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第1話【Side:山戸慶】
数日前に買ったばかりの小説を読み終え、山戸慶はふぅとため息をついた。吐き出された息は、作品を読み終えた喪失感というよりも、明日からまた楽しみを探さなくてはいけない事に向けられている。
「あーあ」
ソファから立ち上がり、凝り固まった体をぐっと伸ばす。
「くうっーと」
長時間の読書のお陰で滞っていた血が、全身に行き届いていくようだ。軽くほぐし終えるとそのまま、机に置いてあったボールペンを手に取り壁掛カレンダーの今日の日付に×印をつけた。
「もう、金曜日だったか」
×印はちょうど、14個目。日本に新型の感染症が流行りだし約2カ月、政府が国民を守る手段として『外出禁止令』を出して2週間が経つ。
「今日も一日無事、暇に過ごせました」
禁止令が出されている為、当たり前だが外出は基本禁止。食料品などの買い物をする際は、理由を記載した専用の申請書を持ち歩き、申請書を持ち歩かないまま外出をした者は罰金を科せられる。山戸が買い出しの為外出をしたのは、先週の金曜日だ。一人暮らしである事と山戸自身の食が細い為、買ってきた食糧品も半分以上残っている。あと1週間は外出申請をしなくて済むはずだと残っている材料の量を確認し思った。
「着信は、なし」
会社から支給された携帯の画面を見る。新しい連絡はない。充電は数日間していないが、使用していないのでバッテリーはまだ60%も残っていた。当然、仕事は在宅勤務をしている。山戸が務める会社は、キャラクターグッズの製造を中心に行っている為、工場が止まってしまっている以上進められる案件は1つもない。今は、元々発売日告知をしていた商品の、発売延期の対応を淡々と行っている。しかし、その業務だけで1日が終わるわけもなく、撮り溜めしていたテレビドラマの消費や、積み重なっていた本などを読むなどして時間を使っていた。
「ネタ切れだ……」
録画していた番組はすべて見終わり、読めていなかった本も今日も持ってすべて読み終える事ができた。
明日からはまた新しい時間つぶしを探さなくてはいけない。まだ日本に感染症が流行る前までは、休日関係なく仕事に追われ、休みが欲しいと常に思っていたが、いざ休みのような状態が続くと「暇だ」「働きたい」とさえ思ってしまうから皮肉なものだ。
「どうすっかな」
布団に倒れこみ、登録だけしているSNSのアプリのアカウントを開く。新たに感染されたとされる人数や芸能人の名前などがトレンド情報として上がっている。
「つまんないなぁ」
現状が、何もかも。楽しみにしていたバンドのライブも、映画の公開もすべてこの騒動で失われている。最近笑った記憶がない。自分が空っぽになってしまったように山戸は感じていた。
人生に色が欲しい。
つぶやき画面を開き文字を打ち込む。卵マークのアイコンにフォロー0のアカウント。別に誰に見てほしいというわけでもないが、無意識に文字を打ち込んでいた。
ブブブッ
つぶやきの送信ボタンを押そうとした時、メールの着信の振動が山戸の手に伝わってきた。
佐川善(さがわ ぜん)さんから 新着メッセージが届いています。
通知バナーも表示された瞬間、山戸はつぶやき画面を閉じ、直ぐにメールを開く。
『慶 久しぶり。元気?覚えてる?』
淡白なメッセージの後には、人気キャラクターのスタンプが続けて押されている。山戸は表示されている名前をクリックし、相手のプロフィール画面へと移る。佐川 善と名前が表示され、アイコンには高校時代におそろいで買ったバンドのタオルが表示されている。
「まじかよ」
時間は23時を回っている。心臓が跳ね上がり、手を少し震わせながら返信を打ち込む。
『元気だよ、お前は?』
高校卒業以来、音信不通になっていた親友からの連絡だった。
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