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第5話-3【Side:佐川善】

「……くしゅっ」   くしゃみと同時にブルっと肩を震わせ、佐川は現実世界へと意識を戻す。気が付けば、煙草の火は消え、風は出たときも強く吹いていた。 「さむっ」  両手で腕を擦り、部屋の中へ戻る。  結局、佐川は山戸に気付かれないようにキスをした後、一言も会話をしなかった。山戸が一生懸命に会話を振ってくれていたが全く覚えていない。結局、その後の友人たちの約束もすっぽかし、何も言わないまま東京を出た。 「いつ思い出しても、本当に最悪だな俺……」  はは、とから笑いをしながら布団へ寝転がる。大学生になり、同じ嗜好をもつ人たちが集まるバーなどにも顔を出し何度か場数を踏んだが、誰とも長くは続かず、今ではワインナイトな関係だけを求めている。時折、山戸の事を思い出しては、高校時代の友人たちに状況を聞くことを続けていた。 ――結局、忘れられないんだよな。ずっと。    呪縛に囚われているのだ。  時間が経ち、思い出が美化されているのかもしれないとも思った。でも、それで良いとも思っていた。それほどまでに佐川にとって、山戸慶という存在はかけがえのない存在だったのだから。 「ずっと、トーク履歴残しているの気持ち悪いって言われたな……」  以前酔っぱらった際、バーのママに学生時代の恋が忘れられずに、トーク履歴が消せないと話したことがある。 その話をきいたママたちは佐川に対し、嘔吐物を見るような顔で「怖い」「拗らせすぎ」と吐き捨てられた。その際「そんなに忘れられないなら、また連絡すればいいのよ」と軽く言われたが、そんなことができたらここまでこじらせていないよと笑ったのを覚えている。 「また連絡すればいいのよ……か」  再度携帯のトーク画面を開き、山戸慶の名前を探す。 「ひ…さ……し……ぶり…っと」  当時の会話を思い出し、簡単な言葉を打ち込む。 「いや、無理だろ」  送信ボタンまでいかずにそのまま削除ボタンを押す。書いては消して、書いては消して。この数年でなんどこの行動をしただろうか。佐川は自分の弱さを改めて痛感するのだった。 「やっぱり、無理!寝る」  携帯を投げ捨て、そのまま布団をかぶる。午前中に筋肉トレーニングをさせるゲームを数時間通しでやったためか、身体がつかれていた。目を瞑れば、すぐ寝れる。電気のリモコンに手伸ばし、ボタンを押す。電気が消え、真っ暗な部屋に包まれると思ったが、ピカピカと光る物体が目に入った。 「なんだ?」  よく見るとどうやら、先ほど投げ捨てた携帯らしい。メッセージが到着したらしく、赤いライトが点滅をしている。いつもなら放置してそのまま眠りにつくのだが、今日はなぜか気になってメッセージを見ることにした。 再び、明かりをつけメッセージ画面を開くと、中身は先ほどの同僚からだった。 『●●●社の社長が亡くなったらしい』 「えっ……」  新卒時代からお世話になっていた取引先の役員の訃報だった。突然の連絡に言葉を失う。新任当時はまだ現場にも何度か元気な姿をみせており、自分の息子のようだといつもかわいがってくれていた。最近は体調がすぐれていないとは聞いていたがまさかこのタイミングでと、息を飲み込む。 『原因はわからないけど、もしかしたら……』 その後の言葉は送られてくることもなく、佐川の想像に委ねられている。 『本当に、いつ自分たちがどうなるかわからないから、大切にしたいな。今を』 『綺麗ごとだってわかってるけど』  返事内容を考えているところに、続けてメッセージが送られてくる。きっと、同僚自身も気持ちの整理ができていないのだろう。 『なんて言葉にすればいいのか、わからない』  ありのままの言葉を打ち返すとm瞬きをする間もなく『そうだよな』と返事が来た。何度かやり取りを続け、どうやら葬儀は親族だけで行われる事が分かった。会社の対応は追って連絡をすると言われ、今自分がやれる事は会社からの指示を待つ事だと理解をした。  一通りの連絡をし終え、再び佐川は布団に倒れこむ。目を瞑ってみるが、心が追い付いていないのか寝付くことができない。 「いつ自分たちがどうなるかわからないか……」  真っ暗な天井を見上げ、投げられた言葉を口に出してみる。確かにそうだ、誰だって自分の未来は分からない。この状況がいつ収まるのかも分からない。日本中がウイルスに勝った時にもしかして自分はこの世にいないかもしれない。そんな、分からない事を永遠と考えている。 ――こんな時あいつなら……  ふと、忘れられない男の顔を思い出した。最後見た顔は満面の笑みだったはずだ。 「あいつ、元気してっかな」  いつもそうだ。大学生になった時も、社会人になった時も心が落ち込んだ時は必ず山戸の笑顔を思い出していた。山戸ならきっと…… 「山戸……会いたい」  はっ、と口に手を当てる。今まで我慢してきた感情が一気に流れていく。止まれ、と思ってももう遅い。  ずっと後悔をしていた。あの時連絡をしなかった事、想いを伝えなかった事。本当はずっと会って謝りたかった。そして自分の気持ちを伝えたいとずっと思っていた。しかし、それができなかったのは、佐川自身が臆病だったからだ。それが今、同僚からの言葉で心が揺れている。今を大切に。後悔しない事それは――  佐川は身体を起こし、携帯を手に取った。震える手でパスコードを入力し、アプリを開く。消せないトーク履歴を表示すると、迷うことなく文字を打ち込んでいった。 『慶、久しぶり。元気?覚えてる?』  入力をし終え、「届け」という気持ちを込めて送信ボタンを押したのだった。

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