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第5話-2【Side:佐川善】

「おー見ろよ、慶。桜が満開、満開!」  毎年のごとく、出迎えてくれる大量の桜の花びらに、佐川は浮かれていた。 「この時期、いつも来たがるよなーお前」  今日何度目かの呆れた顔で、山戸は返事をする。 「桜好きなのよ、俺。前世、桜の木なのかも」  両手を広げ、木になったようなポーズをする。自分でも馬鹿だと思うくらい、佐川は桜が好きだった。  横目で桜を見上げる山戸を見る。  ――いや、本当は……  桜の下にいる山戸を見るのが好きなだけなんだろうな。と佐川は思った。 「馬鹿な事言ってないで、満足したら帰るぞー、ガ●トに19時からだったよな」  クラスメイトと一緒に夕飯を食べる約束をしていた事を思い出す。山戸は携帯で時間を確認し、「まだ時間は余裕だな」とつぶやいた。  「少しくらい、遅れたって大丈夫だって」  もう少し2人の時間を独占したっていいじゃないか、根拠もないまま遅刻を提案した。 「まぁ、それもそうだな」  すんなりと佐川の提案を受け入れ、山戸は、近くのベンチに座った。 「なぁ」 「んー?」 「お前っていつから東京出るの」 「えっ」  高校を卒業したら、関西の大学へ行く。もう話し慣れた話題なのに、いつも罪悪感のような感情が佐川を襲った。 「だから、お前っていつ東京出ていくんだよ」  さっきまで桜が綺麗だとはしゃいでいた顔がムッとしている。心なしか唇がとがっているようにも感じる。そんな表情でさえも愛しく感じてしまうから重症だなと佐川は思った。 ――ごめんな。 もともと、学びたい分野で有名な学科が、受験する大学だったのも理由の1つだが、大きな理由は、山戸のから離れたい為だった。自分を「ゲイ」と自覚し、カミングアウトはしないと佐川の中でルールを決めたのにも関わらず、山戸という大切な存在ができてしまったばかりに、そのルールはもはや崩壊しようとしていた。 今すぐにでも、大好きだと伝えたい。  そんな感情がずっと佐川の中をぐるぐると渦巻いている。だが、このルールが崩壊したとき山戸とのこの関係も崩壊する。だから離れる。我ながら安直な考えだが、それが一番幸せなんだと思いこの進路を選択したのが3年生になってすぐの事だった。決意表明として、山戸にもすぐにその事を伝えると「そうなんだ」としか返事が返ってこなかった。 「あー」「来週くらいかな」  返事に少し間を置き、考える素振りをしながら言葉を紡ぐ。 「くらいって、いつだよ」  眉間にさらに皺がよっている。これは結構不機嫌になっているようである。 「教えない」 「なんでだよ」  意地悪をしたいわけではなかった。日付を教えてしまったら、確実に山戸は見送りにくる。そして置いてけぼりにされる犬のような顔をして「じゃあな」と無理して笑う顔が安易に想像できた。    ――そんな顔見たら俺が耐えられない。  断固たる決意で、引っ越しの日は伝えないようにしていた。 「だって、慶が寂しがる顔が想像できるから」  強く、強く。言葉を伝える。嘘は言っていない。 「は」 「さ、寂しくねぇし。だって休みの日にたまには戻ってくるんだろ?」 「まぁな」 「じゃあ、その時に会えればいいじゃん。連絡も今まで通り、毎日のようにするだろうしさ。自意識過剰なんだよお前―」 「まぁ、それもそうだな」  いつ戻ってくる日は決めていない。根拠のない返事をしていると佐川は自覚していた。ふと、山戸を見るとさっきまで不機嫌だった顔が、強がっていたのか、しおらしく視線を落としている。そんな姿を見たら、今だけなら……と、素直な自分を解放したくなった。 「でも……」 「俺は慶と離れることになって凄く寂しいよ」 「……っ」 「この三年間、慶と一緒に過ごせて本当に良かった。ありがとうな」 「と……突然なんだよ」 「なんとなく、伝えたくなった」 「変な奴」  照れ隠しなのか両手で顔を覆いながら佐川に行った。気づいていないが、耳は赤くなっている。 「あー、慶とみる桜も今日で最後かー」  東京を出たら、連絡の頻度を減らし新しい出会いを探そう。きっと大学の付近にも桜が綺麗な場所はあるだろう。 「また大人になっても来ればいいじゃん、勝手に殺すなよ」 「まぁ、そうだな」 「そろそろ行くか」 「そうだな」  大人になるまで、笑いあえる関係でいられるだろうか。そのためには少しでも早くこの感情を捨てなければいけない、そんなことを考えているうちに、佐川は立ち上がろうとする山戸を呼び留めていた。 「あ、慶ちょっとまって」 「なんだよ」 「頭に桜がついてる」 「え、とって。とって」 「ほいよ、頭下げてちなみに目も閉じて」 「は、なんでだよ」 「いいから」  無意識だった。小さなつむじ。柔らかそうなねこっ毛。もっと触ってみたい。本当はもっと知りたい箇所がたくさんあった。もし、自分が女の子だったら……。 ――だけど、今日だけは、  目を閉じているのを確認すると、優しく指で触れるように山戸の頭に唇を落とした。山戸が使っているシャンプーのにおいが鼻をツンとさせる。同時に虚しさが体中を包み込み、目頭が熱くなる。 「とれた?」  山戸は片方の目を開け、佐川からの返事を待っている。 「もういいよ」  山戸にばれないように、とめどなく流れてくる涙をぬぐう。 「わっ、なんで泣いての?どうした?」  目を赤くはらした佐川を見て、山戸は驚いた。 「大丈夫、大丈夫」  心配する山戸をなだめ、目を再び擦る。  初めてのキスだった。キスと言って良いのかわからないが、初めて好きな人に触れた。そして同時に、自分の感情に気付かれず隠し続けないといけない辛さも初めて痛感した。こんなに辛いなんて。自分には耐えれないと佐川は思った。  好きだよ。好きだ。好きなんだ。  いつか、この関係を壊してしまう日が来るのならば。   ――確実に離れよう。   山戸との友人関係を続けるのは難しいと悟ったのはこの瞬間だった。きっと耐えられない、いつかあふれ出して山戸を困らせてしまう日が来る。だったらいっそのこと関係を切ってしまいたい。心配そうに視線を向ける山戸に気付き、佐川は笑って言った。  「大丈夫。目に砂が入っただけ」  

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