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第5話-1【Side:佐川善】

 高校最後の日は、「最後」という寂しさなど感じさせないまま、あっという間に一日の半分が過ぎた。無事に最卒業式、そして学生最後のホームルームを終え、山戸は忘れ物がないかロッカーの中のチェックをする。 「帰ろうぜ」  待ちくたびれた佐川が、山戸の元へとくる。帰る約束はしていないが、一緒に帰ることが当たり前になっている今、断る理由もない。 「おー、今ちょうど全部確認終わったところ」  ロッカーの扉を閉め、鞄を手に取る。鞄の中身は、筆記用具と置き忘れていた教科書が数冊入っており思ったよりもずっしりと重く感じた。 「このまままっすぐ帰る?」  それともどっか寄り道していく?と、山戸は買い食いをイメージさせる簡単なジェスチャーをする。 「んー今日は、コンビニよりも……」 「よりも……?」 「毎年行ってるあの場所に行きたい!」 「あの場所?あ、あー……」  すでにコンビニの気分だったのか、佐川は渋い顔をした。 「いやだ?」 「いやじゃないけど」  面倒くさい、と顔が言っている。そんな時は、強く推せば山戸は大体折れることを、佐川は知っていた。 「でも、今日最後じゃん」 「うーん、うん……」 「毎年行ってたじゃん。今年だけ行かないの気持ち悪い」 「うん……」  「俺、東京からいなくなるから、もう当分」 「あーわかったよ、わかった。行こうぜ、桜見に」  佐川の声を遮り、山戸は大きくうなずく。 「やったね」  本当はもう少しからかいたかったが、あまりにも山戸が想像通りの反応をするのでそれだけで佐川にとっては満足である。そのまま他愛もない会話をし、下駄箱で靴を履き替える。外にでると、野球部やサッカー部の声が聞こえてきた。今までと同じ通りの景色から本当に「卒業」したのかと疑いたくなる。足を止め、校舎を見渡す。  一歩踏み出す度に、何も変わらない、何もない毎日に終わりを告げられている気が佐川にはしていていた。 「佐川」  先に歩く山戸から名を呼ばれる。「さっさと歩け」と言葉が付け足されたが気にしない。遠くから見てもやっぱり、山戸はかわいいなぁと佐川は感じた。怒っていても、笑っていても山戸は可愛い生き物。  同時に風が吹き、山戸の胸元についた赤色のコサージュが揺れた。    ――あ、揺れてる。    はやくはやく、と山戸は笑顔で佐川を待っている。  こんなやり取りも今日で最後なのかと思うと、佐川の中で感情が一気に湧き上がってくるのが分かった。  ――やっぱり、好きだなぁ。    今すぐ叫びたいけど、言えない。こんな感情を伝えるくらいなら、今の関係のままでいい。ネットでみた心無いコメントが脳裏に駆け巡る。傷つけたくない、巻き込みたくない。  自分はなんて臆病なんだと、佐川は小さく笑った。 「なに笑ってるんだよーはやくー」 「ごめん、ごめん学生時代の思い出に浸ってた」  山戸の元へ駆けていく。  2人は肩を並ばせると、振りかえる事なく学校を後にしたのだった。

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