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第21話 はじめての、おめがばあす♡

 日向の匂いに包まれて、トロトロと熾火に炙られるような眠りから抜け出すのを躊躇った。  臣が目を開けると、温もりが四肢を包んでいた。臣に腕枕をした紅葉が、すうすうと息をしながら眠っている。そのあどけない顔を見て、やっぱりよく寝る奴だな、と臣は忍び笑いを漏らした。  臣を挟んで反対側には、果物たちがいた。臣の背中にくっついて丸まっている蜜柑を、林檎が包むようにして眠っている。四人でした昨日のことを思い出すと恥ずかしさがこみ上げてきたが、同時に不思議な嬉しさも、湧いてきていた。  誰かに愛されることが、こんなにも幸せなことだなんて知らなかった。  最初に「愛の巣」を訪れた時は、機械的に子作りするだけなのに、何て恥ずかしい名前を付けるんだろう、と密かにネーミングセンスを馬鹿にしていた臣だったが、文字どおりここが紅葉と臣、そして果物たちとの「愛の巣」となった今は、少しくすぐったさを覚える。  根無し草のように、いつでも、どこにいても、オメガの臣は自分のことを出来損ないだと思い続けて、落ち着かなかった。けれど、もうそんな風に思うことはないだろうという予感があった。これからは、四人でやっていける。紅葉を軸に、臣と果物たちで、きっと楽しい生活を送れる気がした。  これで、四人揃って式を挙げることもできるだろう。  そう思った臣が身じろぎすると、紅葉が「ん……」と呻いた。  もう少し、寝かせておいてやろう、と思った時、紅葉の双眸が緩く開かれ、臣を見た。 「……臣ちゃん」  視線が柔らかなものに変わる、その瞬間が好きだった。 「おはよ、紅葉」 「おはよ……体調、どう? 平気?」  声は枯れていたが、身体は元気だった。紅葉の気遣いに「大丈夫だ」と頷くと、首のところまで掛けられていた掛布を鼻先まで引き上げられる。 「お腹、ぐじゅぐじゅになっちゃったから、俺の種を孕んだかもね……?」  そんな冗談を言いつつ、「寒くない?」と言ってくれる紅葉のことが、臣は大好きだった。 「うん、平気。……果物たちもまだ寝てるみたいだし、もう少し寝てていいよ」  臣が言うと、紅葉はとろりと笑い、意地悪を言った。 「……臣ちゃんが、そんなこと言うなんて。大人になったね……?」 「っ……るさいな、俺たち元々、成人してるから、こういう関係になったんだろ」  思わず憎まれ口を叩いてしまう臣の髪を、紅葉は大切なもののように梳く。 「そうだった……でも、俺は臣ちゃんに叩き起こされてた時代が、長かったから。施設でも、眠りながら思ってた。臣ちゃんが起こしてくれないかな、って。そしたら、今度こそ、勇気を出すんだって思ってた。勇気を出して、「好きだ」って言おう、って……」 「紅葉……」 「それがかなうんだから、運命ってすごいよね?」  過ぎ去った時間は戻らない。だから、紅葉の心の傷も、癒えるまでには時間が掛かるだろう。もしかすると、一生、消えないことだって考えられる。それぐらいの体験を、きっと紅葉はしてきたのだろうと、臣は紅葉の紡ぐ言葉の端々から感じていた。  でも、許されるなら、これから先の未来の日々を、紅葉の隣りで、彼を支え、共に紡いで、過ごしていきたい。 「俺……、何でもするよ、紅葉」 「ん……?」 「俺のできることなら。お前の好きなことなら。お前が怖い思いとかしないように、俺が全力で尽くすから。だから……」  だから、紅葉の未来をください、と言う前に、紅葉の指先に遮られてしまう。 「臣ちゃん。俺たちは一緒に生きていくんだ。それって、どういう意味だかわかる?」 「意味……?」 「俺と臣ちゃんは、それから果物たちもだけど、一緒にいて楽しい道を探すってことだよ。起きてしまった過去は変えられないかもしれない。でも、それも含めて、今で良かった。この過去で良かったんだと、俺は今、思えてる。臣ちゃんの自己犠牲なんて、俺は望んでない。俺は、臣ちゃんの望みをかなえたいから、外に出たんだ。外に出て、逢いにいって、もしも幸せそうにしていたら、諦めて帰ってくるつもりだった。でも……出逢っちゃったんだよね。俺たち」  言うと、紅葉はそっと笑った。 「「装置」も意外と馬鹿だよね。ざまあみろ、って感じ」 「ばかっ、聞かれてたら……っ」  臣が慌てて声を抑えようとすると、背中で蜜柑が身じろぎしたのがわかった。林檎の呻き声がして、果物たちが目覚めのすぐ淵にいるのだとわかる。 「大丈夫。俺たちは運命のカップルなんだ。何が起きたって、もう平気だよ。それに……、臣ちゃん、俺の種を孕んじゃったんじゃないかな?」  言って笑う紅葉の表情が、とろりと蕩ける。  臣はその顔を見て、昨夜のあれこれを思い出すと、恥ずかしくて落ち着かない気持ちになった。やっぱり、何度、紅葉としても、慣れない感情があるのだ、ということに、やっとその時になって、気がつく。 「は、孕んだら……っ」  紅葉の種を孕んだら。  そうしたら、その子には、どんな未来を見せてあげられるのだろう。  紅葉と、臣と、林檎と、蜜柑とで、一緒につくりあげる未来。  それを考えるとドキドキして、幸せな気分が満ちてくる。  臣が紅葉を見上げると、紅葉はちょっと悪戯っぽく笑った。 「……どうするかって?」  その笑みが、深くなる。 「臣と家族をつくるんだ。臣、可愛い。大好き」 ***  その後──しばらくして、臣は無事に紅葉の遺伝子を継ぐ子を妊娠した。  つがい機関の「愛の巣」A307号室を無事に卒業した紅葉と臣、そして林檎と蜜柑は、それから間もなく、四人で結婚式を挙げることになる──。  =終=

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