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第6話【Side:山戸慶】

『おはよう』 『おはようー やっと金曜日―』  佐川から突然の連絡が来てから、1週間が経とうとしていた。 会話は『おはよう』から始まり、日中はお互いの仕事(という名の自己啓発)がある為多くてもやり取りは33往復程度を行い、寝る直前には『おやすみ』と打つのが暗黙のルールになっている。 この1週間で、佐川は空白の期間を埋めるかのように1日に1回は必ず自分の情報を山戸に伝えてきた。 『●●大学●●学部卒業……28歳・独身・彼女なし』 『好きな芸能人は、短澤あさみ』 『現在、静岡県に勤務中。仕事はバリバリのメーカー営業で、毎日外回りでクタクタ』 『趣味は音楽を聴くこと』 今日のネタは『今は会社からの外出禁止令で暇を持て余してます』という内容だった。他愛もない会話でさえも、山戸は慣れずまだ心がむず痒く感じていた。もしかしたら、佐川を装った新手の詐欺なのかもしれない。しかし、たまに送られてくる佐川自身の自撮り写真を見て、本物から連絡が来ていると安堵しては、また疑うの繰り返しだ。我ながら自分がそこまでトラウマになっているとは気づかなかった。 『慶は今の期間、何してるの?』  佐川は必ず一方的に自分の事を話し終えると、山戸の事を聞いてきた。きっと、佐川なりにも気にしているのだろう。今、東京でグッズメーカーの営業をしている事や、彼女はいない事などは既に伝え、話せていない事はこの数年開何度も佐川を忘れた事は一度もないという事だけだろうか。聞かれたらすぐに言うのだが、 佐川自身も、なぜあの日突然姿を消したのかを頑なに話さない為、山戸も黙っていた。 『俺? 毎日本読んでるよ』  うわべの他愛もない会話を続ける為、丁度今読んでいた本を写真に撮るとトークに送信をした。   『うわ、なんか難しそう』 『んー、まぁお前には難しいかもな 笑』 『何それ、馬鹿にすんなよ~』  知りたい事も知れないのに何をしているんだと山戸は思った。しかし、数年連絡取れない期間が続きもしかしたらまた……と思うと、どうしても佐川とは深い会話はできなかった。 ――今すぐ会えたら、直接、聞けるのに……   日増しに高ぶる感情を抑えつつ、現状を恨む。   佐川との関係は急激に進歩しているのに、日本の新型ウイルスの拡大は未だ衰えず、「外出禁止令」もいつ頃まで続くか見当がつかない状況だった。 『早く、落ち着くといいな』    口に出していたつもりが、佐川へメッセージを送っていた事に気付く。はじめは、あっと思ったが普段も大して内容のない会話をしているから問題ないだろうと山戸は思った。案の定、既読マークが直ぐにつく。普段なら、直ぐに閉じるトーク画面も、佐川からの返事が間もなく来る事を予測しずっと見つめていた。  ポンっと、言葉が投げられる。 『本当だな……、慶会いたいよ』 「えっ」  思わず声が裏返る。見間違いかと思い、もう一度読み直そうとしたが先ほどあったはずのメッセージは 「取り消されました」の言葉に変わっていた。 『本当だなー』  何事もなかったかのように、新しい言葉が投げられる。先ほどの、メッセージは何だったのだろうか。勘違いでなければ「会いたい」の5文字が山戸の目には映った。 『なぁ、最初の何?』 『なぁ、会いたいって何?』 『俺も会いたい』  何度も文字を打ち込むが、その度に送信ボタンではなく削除ボタンを押す。  聞きたい。……でも聞けない。でも今のメッセージがもし佐川の本音なら――。 『なぁ、佐川。もしさ……、もし今の状況が落ち着いたら一番に会わないか』  きっとこの返事も、受け入れてくれるはず、と山戸は信じメッセージを送った。消されたメッセージを掘り返すわけでもなく、今の話題を無理に終わらせる必要もない。  返事は思ったよりも早く届いた。可愛いウサギの笑顔のスタンプが押され、一緒に『もちろん、いいよ』の一言が添えられている。 「フフッ」  うさぎが学生時代の佐川を彷彿させ、思わず吹き出してしまう。きっと今も同じ顔で笑っているのだろう。 「よっしゃ」  なぜだろう、今まで感じてなかった活力が体中からみなぎってくる。きっと、この自粛生活で心が死んでいたのだろう。この先の希望を見つけ、山戸は久しぶりに自分が生きていると感じたのだった。

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