」での婚姻権利が付与される。「一妻」には一回、「三夫」には最大三回まで、婚姻を拒絶する権利が与えられているため、あまりないことだが、もしもマッチング後に婚姻を拒絶し、破棄した場合、二年後にまた「装置」の判定を仰ぐ仕組みになっている。  多くの場合、「妻」と「夫」の双方が婚姻を承諾すると、「つがい機関」の「愛の巣」への入居許可が下りる。その「愛の巣」で、二週間に及ぶ婚姻生活を経て、愛を育んだあとで、パートナーとしてカップリングが正式に成立すると、結婚届を出し、式を挙げる決まりになっていた。  ちなみにマッチングを希望した後で婚姻を拒絶すると、各人にペナルティが付くらしい。そして、特にアルファの「夫」側には、望めば「妻」及び自分以外の「二夫」の名前、性別及び年齢などの個人情報が開示される。「夫」側は、「妻」よりも二週間早く「つがい機関」の「愛の巣」へ入居でき、「妻」を迎え入れるための入念な準備ができるようになっていた。 「懐かしいね。俺たちが一緒だったの、もう十二年も前になるもんね」  今から十二年前となると、臣が小学校へ上がる直前の話である。  そういえば近所に、ちっちゃくて、弱虫で、臣が揶揄うとすぐにぐずぐず泣き出す、みそっかすみたいな、真っ赤な髪のマリモのような子供がいたことを思い出していた。そいつは、身体つきもマリモみたいに丸々太っていて、運動神経も鈍い癖に、いくら虐めても、臣の後ろをくっついて歩く、変に頑固で融通の利かないところのある子供だった。確か小学校に上がる直前に、突然、引っ越してしまったので、今の今まで存在を忘れていたが、まだバース性が確定していないガキ大将だった頃、臣はその小さな男の子のことを、事ある毎にサンドバッグにしていた。……気がする。  この「愛の巣」では、オメガはマッチング相手のパートナーたちと、二週間に及ぶ性生活を送らねばならない。婚姻期間が無事に終わり、マッチングに成功し、カップリングが承認されるまでは、「つがい機関」の担当者にモニタリングされながら、時にはカウンセリングやアドバイスなどを受けることが決められている。  ……だが。 (──こいつが、俺の相手……?) 「臣ちゃん、オメガだったんだね」  疑問に思ったと同時に、紅葉から放たれた何気ない言葉に、ぱっと臣は赤面した。  成長期が中途半端にしかこなかったせいで、華奢な体型にしか育たなかった。だが、当時は今とは対照的に、腕白三昧で、身体が大きく、伸びやかな手足を持ち、近所の子供たちを従えるリーダー格だった。アルファの夫婦から生まれたのだから、絶対にアルファだと思い込んでいた、惨めなオメガ。学校でもそうだったように、あの臣がオメガだったんだ、と言われている気がした。 「お前、は……?」  アルファの他に、確か二人のベータとも、婚姻することになっていたはずだ。もしもこいつがベータだったなら……、とわずかな望みを抱いて尋ねると、紅葉はとろりと笑ってみせた。 「俺は、アルファだよ。臣ちゃんの旦那さんになる──臣ちゃんを孕ませる、アルファだよ」

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